5-2. 思い切った手段(3)

「ふっ、こいつ怯えて声も出ねぇみたいだぜ」

「へぇ、かわいいじゃねぇの。欲をいやぁ、もっと大人の女が良かったけどな」

「確かに。こんなやせっぽっちなちんちくりんじゃ、その気になれるかどうか」

 最初の男に続き、残る二人も距離を詰めながらめるようにユウキを見た。

「なら、俺が先にいただいてもいいな? どうせこの年じゃ男の味も知らねぇだろうし」

「待てよ、そういう意味じゃねぇよ」

 そして男たちは順番をどうするかで揉め始める。ずっと揉め続けてくれればいいが、そうかからずに話はついてしまうだろう。

「ねぇ!」

 ユウキは話がつく前にと会話に割って入った。声が出なかったのは怯えからではなく唖然としていたからだ。この男たちはチハルの市場で、アキトと出会う前に店を開いていた場所によく現れた粗暴な男たちそっくりだった。

「なんだい、嬢ちゃん。おとなしくしてりゃ、優しくしてやってもいいぜ」

「十回に一回くらいならな」

 そう言ってがははと豪快に笑った。

 同世代の友人が少なかったユウキは、あまりそういった方面の知識を持ち合わせておらず、男たちが何故そんなにも愉しそうなのかわからなかった。ただ漠然と、ろくでもないことだろうと思いながらユウキは何とか言葉を続ける。

「そんなことより、私が誰かわかって言ってるの? もしかして、ただの手配犯だと思ってる?」

 男たちは笑いを収めた。だが優位な立場にあることに変わりないためか、余裕の表情で先を促す。

「だったら何だって? んん?」

「確認してからでも遅くないと思うんだけど。でないと――あなたたち後悔するよ」

「何を言い出すかと思えば、くだらない」

 男たちは一笑する。ユウキはさらに語気を強めた。

「――この手配、どこが主導権握ってるか知らないの?」

 一瞬、男たちが動きが止まった。ようやくユウキの言葉に耳を傾ける気になったのだとわかる。

「この手配は遊離隊長スイセイの指示によるものよ。警察隊が出したものじゃないってことは、上層部で取引があったんでしょうね。それをあなたたちが勝手に壊してしまっていいの?」

「んな、まさか」

「馬鹿、乗るな。出まかせに決まってる」

「――そう。あんたたち相当下っ端だね。何も聞かされてないんだ」

「うっせぇ! 黙れ!!」

 逆上した男の手がユウキへと伸ばされる。左手で胸倉を掴み、拳を握った右手を振り上げた。

 ――殴られる。

 ユウキは咄嗟に目をつむり、歯を食いしばる。

 だが、予想していた衝撃は来なかった。代わりにパンという大きな音が間近で聞こえ、驚いて目を開くと、男の拳が別の者の手によって止められていた。

 ユウキのすぐ横、そこにユウキと同じ年頃の少年が立っていた。

「うちの獲物に手出ししないでいただきたい」

「誰だ、貴様! 下っ端のくせにしゃしゃり出てくんじゃねぇ」

「おや? ではあなた方は私より階級が上ということでしょうか。ぜひお聞かせいただきたいものです」

 少年は冷静だった。堂々と反論し、男たちの不安をあおる。

「申し遅れましたが、私、遊離隊にて副隊長を任されておりますトウマと申します。我が隊からの指示は、あなた方には届きませんでしたかね?」

 思いのほか高い地位に、男たちが目を見開いた。驚いたのは男たちだけではない。ユウキもだ。ユウキもまさか本当に遊離隊が来るとは思っていなかった。

 男たちは一旦押し黙ったものの、驚愕が過ぎ去ると今度は破れかぶれになったのか、適当に腕を振り回し始めた。

「くそっ。こんなん上にばれたらおしまいだ。やるっきゃねぇ」

「三対一だ。問題ねぇよ。ここで口をふさがせてもらうぜ」

 三人は一斉に少年に飛びかかった。だが、少年はそれを軽くしのぎ、一人ずつ潰していく。一人を牢の隅まで吹っ飛ばしたかと思えば、別の男をタコ殴りにする。背後から近づいてきた男には、殴ろうと伸ばされた腕を掴み取り、背負い投げを食らわせる。男は硬い床に叩きつけられ、一瞬にして気を失った。

 あっという間の出来事だった。ものの数分の間に、三人の男たちは地面に伸びていた。

 少年はユウキの腕を引いて牢の外へと連れ出す。そして伸びた男たちを中に残したまま鍵を閉めた。

「あなたもあなたです。相手を挑発するようなことは言うべきではなかった」

「す、すみません」

 ユウキは少年の勢いに押され、反射的にそう答えた。そのまま少年のお小言が続くかと思いきや、少年はすぐに態度をややへりくだったものへと改めた。

「……迎えが遅くなり申し訳ありませんでした。私が首都までお連れします」

 どうやらユウキが襲われそうになったことについて責任を感じているようだった。

 その真摯しんしな態度を見てユウキは安堵する。敵ではないと思っていても、先ほどの男たちの態度を見てしまったせいか、わずかな不安が消えずに残っていたのだ。

「いえ、助けていただきありがとうございました。首都までよろしくお願いします」

 先程トウマと名乗った少年は移送の手続きを済ませ、ユウキを連れて詰所を出た。

 ツヅナミ港から船に乗ったユウキたちは荒内海を南下し、センリョウを目指した。


 そしてユウキたちは船を下りたあと、幌つきの荷馬車に乗り換え、今に至る。

 少々危なくはあったが、結果としてはユウキの狙い通りになった。ユウキは警察隊に捕えられ、遊離隊の手でセンリョウへと移送されている。

 今、目の前に座ってユウキを監視しているのはトウマだ。御者や外で警護にあたっているのもトウマの部下だという。これは好機だった。

「私、遊離隊長のスイセイって人に会いたくて来たの。会える?」

 ショウはちゃんと話してくれなかったが、一度だけポロリとこぼしたことがある。そのときの様子から、ユウキはスイセイが今回の件に関係あり、なおかつ敵ではない人物であると判断していた。

 そんなスイセイなら、北の小屋で見つけた書類の話をしたら食いつくのではないかと思っている。一度捕まって移送してもらうという手段を考えていた以上、ああいった切札となるものは持ち歩けないと思いセリナに預けてきたが、セリナであれば間違いなく、遠からずショウの手元に届くように手配してくれるだろう。そしてスイセイであればショウの実家を探し出すことも難しくないのではないかと思っていた。

「そうですね、どうでしょ――」

 そのとき突然、馬車が止まった。トウマが剣に手を添え、すぐに動けるよう中腰になる。

 まだ町の外だということは聞こえる静けさからもわかった。そうして聞き耳を立てていると間もなく人の声が混じり出す。

 トウマがピクリと反応した。それと前後して外からほろがめくられる。

「よう」

 見えたのは細身の男性のシルエット。ユウキは逆光になるその男の顔を何とか見ようと目を細めた。

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