2-4. 屋根裏暮らし(7)

          *

 さらに数日が過ぎた。ショウは相変わらずどこかへ情報を集めに行っている。ユウキも変わらず留守番だ。

 焦り、些細ささいなことで苛立つショウの姿を見ているのはつらく、どうにもしてやれない自分がもどかしかった。何とか力になりたいと思っていた。

 ――というのは最初のうちだけで、今、ユウキはショウのことなど気にせずに、自由気ままに過ごしている。

 文字も上手くはないが、なんとか読める形になってきた。一度誰かに――アキトにでも手紙を書けたらいいと思っている。

 アキトは今どうしているだろうか。最後に会ったのは、あのチハルを出る夜のことだ。

 正直、アキトがあの場にいたことも、ショウと知り合いらしきことにも驚いた。

 後になって考えれば、アキトこそが、マカベ家でショウが言っていた協力者なのだろうとわかったが、だとしても、アキトがそんな危険なことにまで手を貸したという事実は衝撃だった。

 確かにアキトは人が良く、困っていれば手を差し伸べずにはいられない性格だ。どこかで困っているショウを見つけたのかもしれない。

 そんなアキトだからこそ、つい頼りたくなってしまう。アキトに頼んだら、風捕りの里についても調べてくれるのではないかと期待してしまう。――ここはチハルではないのに。

「そうだった……チハルじゃないんだった……」

 ユウキはこのあまり現実的ではない考えに首を振った。チハルにいた時でさえ、アキトとは滅多に会えなかったというのに、ヤエにいてそう都合よく会えるとは思えなかった。

 一応、ユウキはアキトから会いたくなったらこうすればいいという方法は聞かされていたが、それもユウキには首を傾げざるを得ないものだった。具体的には、洗濯物を東から、上着、ズボン、ハンカチの順で干すだけ。ただそれだけだ。

 それを教えてくれた時アキトは、すぐ駆けつけられるかはわからないが、できる限り善処する、と笑って言っていたが、さすがに別の町までは来られないだろう。

 ただ、どうしてもありえないと切って捨てられないのは、アキトが、別にどこに干してもいいぜ、と陽気に言っていたせいだ。あんなふうに余裕の表情で言われてしまうと、一度試してみたくなる。それこそ、ヤエだけでなく、森のど真ん中や海の中にでも。

「ユウキちゃん? いるかい?」

 その時、階段の下からおばあさんの声がした。ユウキはすぐさま返事をする。

「はい、いますよー」

「お菓子を焼こうかと思うんだけれど、手伝ってくれるかね?」

「もちろん。今行きます!」

 家を出ずにできる自己防衛手段。ユウキが考えたのはこれ、おばあさんを味方に引き入れておくということだった。もちろんショウには内緒でだ。

 少し前に、出入りの安全性を訴えたユウキに応え、ショウは新たな出入り口をもうけた。だが、それはあくまでも出入りを目撃されにくくするといった効果しかない。昔使っていた出入り口が見つかってふさがれていることを考えれば、それだけで十分とは言えなかった。もしかしたら、また同じことがあるかもしれないとおばあさんが構えていたら、見つかる危険性は格段に高くなる。

 もし、それで出入り口が見つかり、そして隠れ住んでいることが知られてしまった場合、普通の人であれば警察隊に連絡するだろう。それに気づければいいが、気づけなければユウキやショウは見つかって捕えられてしまう。

 そういった事態はけねばならなかった。だが、絶対に見つからずに済むという方法は思いつかない。ならばいっそのこと、最初からおばあさんに話しを通しておけばいいのではないかと思った。それで許しが得られたら、もう見つかる心配などせずに済む。

 ユウキはずっと普段のおばあさんの様子を見てきた。その結果、おばあさんなら味方になってくれるとほぼ確信していた。

 その目論もくろみは成功し、今、ユウキは仲良く台所に立っている。

 あの時、ユウキは当たりさわりない範囲で事情を話し、勝手をしたことを謝罪した。おばあさんは驚きつつも謝罪を受け入れ、滞在を認めてくれた。

 お詫びを兼ねて、家事や力仕事などをお手伝いします、と言ったのも良かったのかもしれない。おばあさんはひざが悪く、人手を欲しがっていた。おばあさんの子どもたちはヤエを出てしまっており、時折やってくる同世代の仲間たちに手を借りていることをユウキは知っていた。


