2-4. 屋根裏暮らし(6)

          *

 ヤエに着いて二週間がたった。今日もまた、ユウキは屋根裏部屋からショウを見送る。

「あの、ショウ……」

 梯子を降り切ったショウに声をかけると、それだけで眉をひそめられた。ユウキは怒鳴りそうになるのをぐっとこらえる。

 ヤエに来てからというもの、ショウの過保護さは度を越していた。ユウキがショウを手伝えたのは二週間のうち、たったの三日間しかない。ユウキが聞き込みをしてくると言っても、危ないから駄目だと言われ、せめて一緒に連れて行って欲しいと頼んでも、図書館に寄るからユウキにはつまらないだろうと断られる。しかも、一人では危ないからと外出まで禁じられた。

 どこの箱入り娘か、と思った。チハルの市場で売り子をしていたユウキが、乱暴な男たちの危険性を知らないわけがないし、よほどのことでもない限り、あしらうことだってできる。余計なお世話だった。

 けれどショウは頑固で結局ユウキが折れる羽目になった。ユウキはショウに文字を教えてもらうことと引き換えに、外出せずにおとなしく過ごすことを約束した。

「駄目だからな。絶対に外には出るなよ」

「――わかった」

 ショウはユウキの言葉を最後まで聞かずに念押しした。ユウキはあきらめてただ頷く。

 そんなほとんど軟禁と言ってもいいような状況に置かれているユウキだが、だからといってそれをそのまま受け入れはしなかった。そんなおとなしいユウキではない。

 ユウキは数日前から、自分に許された範囲で徹底的に周辺を洗っていた。

 何も大事なのは風捕りの里を探すことだけではない。この隠れ家を維持し続けることもまた重要だった。もしもおばあさんに見つかり、追い出されたりしたら、里を探すどころではなくなってしまう。そうならないためにユウキはできる限りの準備をしていた。

 例えば、通りの観察。

 住宅街と言われているこの辺りは、昼の間は女性や老人などが多く行き交う。警察隊の巡回は本来であればきっちり時刻が決められているはずだが、実際にはまちまちで、日に二回か三回、昼と夕方頃に通る。そして最も人通りが多くなるのが夕方だった。仕事帰りの人や買い物に出かけた女たちが通っていた。

 些細ささいなことではあるが、こうした普段の様子を知っておくことで、何か異変があった場合にすぐに気づくことができるという利点があった。

 また、おばあさんの身辺調査のようなこともしていた。

 昼間、この家には二日に一度くらいの割合で宅配屋やその他来客がある。

 それでわかったのは、どうやらおばあさんはかなりの世話焼きらしいということ。面倒見がいいからか、頻繁ひんぱんに同年代の友人たちが訪ねて来るし、手紙や小包などを届けにきた宅配屋さんには必ずお茶とお茶菓子を出して世間話をする。

 ユウキはそうした来客があるとき、かすかに聞こえる会話に耳をかたむけて、おばあさんの人となりをさぐった。

 これらの努力がむくわれない可能性は高い。けれどそなえて置くこと自体は絶対に必要だった。


 そして夕方、ショウが帰宅した。

 ショウは不機嫌さをそのままに、乱暴に腰を下ろす。日に日にその態度はひどくなっていた。

 もはや「どうだった?」と進捗を聞くことすらできない。といっても、その必要もないわけではあるが。

 今日がどうだったかなど、その態度だけで明らかだ。

 ここまで二週間という決して短くない時間を費やしてきた。それでも里の情報は入手できていない。ショウが苛立つ気持ちもわからなくはなかった。

 そんなショウではあるが、いつも十分もすると落ち着く。だからユウキは帰宅直後はしばらく放っておくことにしていた。

「こんなにもわかんないってありかよ」

 ショウが大の字に寝転がってぼやく。

 その声の調子から気持ちが落ち着いたことを確認し、ユウキはそろそろと近づいて横から顔を覗き込む。

 今日は一つ提案したいことがあった。ユウキは時間だけは無駄に持っている。だからできる限り色々なことを考えるように心がけていた。それで気づいたのだ。里について知っているかもしれない人物がいることに。

「ねぇ、ショウ。その女の人、ショウの実家にいたんだよね。それなら……お父さんに聞いてみたらどうかな?」

 ピクリとショウのまぶたが動いた。だが、ショウは目を閉じたまま答えようとしない。

「ショウ、聞いてる? ショウのお父さんなら――」

「うるさい!」

 ショウが大きく腕を振り、ユウキは咄嗟に身を引く。

 一瞬、殴られるかと思った。ショウは追い払うつもりでやったのだろうが、けなければ当たっていたかもしれない。

「あのくそ親父に聞くことなんかあるかよっ」

 初めて聞く強い語調だった。「らしくないよ」と気軽に言えたならよかったが、ショウはそれすら許さない雰囲気をかもし出している。

「――悪い」

 うわべを飾るだけの謝罪にユウキはさらに困惑する。いつものショウであれば、こんな心の入っていない謝罪などするはずがなかった。ショウは頑固ではあるが誠実だ。

 ユウキは戸惑った眼差しでショウを見る。ショウはそれからわっと頭をき乱した。

「と、に、か、く、親父に聞くって選択肢はなしだ」

 ショウはユウキに背を向けるようにごろりと転がり、それきり黙り込んだ。

 ユウキは途方とほうに暮れた。すでに聞いた、とか考えているなどと返される可能性は考えていたが、こういった強い反発をされることは思うことすらしなかった。

 だが、これは全く予想できなかった事態ではない。ショウは家出して貴族をやめたと言ったのだ。家や家族に対して聞けないような事情があることも考慮しておくべきだった。

 ただ――それだけが原因でないこともわかっている。

 普段の、ヤエに着いたばかりの頃のショウであったなら、同じ話題を振ったとしてもここまで強い反発にはならなかっただろう。

 理由は簡単だ。今のショウにあせりや苛立ちがあるからだ。気長に探すようなことを言っていたショウだが、やはり仕事を辞めて、身を隠しながらという今の状況がこたえているのかもしれない。

 そろそろ、ちゃんとした住処すみかと仕事を探した方がいいかもしれない。でないとショウのほうが先にまいってしまうとユウキは思った。

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