2-1. 陰謀と策略(3)

          *

 青年は、黒い革張りの椅子に浅く腰掛け、腕を組み、足を無造作むぞうさに投げ出していた。目の前の机には、はしの方に二、三の書類が積まれている。

 何か考え事でもしているのか、その瞳は虚空こくうを見つめたまま微動だにしない――と思ったのも束の間、青年は大あくびした。単にぼーっとしていただけらしい。

 青年がいるのは城の比較的奥にある執務室だった。この辺り一帯が政務の区域となっており、それなりの地位や役職にある者たちだけがここに部屋を与えられている。決して広くないとはいえ、個室を与えられていることから、この青年の地位の高さがうかがえた。

 だが、青年の振る舞いからそれを察するのは困難だった。

 机の書類になど見向きもせずだらけている姿は、どこぞの不良少年と大差ない。

 そんな気怠けだるさの漂う部屋に、ドアを叩く音が響いた。その音に青年がピクリと反応する。

「ヤマキです」

「おー、入れー」

 やる気のない様子で返事をして、青年は浅く座っていた体勢を少しだけ直す。

 入ってきたのは年配の、四十歳を少し越えたくらいの男だった。やや疲れを感じさせる顔つきから日々の苦労が垣間かいま見える。

 ヤマキは青年のだらけた様子に目を留めるが、何も言わずにすぐに用件に入った。

「隊長。次の任務までの訓練計画です。ご確認を」

 一束の書類を青年に差し出すが、青年はそれを一瞥いちべつしただけで受け取らない。

「副隊長のお前がいいんなら、それでいい――って前に言ったと思うが?」

「そう言ってあなたはいつも計画とは別のことを始めるんです」

「なんだ、わかってるじゃねぇか」

 青年は呵呵かかと笑った。

 一見いっけん、若い貴族の息子にありがちなお飾りの隊長と、実質的な指揮官である副隊長といった組み合わせにも見えるが、彼らは違っていた。隊長は確かに青年であったし、ヤマキは副隊長でしかなかった。

 そもそも青年がひきいる遊離隊ゆうりたいはれっきとした実動部隊で、それもシュセン治安局の三本柱の一つである重要な部隊だ。お飾りの隊長でどうこうできるような部隊ではなかった。

 シュセンの治安局には主軸として軍部、警部の二部門があり、前者は国外を、後者は国内を担当する。

 そしてこの遊離隊は軍部、警部のどちらにも属さず、この国特有の遊撃部隊として独立して存在していた。国内外を問わず活動する部隊で、人数こそ少数だが、偵察、おとり密使伝令みっしでんれいなどなんでもこなす精鋭集団だ。なお、少人数の部隊というと他に特殊能力者による部隊もあったが、それは遊離隊とは違い、軍部の中に組み込まれていた。

 そんな遊離隊は基本的に、軍隊や警察隊、まれに他の国政関係者からの要請を受けて出動するという方式をとっている。だが、軍隊からも警察隊からも要請のない期間は隊長の権限でかなり自由に活動する部隊でもあり、平和なときほど内部の人間から煙たがられていた。

 青年、スイセイは若くしてこの遊離隊をまかされた男だった。当然、それに見合った実力の持ち主で、さらに言うならば、着任後、幹部の人間にも口を挟ませないという敏腕びんわん、もとい要注意な人物として有名だった。

 スイセイは笑いを収め、ヤマキに向き直る。

「んじゃ、たまには北のほうにでも遠征してみるか」

 途端に、ヤマキの眉間にしわが寄った。そして胡散臭うさんくさげな眼差しをスイセイに向ける。

「……何か、気になることでも?」

 そんなヤマキにスイセイはただ不敵な笑みだけを返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る