5-2. 思い切った手段(4)
*
「あんたも結構無茶すんなぁ。ま、だからおもしれーんだけど」
青年はユウキが乗せられている荷馬車に乗り込んだかと思うと、気づけば、しゃがんだ態勢でユウキと視線を合わせていた。
あっという間だった。目を離したわけでもないのに、ユウキが警戒心を抱くより先にすぐ近くまで来ていて、手を伸ばせばどうとでもできる距離にいる。ユウキはただただ驚いた。
ユウキには青年が何者で、何のためにここに来たのかなどはわからないが、こういった動きができるところからしてただ者でないことは確かだった。人との戦いに慣れた者でもなければこういった動きはできない、というような話をユウキは聞いたことがあった。
油断ならない相手だ。加えて先ほどの口ぶりからすると、青年はユウキのことを知っている。青年の狙いはユウキだということだろう。
身体的にも、情報量的にも、圧倒的優位に立つ青年を前にして、ユウキは怖気づきそうになった。けれど、今が運命の分かれ目とでも言うべき大事な瞬間であると勘が告げている。
じりじりとした
その空気を破ったのはトウマだった。トウマが青年を気遣うように声をかける。
「隊ちょ――」
「あー、ちょっと黙ってろ」
青年がすかさず言葉を
「もしかして、あなたが遊離隊長のスイセイ、なの?」
相手がスイセイだとわかった瞬間、ユウキは先ほどの直感に間違いはなかったと確信する。この青年が一つの鍵となる。この青年を味方につけられるか否かで、未来が大きく変わる。そう感じた。
ただ、この青年を口説き落とすのは一筋縄ではいかなそうだった。うっすらと浮かべられた笑みに本心は隠され、何もかもを見抜くような鋭い眼差しは、ユウキの心を底まで見通しているかのようだ。
「ふぅん? 聞いてたんだ。あの馬鹿のことだから話してねぇと思ったぜ」
意外そうに眉を上げるスイセイにユウキはどう反応すべきか迷う。馬鹿というのはおそらくショウのことだろう。実際、ショウが話してくれたからスイセイのことを知っているというわけではない。
「詳しい話は何も……」
「そ。それで? 何で今頃のこのこ出てきた? それとも今がどんな状況か知らねぇで来たの?」
スイセイの反応はあっさりとしたものだった。そのことに何となくほっとする。
「手配がまだ取り下げられてないってことと、戦争が再開されたってことは知ってる」
「へー」
スイセイは気のない返事を返しながら、荷台の端に寄り、片膝を立てて座った。それから馬車を出すように合図する。そしてすぐに、がたがたと不快な揺れと共に馬車が動き出した。
「私、あなたに会いに来たの。あなたが王城にいるのだとしたら、捕まって連れて行ってもらうのが手っ取り早いと思って」
「無謀だとは思わなかったわけ? 実際、あと一週間でも早く行動してたら、あんた無事にここまで来れなかったぜ」
おそらくそれは冗談でもなんでもないのだろう。ツヅナミの牢に入れられていたとき、トウマが来なければ、ユウキは犯されてしまっていた。そのあとには証拠隠滅とばかりに殺されていたかもしれない。
たとえそのまま移送されたとしても、地獄のような日々を過ごすことになっただろうことは予想に難くない。
けれど、本当にそうだっただろうか。深く納得する理性とは別に、直感的なものが否を唱えた。ユウキは改めてここまでの状況を振り返る。
例えば――ツヅナミで長い間、牢に留められていたこと。それはおかしなことではなかっただろうか。
ユウキの認識では、大きな町や重要な都市であればあるほど、しっかりとした警察隊が派遣されていると思っている。ツヅナミはシュセン最北の港としての重要な都市だ。そこに駐留する警察隊があのときいた男たちのようなろくでもない男だけということがありえるだろうか。
少なくともユウキが声を上げるまで、そんな粗暴な輩は来なかったのだ。ツヅナミの警察隊には、女がいるという情報を伏せようと考えられる良識的な人物がいたはずだ。
