5-2. 思い切った手段(5)
*
紺を基調とした
腕を縛った縄を持って横に立つのは、牢からここまでユウキを連れてきた警察隊。他にも二人いたが、彼らは入り口の見張りに立ったのかここにはいない。
そして、正面に立つのは、見慣れない
広間の広さは、以前マカベ家に捕まっていたときに、マカベと対面した部屋と同じくらいだろうか。ただ、マカベ家のようにごちゃごちゃとした調度品がない分、かなり広く感じる。
そして調度品がほとんどないにもかかわらず、この広間には間違いなくここが王城だとわかるような
そんな圧倒される空間の中、ユウキはただ一人、男たちと向かい合っている。
王城の手前、警察隊に引き渡された時点でスイセイとは別れた。その後はユウキの想定通り王城の地下牢へと入れられたが、半日も立たずして、この場へと引き出された。ここに来るまでの間に、見張りの立つ通路をいくつか抜けている。おそらくここは王城の中でもかなり奥に位置する部屋なのだろうと予想していた。
そうして連れて来られたユウキだったが、目の前の軍人たちは黙ったままだった。まるで思わぬものを目にしたかのように固まっている。
その間にユウキは軍人たちを一人一人確認していた。三人の内、真ん中にいる一人は明らかに他の二人より制服の装飾が多い。この男がスイセイが言っていた「大物」だろう。残る二人はその男の左右に、半歩下がって立っている。その男の部下なのだろう。
正直なところユウキはかなり驚いていた。指名手配を出されたときから、警察隊が
軍人が何故、と思う。けれど、その答えをユウキは持っていなかった。
「――本当にいたのか。風捕りの、娘は」
かなりの時間が経ってから真ん中の男が言った。ユウキはその予想外の反応を
よくわからない不安がユウキの胸に広がった。どこかでボタンを掛け違えてしまったかのような、何か大きな間違いを犯してしまったかのような違和感が生じる。
一方の男は最初の衝撃を乗り越えたのか、淡々とした様子で尋問を始めた。
「歳は」
「……十六です」
「親兄弟は?」
「知りません。――あ」
尋ねられるがままに答えてから、ふと思い立つ。
「なんだ」
「いえ、皆と一緒にいるのではないかと思いまして」
そう言った途端、これまでずっと無言だった二人がくっと息をのんだ。動じなかった真ん中の男も質問を途切れさせる。
その反応にユウキは本格的に疑念を抱いた。何かがおかしい。そもそもこれは、何のための尋問だろうか。ユウキが罪人でないことは、彼らのほうこそよく知っているはずだった。
それに、ユウキの先ほどの言葉は単なる嫌味のつもりだった。風捕り狩りがあったことを知っているのなら、ユウキの両親が他の風捕りと一緒に天国にいるだろうこともわかるだろう、と。あなたたちが止めてくれなかったから、もういなくなってしまったのだ、と。
そのときここにいる人たちが、謝罪をしてくるか、自分は関係ないという態度を取るか、はたまた知らぬふりをしてやり過ごすか――どんな反応をするだろうかと思って口にした言葉だった。
だが、彼らの反応はそのどれでもなかった。
「皆、だと?」
顔に険しさを増した真ん中の男がずいと詰め寄る。今にも剣を抜きそうなその剣幕に、ユウキは身の危険を感じた。何を言われようとも、今、挑発するようなことだけは、口にしてなならないと肝に銘じながら、男の言葉の続きを待つ。
「言え。皆とは誰だ? 国の命令に逆らっている者が他にもいると?」
ユウキはその言葉の一つ一つを取り上げて、少しでも何か情報が得られないかと考える。
「逆らっている者」「他にも」――この言葉からすると、「逆らっている者」というのがユウキのことらしい。だがユウキは「国の命令」など聞かされたことがないのだから、一方的に逆らっていると言われるのは心外だ。
そして、「皆」を知りたがるということは、ユウキ以外の「逆らっている者」の存在を気にしているということだった。つまり男は、ユウキの他にいるかもしれない生き延びた風捕りの存在を気にしているのだ。
どうしてそこまで、と思う。
風捕りはそこまで徹底的に排除されなくてはならないような罪を犯しただろうか。どうして風捕りだけが、こんな扱いをされなくてはならないのだろうか。このとき初めてユウキはそれを不満に思った。
ずっと、風捕りは罪を犯したのだから仕方ないと思っていた。けれど本当にそうだろうか。ポロボの事件は風捕り全員の命を奪うほどの罪だったのだろうか。
「……国の命令って?」
とにかく何か言わねばと質問を返した。
国が風捕りに対して再教育の名目で招集をかけた話は聞いている。おそらくそれのことだろうとユウキは思った。けれど、ユウキの年齢でそれを知っているのはおかしなことだ。聞いても構わないだろう。
男は一瞬、不機嫌そうに顔を歪めるが、しぶしぶと言った様子で口を開く。
「軍への出頭と、里の外に出ることの禁止だ。未熟な特殊能力者に対する再教育と、頭に血が上っている他の国民たちの暴力から、特殊能力者を守るために取った措置だ」
ユウキは目を見開いた。
男は国の命令が一つではなかったことを明かした。もう一つのそれは、里の外に出ることの禁止。それはつまり、風捕りの里が無事だと言っていることに他ならない。
――風捕りの里が残ってる。
その事実はユウキの心を大きく揺さぶった。ずっと期待しないようにしてきた。もう仲間はいないのだと諦めてきた。けれど、里が無事だということは、そこに同じ風捕りの仲間が今も生きているということでもあった。
「里には――」
「黙れ。お前は国の命令を誰からも聞かされなかったのだな? ということは、お前の周りに風捕りはいない。皆と言ったのもはったりか」
男が強い口調でユウキの言葉を
はったりではないが、男が思っているような意味で言ったわけではないことは確かだった。ユウキは答えに詰まり、ただ視線を返すに留める。
気づけば、男は余裕の表情を取り戻していた。失敗したと思う。相手が動揺しているうちに色々とぶつけておくべきだった。
「はっ、なんだ。無用な心配だったようだな」
明らかに安堵した様子の左右の二人を見て、ユウキはずっと胸にわだかまっていた違和感の正体に気づく。
どうやらユウキもショウも大きな思い違いをしていたようだ。マカベがユウキを使って戦争再開を企んでいたのは、ユウキが戦争に利用できることを売りにして交渉をまとめるためではなく、国の監視から漏れているユウキの存在自体を脅しとして使うためだったのかもしれない。
そう考えると色々と腑に落ちた。一人いれば他にもいる。大勢いるとしたら何らかの行動を起こすかもしれない。一斉に蜂起されるようなことでもあったら、国に被害が出るかもしれない。――そんな心理を利用して、マカベは自分の都合のいいようにことを進めようとしていたのではないかと気づかされた。
ただ、考え過ぎかもしれないとも思う。国も最初から、一人の漏れもなく、風捕りを里に閉じ込められると考えていたとも思えない。常識的に考えて、それは不可能なことだ。
だとすればマカベが実際に脅したとしても、成功する可能性は低かっただろう。それこそ国が蟻一匹通さないような綿密な計画を立てていたのでもなければ、その脅しが成り立つはずなかった。
少なくとも、今、ユウキの目の前で余裕の表情を浮かべているこの男には、通用しなかっただろうと思った。
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