4-3. 堅物の気遣い(1)
*
ショウが父に許可証の依頼してから十日。ショウの予想より少しだけ早く、登城の許可が下りた。
珍しく自室にショウを呼んだ父は、ソファーの向かいに座り、それを差し出す。
「これが許可証だ。城内の政務室がある区域まで入れる」
それには、ショウの名前が刻まれたプレートと、よくわからない幾何学模様が彫り込まれた丸い飾り、これまた飾りだろう短いチェーンがつけらた、銀色の装飾品だった。プレートと飾りは折り曲げた針につけられていて衣服に
「そうですか。ありがとうござ――」
ショウが受け取ろうと手を伸ばすと、父はすっとそれを引いた。ショウは眉を跳ね上げる。
「まず、お前がきちんと書物に目を通したか確認してからだ」
ショウは手を戻し姿勢を正すと、父をまっすぐと
父がこういう人物だと、ヤスジの話から教えられたばかりだった。父がショウを試すのは、ショウを信用できないから。ならば、ショウはそれに付き合うまでだ。わざわざ、むきになって反発するようなことではない。
「わかりました。どこからでも、どうぞ」
勉強の期間はわずか十日。一通り目を通したとはいうものの、内容をしっかりと覚えているわけではない。どこからでも、などと言えるような習熟度ではなかったが、ショウは父に手加減してもらうなどまっぴらだと思った。
父は一瞬、疑うように目を細めたが、すぐに元の無表情へと戻る。
「では答えなさい」
父の問いは十問以上にもなった。その多くは用語や仕組みを説明させる問いで、ショウは完璧とはいえないまでも、正解と言わざるを得ない回答を続けた。
やがて父の問いが途切れ、沈黙が訪れる。父はじっとショウを見つめたまま動きを止めた。ショウも父から目を離さずしばらく待つが、父は待てども待てども口を開かなかった。
ショウは父を黙らせられるほど完璧な回答をしたわけではない。にもかかわらず、黙りっぱなしということは、父はショウの回答が気に入らなかったということか。
「まだ何か?」
そうでなければいいと思いながら先を
「……お前、アレらのことはどのくらい知っている?」
ショウは意味を取りかね眉を
「あの特殊能力を持つ一族のことだ」
「またかよっ」
咄嗟にそう叫んでいた。それは終わった話のはずだった。落ち着けと自分に念じながら口を開く。
「……以前、言ったはずです。変な小細工などしなくても、私はきちんとやると」
強めの口調ではっきりと言い返せば、父はゆるゆると首を振った。
「違う。そうではないのだ」
「違うとは?」
すぐさま問い返すと、父は再び黙り込む。
ショウはため息をついた。ここは一旦、自分の感情を押さえて、父の言い分を聞いてやるしかなさそうだ。
「いいよ、言えよ」
ショウが先ほどまでの噛みつくような口調ではなく、少し落ち着いた口調に変えると、父は話を始めた。
「お前は、アレらが移動する救護所と呼ばれていたことは知っているか?」
「いや」
ショウが首を振ると、父は呆れた顔をした。「八年もの間、何をしていたんだ」と小さく呟く声が聞こえたが、ショウは聞かなかったことにして話を進める。
「それで?」
「アレの能力は周囲の環境を清浄に保つことができたため、これまでは難しいとされていた出張先での治療が可能になった。アレらの能力によって、いわゆる臨時の救護所をどこにでも作れるようになったのだ。そして、それによって多くの者が救われた」
「それでアレらは移動する救護所と呼ばれるようになった。わかるか? アレらはそういう存在だったんだ。ゆえに、病人を抱えている家や、アレらに助けられた過去を持つ家は、民衆による虐殺が起こったとき、
病人を抱えている家は当然手放せないだろうし、助けられたことのある家は恩を返そうとするだろう。それだけでなく、その価値をよく知る者もまた、今後の利益を計算した上で匿うことを選択したかもしれない。
父がリョッカを匿ったのも、母が病だったことが大きく影響しているはずだ。リョッカがいなければ、母はもっと早くに亡くなってしまっていた。
「それからしばらくして、アレらに招集がかけられた。アレの保護と暴走抑止の訓練を行うためというのが名目だった」
風捕り狩りの沈静化を狙ったかのようなタイミングで国は動いた。そのタイミングで動いたことに、風捕りを匿っている多くの者は不穏さを感じ警戒した。
「国がアレの自由を奪い、その特殊能力か命かを利用しようとしていることは容易に予想がついた。だから引き渡さなかった。だが、匿っている者がいることは治安局も把握していた。そして、それが
風捕りは、移動する救護所だ。風捕りを密かに匿うことはできても、病人の存在を完全に隠すことはできない。つまり、そこから治安局に目を付けられた。
「我々はすでに見張られていたのだ。当然、我が家も。あのとき、お前が言わなかったとしても、結果は同じだった」
風捕り狩りからは守ることができた。だが、治安局の魔の手からは恐らく誰も守れなかっただろうと父は言った。
「だから――前に、お前に言った言葉は嘘ではない。リョッカのことはお前のせいではないのだ」
その言葉はショウの胸には響かない。ショウの後悔はそんな言葉だけでなくせるようなものではなかった。
だが、父が伝えたかったことはわかった。父はショウに気に病み過ぎるなと言いたかったのだろう。
「そんなの……わざわざ、言わなくてもよかったのに」
口からこぼれ出たのは可愛げのない言葉。それでもショウに伝わったとわかったのだろう。父はほっとしたように表情を緩めた。
母が亡くなってから初めて目にする父の笑みだった。
だが、話はそこで終わらなかった。すっかり調子を取り戻した父が、再び厳しい眼差しをショウに向ける。
「それから、お前は少し人を使うことを覚えた方がいい」
「何だよ、
「ここ数日、街で聞き込みをしていただろう? あれはお前が自ら動くようなことではなかった。身分ある者には常に視線がつきまとう。だからこそ、足を取られかねない行動は
「それは……」
センリョウには貴族が多い。そして貴族というものは、常に水面下で足の引っ張り合いをしている。そんな
風捕りの話を聞くために仕方なく、「帰れ」という父の条件をのんだが、思いの他、制約が多い。こんな状況でどこまで動けるだろうかとショウは不安になった。
だが直後、父が発した言葉にショウは目を見開く。
「使用人を五人貸してやる。お前の裁量で自由に使っていい。――ヤスジ」
「はい」
「選出は済んでるな? 引き合せを」
「畏まりましてございます」
ショウの頭は混乱していた。これはまさか、父が協力してくれると言っているのだろうか。
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