ユウキが警察隊の腐敗を甘く見過ぎていたわけではなく、本当は、ユウキが想定していた程度の腐敗具合だったのだとしたら。数日程度の滞在では粗暴な輩に見つからないように手を打つくらいのことはしてくれていたのかもしれない。
だとすると、今回のような輩に目を付けられてしまったのは、ユウキが声を上げたことが原因だ。だが、それもユウキが思いのほか長くそこに留められていたからで、そうでなければ、声を上げたりなどしなかった。
今回の最たる原因は移送の遅れにある。つまり、たとえスイセイが言うように一週間早く行動してたとしても、必ずしもユウキが危険な目に遭ったとは限らないということだ。
それに、気になるのはそれだけではない。助けに来たトウマが何か言っていなかっただろうか。
「確か――我が隊からの命令は届きませんでしたかね? って……」
「うん?」
「そこの――副隊長さんが詰所に来たときに言ってたの。ねぇ。もしかして、あなたたちが何かしてたんじゃない?」
味方に引き入れたいと思っている相手を疑うなどもってのほかだということはわかっている。疑われて気分のいい人などまずいない。けれど、ユウキは口にせずにはいられなかった。
ただ利用されるのではなく対等でいたいと思う。そのためには、気づいていると示すことも必要だ。ただし、これが有効なのは、疑惑が事実だった場合に限る。
ユウキは自信のなさなどおくびにも出さず、力強くスイセイを見据えた。
スイセイの顔から微笑みが消える。スイセイはユウキから目を離すことなくその目を細め――。
「ははっ、こりゃすげぇや」
突如として大笑いし始めた。ユウキはその豹変っぷりに唖然とする。
ユウキの疑惑は的を射ていたらしい。スイセイもまさか気づかれることはないだろうと思っていた部分だった、とのちに話す。
「あんた、ホントおもしれーよ。いいぜ、聞いてやる。俺に会ってそのあとどうするつもりだった?」
ひとしきり笑ったあと、スイセイは話を戻した。ユウキは素直にその話の流れに乗る。
「ショウのことは知ってるんだよね? ショウの居場所を調べて教えて欲しいっていうのが一つ。それと、ショウがしようとしていることの手伝いを頼みたいと思って」
「ショウがしようとしていることっつーと?」
「たぶん、風捕りの現状や居場所、接触方法を調べてるはず。それを手伝って欲しい」
ショウはもう次のステップへと進んでいたが、ユウキはまだそのことを知らない。ただ、ショウがユウキの心の負担を減らすために動いているという認識はあった。
「それ、引き受けたところで別に面白くなさそうなんだけど。それともやってけば何かおもしれーこと出てくんの?」
すぐに頷かれたら頷かれたで戸惑っただろう。そう思うとこの返しも悪いものではなかった。スイセイがこの交渉において天秤に乗せるのは面白いか否かということ。それを明確にしてくれたのはユウキにとってもありがたかった。
「もし、トーツ軍の将校が国から持ち出した、ポロボに関する資料を持ってるって言ったら?」
ユウキはスイセイの表情を窺いながら切り出す。スイセイはにやりと笑った。
「その情報はまだ持ってなかったな。で、どこにあるって?」
「今のだけでその反応って、あなた、どこまで知ってるのよ……」
ユウキはため息をついた。
トーツ軍という言葉に反応したのなら、ポロボとは何かと聞いてくるだろう。ポロボが町の名であると知っていたとしても、そこで起きた事件を知らなければ、やはり何かしら尋ね返してくるはずだった。
そのどちらの質問もなく先を促され、ユウキは驚きを通り越して呆れた。
「引き受けてくれるなら、まずはショウの居場所を調べて来て。今の様子からすると、そのくらいあなたなら簡単でしょ? その情報と引き換えで在りかを教える、っていうのでいいんじゃない?」
「んー、まぁ、いいけど……ホントにそんな資料があるなら、だな」
「私がポロボっていう名称を知っていただけでは証拠にならない?」