 おばあさんの所でお菓子を焼いて戻ると、すでにショウが帰ってきていた。

「あ、ショウ、お帰り。早かったね」

「ああ、ちょっともう一度情報屋に行ってこようかと思……ったんだけど。ユウキ、今、どこ行ってた? 外に出たのか? 手に持ってるの何?」

 少しむっとした様子のショウが怒涛どとうのように質問をぶつけてくる。ユウキはため息つきたい心地になった。そんな様子を見せはしないが。

「ううん。ちょっと下に行ってただけ」

「――ユウキ」

 ショウの声が低められた。予想通りの反応だ。けれどユウキは気づかないふりをして続ける。

「これ、おばあちゃんと焼いたお菓子。うまくできたと思うんだ。食べてみて」

 ショウはさらに眉間のしわを深めた。そして説明を求める眼差しを向ける。当然のことながら、皿に手は伸ばさない。

 ユウキは仕方なく皿を引き、軽い口調で説明する。

「黙ってるのも申し訳ないと思って。おばあちゃん、すぐにわかってくれたよ?」

「そんなのんきな。警察に突き出されてたかもしれないんだぞ。じゃなくても、追い出されてた。いや、まだこれからって可能性も――」

「そしたらそしただよ」

「ユウキ!」

 ショウが怒鳴り、そして頭を抱えた。

 やっぱりちゃんと話を聞いてくれない、とユウキは肩を落とす。ショウに聞く気があるのなら、どれだけ慎重に行動したか一から説明するというのに。

「ユウキ、あまり勝手なことするなよ……」

「ショウだって勝手じゃない」

 懇願こんがんともとれるような口調で言ったショウに、ユウキは冷たく返す。

「はぁ? 俺が?」

「――ショウ、本当に風捕りの里探してる?」

 それは少し前から抱いていた疑念だった。

 不自然なほどのショウの焦り。外出を認めない過保護さ。ずっと気になっていた。

 もしかしたらショウは風捕りの里を探しているのではなく、全然違うことを調べているのではないか。もしかしたら、マカベと同じく、ユウキを使って何かしようとしているのではないか、と――。

「それはっ!」

 ショウが言葉を詰まらせる。

「――それは、何?」

 ユウキは続きをうながした。ショウの目が泳いでいる。ユウキは泣きたくなった。

 ショウが必死なのはわかっていた。焦っていることも。だから仕方ないんだと我慢していた。物分りの良いふりをして、ここまで黙ってショウを見守ってきた。

 けれど駄目だった。疑念はむくむくとふくれ上がり、そして今、動揺するショウの姿に、ユウキは得たくもない確信を得てしまった。

 やはりショウが調べていたのは、風捕りの里の場所ではなかったのだ。

「風捕りの女の人を捜してるって言ったのも、手伝ってって言ったのも、全部嘘だったんだ」

「違う! 嘘じゃない! ……けど、わかってくれ、ユウキ。今は里を探すより優先すべきことがあるんだ」

「だから! だから、それが何かって聞いてるんじゃない。答えてよ、ショウ。ショウはこのひと月の間、何をしてたの?」

 ショウの顔が苦しげにゆがめられる。ユウキの中にはもう聞かないという選択肢はなかった。ショウから目を離さずにじっと答えを待つ。ショウが答えるまで待つつもりだった。

 それからかなりの時間をて、ショウはあきらめたように口を開いた。

「俺は……ユウキを守るって言った。そのためには先にマカベのたくらみをあばくべきだと思ったんだ」

 束の間、意味がわからなかった。だがすぐに思い出す。ヤエに着く前、林の中でショウはユウキを守ると言った。追手のことは任せてほしいとも。

 けれどユウキは、それはもう済んだことだと思っていた。情報屋に行って聞いてきてくれたことで、追手の心配はないとわかった。だから、それで、この件は解決したものだと思っていた。

「追手はいないって……。マカベはあきらめたって、言ったよね?」

 ショウは口を引き結び、答えない。

 ユウキの中に新たな怒りが湧き上がった。馬鹿にして、と思った。そして、怒りのままにきつく睨みつければ、ショウが少しだけひるむ。

「それも嘘だったんだ。信じらんない。これは私のことだよ? なんで私に隠すの?」

「そうじゃない、それは……。それだって、ユウキのために」

「私のためだと言うならちゃんと話して。じゃないと私はショウを信じられない」

 ユウキはふいっと顔を背け立ち上がる。もうショウと顔を合わせていたくなかった。

「勝手にいなくなるなよ」

「わかってる」

 ショウに釘を刺されるまでもなく、そんなことはわかっていた。マカベがあきらめていないというのなら、ユウキは決して人目に触れてはいけない。

 ユウキはショウと対角に位置する部屋の隅まで行き、そして膝を抱えて座り込んだ。絨毯じゅうたん越しに感じる床の冷たさに、ユウキは切なくなった。


 初めは、ちょっと勝手をしてショウをうろたえさせてやる、くらいのつもりだった。おばあさんとの交流が、自分たちの妨げにならないことを確信していたからこその行動だ。

 けれど、その結果わかったのはショウの裏切り。ユウキは心の中でショウをののしり続けた。

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