1-5. その正体は(3)
ユウキの脳裏で
あまりにも不可解だった。誘拐されて、その理由に納得するというのもおかしな話だが、誘拐される理由が全く思い当たらないというのもまた、おかしな話だった。
表情を険しくしたユウキに、マカベが優しく声をかける。
「そう怖い顔をなさるな。ほら、早くお座りなさい」
ユウキはしぶしぶ腰を下ろす。ふんわりと沈み込むソファの高価さがユウキをより緊張させた。
「紅茶でよいかな? 珈琲の方が?」
マカベもまた座り、当然のように尋ねた。人を
「いや、やはりここは紅茶がよいな」
ユウキが答えずにいるとマカベは勝手に決め、控えていた家令へと目配せをする。家令は流れるような所作で一礼すると背を向けた。
それから無言のまま時が過ぎ、間もなく紅茶が運ばれてきた。
芳香の漂う紅茶はそれだけで良質なものだとわかる。ユウキは勧められるがまま口をつけ、そのまろやかな口当たりと染み渡る温かさにふっと心が
「……おいしい」
その言葉は自然とこぼれた。カップの中の紅い液体に映る自分を見ながら、貧富の差というものに思いをはせる。ちゃんと香りのする紅茶などユウキには到底、手の届かないものだ。
「ふふっ。この紅茶はな、フォル産の珍しいものなのだよ」
「フォル……未開の国? ずっと南の方にあるっていう……」
「ほう……知っておられたか。大人でも知らぬ者が多いのだが。フォルは国としての体制が整っておらず、未開の国と呼ばれている。本来であればフォルの品々を我々が手にすることはできん。何故だかわかるかね?」
未開の国だから、というのでは答えにならないのだろう。ユウキは少し考えて答えを告げる。
「それは、トーツを通って行かなくてはならないから?」
「そうだ。フォルと我々の国の間には、敵国トーツが立ちはだかっておるからだ」
「敵国……それは戦争をしてたからってこと?」
この国シュセンと南東の国トーツとが戦争をしていたことは有名だ。長引く戦を憂えたロージア国が調停役を買って出て、休戦協定を結ばせたというのは有名な話だ。
それが十五年前のこと。確かユウキが生まれる直前のことだった。
「していた、ではない。しておるのだよ、今もまだ。かつて何度かあった戦では休戦協定を結び、講和条約を締結させて終戦とした。だが、この戦に関しては違う。この戦では休戦となったあと、何の歩み寄りもしておらん。終わらせる気などないのだ。今はあたかも戦争は終わったかのように振る舞っておるが、どちらかの国が国力を回復させたら必ず再開されるであろう」
ユウキは顔をしかめる。饒舌に語るマカベの口調に不穏さを感じた。
「やめて。なんか戦争を再開させたがってるみたいに聞こえる」
マカベはそんなユウキの言葉を鼻で笑う。
「シュセンは非人道的国家である。――そう言わせたままでいいのかね? 汚名は返上せねばならない。戦争を仕掛けてきたのも、残虐な作戦を先に実施したのもトーツだ。それなのに、対抗したシュセンの方が今では悪者。ただ一度、他国には少ない特殊能力者を投入したがために」
特殊能力者と呼ばれる人々は世界各地に存在する。だが、それぞれの国が抱える人数には大きく差があった。中でもシュセン国は飛び抜けて多い。そのため、もともとあった
ユウキは何も言えなかった。何と言われようともユウキにとってこの戦は過去の出来事でしかない。経験者たちの辛さも悔しさも自分は理解できていないのだろうと思った。
だが、マカベはやはりマカベだった。
「いや、私とてできることなら戦はこのまま終わった方がいいと思っておる。だが、もしトーツとの戦に完全勝利できれば……汚名を晴らせる上に、フォルが、未開の国が手に入るのだ」
目の奥が怪しげに光る。それは狡猾な商人の目だった。
ユウキは改めて気づかされる。この男が見せる感情は全て演技だ。騙されてはいけない、と。
「……勝算はあるの?」
「もちろんだとも。かの国ロージアが仲裁に入ったのは、トーツが破れたあとに自国が襲われることを危惧してのことだ。目的がフォル……の支援とわかれば、手出しはしまい。我々は存分に特殊能力者を利用できる」
取ってつけたかのように支援と言ったが、実質的な支配だろう。国としての形が出来上がる前だからこそ勝手ができると考えたのか。
トーツはフォルに価値を見出さず、手を出さなかった。だがマカベは違う。マカベはすでに独自のルートを築き利益を得ている。国ごと手に入れられるとなれば、戦争でもなんでも喜んで手を貸すだろう。
やはり戦争を再開させたいだけじゃないか、とユウキは顔を歪めた。
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