実際にはその資料からポロボの事件について知ったわけではないが、それが隠された出来事であるとスイセイは知っているのだから信憑性はあるだろう。
「証拠にするにゃ足りねぇが、ま、いいぜ。引き受けよう。んで、こっちはそれで動くとして、あんたはどうするんだ?」
「最初から警察隊に捕まったら、王城の牢に連れて行かれるだろうことはわかっていたから、そこで味方を作ってあなたと接触をはかるつもりだった。でも今、最低限の目的は果たせちゃったから、このあとは――あなたについて行ってショウと合流するか、もしくは……。ねぇ、もしこの交渉が成立しなかったら、私の扱いはどうする予定だったの?」
「ん? こっちもあんたを見てから決めるつもりだったから決めてねぇよ。けど、使えねぇやつなら、警察隊に引き渡して王城の地下牢に送り込んで終わりにするつもりだった」
普通と言えば普通だが、意外と言えば意外だった。これまでの様子を見る限り、スイセイならもっと手の込んだことにユウキを利用しようとするのではないかと思っていた。
けれど、これはユウキにとっても悪くない案だった。
ショウと合流したところで、ユウキにできることはほとんどない。それはヤエでの日々を思い出すだけでも明白だった。当初マカベと接触しようと言っていたのも、戦争が再開された今となっては無意味であるから、町にユウキがいる意味は完全になかった。
「じゃあ、それでいい」
「へぇ?」
「それならあなたにとってもなんかしらのメリットはあるんでしょ? いくら使えない人材だったとしても、あなたなら無駄にはしない。違う?」
「まぁな。でも、それだとあんた死刑になるぜ?」
「本当にそう思ってる?」
ユウキが本当にあの手配書通りの罪を犯していて、それで指名手配されたのだとしたら、間違いなく死刑になるだろう。けれど、ユウキの場合、あの手配書はユウキをセンリョウに呼び寄せるための悪趣味な招待状だ。最終的に死刑になるにしても、かなりの
「私をセンリョウに、王城に呼び寄せたい人がいるんでしょ? 少なくともその人に会うまでは殺されることはない。それに、その人には私も会っておくべきだと思うの。何のために私を呼び寄せて、そして私に何をさせたいのか。このまま逃げ隠れしていても、何も解決しないもの」
おそらく出てくるのはマカベと繋がりのある国の権力者だ。手札が少ない状況で乗り込むことになるのが不安といえば不安だが、センリョウにはショウがいる。きっと最終的には現状を打開することができるだろう。
何より戦争が再開されてしまっている。それを考えるとのんびりしている時間はなかった。内部から情報を得られるならそれに越したことはない。
「自ら進んで
「魔窟の主って……そんなに危なそうな人なの?」
「っていうか、大物だからな」
「大物……」
予想はしていた。戦争再開にまで影響を及ぼせる人物だ。
ただ、自分の価値を考えてしまうとどうにもちぐはぐな気がして
とにかく今は王城に着いてからの行動をできる限り考えておくべきだ。外部との連絡だっていつも取れるとは限らない。
「あ、そうだ、それ。私が牢に入ってしまっても、あなたやショウと連絡を取り合うことは可能?」
「定期的に取れるようにしてやってもいいぜ」
「じゃあ、お願い」
頻繁でなくとも連絡が取れるなら安心だ。どうしてもどこかで情報交換は必要になる。特にあの書類については結局ユウキは内容を知らないままなのだ。おそらく、あれはお偉いさんとの交渉でも役に立つ。ポロボの事件はシュセンにとっての泣き所なのだから。
「んじゃ、まずはあんたを警察隊に引き渡すところからだな」
「うん、よろしく。えーと、スイセイ?」
恐る恐る名前で呼んでみると、スイセイは意外にもいい笑みを浮かべ、ユウキはようやく緊張を解くことができた。
その翌日、ユウキを乗せた馬車はセンリョウのサクライ城へと到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます