4-2. 交錯する思惑(5)

 とはいえ問題は、父の手伝いにかかりきりになる訳にはいかないということだ。


 ヤスジが下がり、一人になった部屋でショウは思案する。

 登城の許可が下りるまでにどのくらいかかるかはわからないが、すぐには許可が下りないとわかっているのに、ただ勉強だけをして待ち続けるというのは、さすがにおろかしい。

 やはり情報屋を捜すくらいはしておくべきだろうか。

 センリョウの情報屋に伝手はないが、これまでの町では早ければ三日、遅くとも二週間で一つの情報屋を発見していた。センリョウはこれまでのどの町よりも広いため見当がつけ難いが、ひと月もあれば見つけられるのではないかと考えていた。

 情報なくして解決はない。

 特に、風捕りのマカベに利用されようとしていたのかがわからない限り、また同じことが繰り返される可能性があった。

 それでは意味がない。それではユウキが安心できない。そんな状況下で、ショウもユウキを迎えに行くわけにはいかなかった。

 結局のところ、それなのだ。

 いつの間にか、マカベの目的をわかったつもりになって、考えることをやめてしまっていたが、風捕りの何を利用されようとしていたのかは未だわかっていない。それが問題だった。

 風捕りが起こしてしまったポロボの事件。それによる風捕り狩りという悲劇。制約と制裁という国民を沈黙させるための苦肉の策。

 そして、嵐は偶然でもなければ呼べないという事実。

 どれも、マカベが国に対して圧力をかけられるような、付け込める余地があるようには見えなかった。

 まだ何かが足りないのだ。まだ何か、ショウたちの知らない真実が風捕りにはある。

 ――今、アキトさんに会えたらな……。

 今なら、的確な質問ができるだろう。

 それに、アキトならきっとユウキの指名手配を取り消すことだってできる。そうしたら、ユウキも戻って来られるかもしれない。そうしたら、もう一度一緒に――。

「いや、駄目か。ユウキが戻ってきたら戦争に駆り出されるかもしれない」

 ユウキがいなくても、戦争再開の話は進んだ。だが、ユウキがいたら今度こそ、ユウキはマカベに利用されるだろう。

 今、自分にできることは何だろうか。ショウは再び考え込む。だが、しばらく考えてみるものの妙案は浮かばなかった。

「すぐには無理か。ひとまず、勉強は朝晩に時間を決めて、日中帯は情報収集に行くことにしよう」

 登城の許可が下りるまでに少なくとも一週間はかかる。ショウは二週間近くかかるのではないかと予想していた。専門書は読みにくい書物だが、それだけの日数があれば、朝晩の時間だけでも、内容を理解するところまでは持っていけるだろう。


 そうして最初に外出の時間を設けておいたのは正解だった。

 情報屋探しという意味では、手がかりすら掴めなかったが、これに時間がかかることは覚悟していたため気にしない。合わせて行っていた情報収集の成果はそこそこだったし、何より良かったのは、外出によって勉強がはかどったことだ。

 元々身体を動かすことが性に合っているためだろう。外出するとショウの頭は一気に冴えた。そのおかげか、五日目には父に渡された書物も最後の一冊となり、刑務部の役割やら全体像やらが把握できるようになっていた。

 そしてその夜。目を通すだけなら、もう間もなく終わる、というところまで来たとき、ショウの脳裏にふっと疑問がぎった。

 ――休戦になったあと、誰にどんな刑罰が下された?

 ――ポロボを壊滅状態にした風捕りたちはどうなった?

 暴走した風捕りは処刑されたと当然のように考えていたが、本当にそうだったのだろうか。そもそもこの事件に関して、ショウは知らないことが多すぎる。

 暴走したのは何人だったのか。一人だったのか、それとも複数人だったのか。

 この暴走という言葉の意味も曖昧だ。発狂のような、本人には制御不能な暴走もあるが、単に調子に乗って突っ走っただけの場合でも、暴走という言い方をすることがある。これは嵐を呼んだのが、故意だったのかそうでなかったのかということにも繋がり、さらには罪の重さにも影響したはずだった。

 それに、もし発狂したせいで暴走したというのなら、その発狂の原因も問題となる。治安局がこれらを明らかにしていないはずがなかった。

 戦場であるから、おそらく調査は軍部で行われただろう。であれば、その報告書は軍部から刑務部に上げられたはずだ。

 何らかの刑罰が必要な事件が生じた場合、軍部なり警部なりから資料が上げられるという流れは絶対で、対外的な事情から刑が決まっていたとしても、後々、問題が再燃する可能性を踏まえ、通常、その手順を省くようなことはしない。

 もしかしたら、その調査の記録が刑務部のどこかにあるかもしれなかった。もちろん風捕りに関する書物が焚書ふんしょにされたように、書類も破棄されている可能性は極めて高い。それでもショウは期待に湧く心を抑えることはできなかった。

 荒内海の大戦が休戦になったとき、父はまだ外交官だった。当時の刑務部のことなど知らないだろう父をあてにはできない。だが。

 ――ちょっと見せてもらうくらい……いいよな?

 父の手伝いをしていれば、そういった資料が保管されている場所に立ち入ることもあるだろう。場所さえわかればあとはショウの得意分野。人のいない隙を狙って閲覧するくらいそう難しいことではなかった。

 一連の出来事の背景にはポロボの事件があるとショウは思っている。この事件について知ることは、大きな意味があるはずだった。

 これまでの話から、風捕りは繊細な使い方を得意とする能力だと認識している。となると、ポロボの事件であったという、嵐を呼ぶという使われ方には少し違和感があった。

 つい先日、ショウは何かが足りないと感じた。だが、もしかしたら足りないだけではないのかもしれない。もしかしたら、どこかでずれが生じ、見えなくなっているものがあるのかもしれなかった。


 ショウはずっと、ユウキのために何ができるのかわからなかった。だが今、ようやく、なんとなくではあるが、自分のやりたいこと、すべきことの形が見えた気がした。

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