2-6. 浮足立つ人々(3)

          *

 問題はこれからどうするかということだった。

 現状では他の風捕りや一族の里を探すのは厳しいと言えるだろう。だが、このままここでじっとしているというのもよくない。それでは状況は何も変わらないし、それに戦争が再開されたら、隠れているわけにもいかなくなるのだから。

「そういえば、マカベは私を使って何をしようとしていたんだと思う?」

 ユウキの言葉にショウは顔を上げた。そして、完全にマカベの存在を忘れていた自分に衝撃を受ける。

「マカベは戦争を再開させたがってた。ってことは、マカベは国を相手に交渉してたってことだよね? マカベはそこで、国が風捕りの存在を消そうとしたことを利用したんじゃないかな」

 ショウは眉を顰めた。ユウキの言おうとしていることがわからない。

「ねぇ、ショウ。どうして国が風捕りの存在を消そうとしたのか、司書さん言ってた?」

「国民の混乱を治めるためって」

「じゃあ、どうして風捕りの存在を消すと、国民の混乱が治まることになるかは?」

「それは聞いてないな。話題に上がらなくなれば、だんだん記憶が薄れてくからっていうのはあると思うけど……」

 それではあまりにも頼りない。風捕りの関連書を焚書ふんしょにしたり、能力者の耳を使ったりという大掛かりなことをしたわりには、効果が不確定過ぎた。

「ちょっと考えてみたんだけど、前提に、国民が風捕りを恐れてるっていうのがあったんじゃないかな。嵐を作れる能力者だよ? 一人でって訳じゃないと思うけど、一気に三万人を殺しちゃった人たちだからね。シュセンに不名誉を着せたって憎しみもあると思うけど、それ以上に怖いって思うんじゃないかな?

 もし、自分のすぐ近くにそんな大きな力を持つ人がいたら、多分、私は怯えて冷静でいられないと思う。しかも暴走したなんて聞かされたら、完全にコントロールできないんっだって思ってもっと怖くなる。だから巻き込まれないように風捕りの近くから逃げるかも。って考えて、それが「混乱」の正体だったんじゃないかなって思ったの」

 ショウはなるほどと頷く。国民全員がそういう恐慌状態におちいっていたとしたら、大都市であればあるほど混乱を極めただろう。

「けど、それが何でマカベの交渉材料になったと思うんだ?」

「ショウ、さっき言ったよね。少なくとも、偶然でもなければ嵐は作れないし、呼べないって」

 ショウは頷く。確かに言った。

「そのこと、軍の上層部の人たちは多分知ってたよね」

「だろうな。特殊能力部隊が特殊能力の研究もしてたと思うし」

「だったらさ、正直にそれを話せばいいだけのことだったんじゃない? 恐怖で国民が混乱してるんなら、嵐なんて偶然でもなければ呼べないんだって教えれば、かなりの人が冷静になったと思うんだ」

 ショウは愕然としてユウキを見た。ユウキは淡々とした口調でさらに続ける。

「それに、もし国が抑止力としての役割を気にしてたとしても、別に、特殊能力者って風捕りだけじゃないでしょ? 風捕りが大した力をもってないって明かしたところで抑止力として働かなくなるわけでもない。それなのにわざわざ面倒な、風捕りの存在抹消っていう手段に出た。そこは嵐の真実に気づいている人なら、疑問に思ってもおかしくない」

 混乱の原因が恐怖であるというなら、ユウキの言うとおりだ。それを明かすだけでいい。けれど、そうしなかったことには、それだけの理由があったと考えるべきだった。

「まさか、そこにマカベが目をつけた? 国がその手段に出た事情をマカベは掴んでて、それで国を脅そうとした――」

「私がマカベ家に置いてきちゃった風の実。あれを送りつけるだけでも、「まさか」って感じになるよね。脅しまではいかないと思うけど、交渉のきっかけくらいにはなるかもしれない」

 ショウは唖然とする。

「マカベはそこまでするのか。金にがめついって噂は本当だったんだな。ってのはともかく、そんなら、国側から探ってみるのもありか。マカベ家の人間が国の誰と接触したかとか」

 マカベ家はそこそこの豪商ではあるが、老舗と呼べるほどではない。接触できる相手は限られてるはずだ。

「ユウキの誘拐の時のことがあるから、警察の誰かと繋がってるんだと思ってたけど、大戦が絡んでくるなら、もっと上の人間か軍人が関係してるって考えたほうがいいんだろうな」

 チハルでユウキをさらった男たちは警察隊の制服を着ていたと聞いている。だから、繋がりがあるとしたら警察隊だと思っていたのだが――警察隊の人間で戦争に口出しできるとしたら相当上の人間になってしまう。一介の商人であるマカベに、そんな人物との繋ぎを取れるかというと少々信じがたく感じる。

「センリョウに行けば、もしかしたらわかるかもしれない」

 大戦が関係しているなら、交渉はセンリョウでなされたと考えるべきだろう。

 それに、 マカベ家からの手紙や馬が向かったのもセンリョウだった。あれが家人への指示だったとしたら。

「ユウキはどうしたい?」

 ショウは自分が少し先走っているのを自覚して、ユウキに意見を求める。

「私は、もう一度マカベに会うのがいいかと思ってる」

「そうか。じゃあ、いいか。マカベもそろそろセンリョウに戻ってるはずだから」

 マカベがチハルにいるのは夏の市が立つ間だけ。もうセンリョウに戻っていてもおかしくない時期だった。

「うん。じゃあ、行こう。センリョウに」

 もう一度マカベに会って無事に帰れるかはわからない。だが、その危険をおかしてでも会うべきと考えたユウキの気持ちは理解できた。

 戦争再開を促したのがマカベだとすると、おそらく止めることができるのもマカベだ。

 けれど、危険だからといってマカベを避けて、また同じことが起こってしまったら。また、特殊能力者が犠牲になってしまったら。

 戦争が再開されたら、もう特殊能力者が前線に向かうことは止められない。暴走の結果とはいえ、過去の実績があるのだから。

 そうしてまた、特殊能力者が畏怖の対象になっていく。そんな能力者たちの居場所はやがて戦場にしかなくなってしまうだろう。

 だから、ユウキは責任を感じているのだ。自分がそのきっかけになってしまったことに。



(第二章 完。第三章に続く)

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