1-4. 作られた偶然(2)

「あ……じゃあ、あの子は無事なんだな?」


 少女は今、葬儀の最中なのだろう。人が集まっているのもそれが理由だとわかれば納得がいく。

 だが、当然肯定すると思っていた男からの答えはなかった。


「おじさん?」

「あ、あぁ、すまん。そろそろ仕事なんだ、この辺で――」

 そのわざとらしい様子に、ショウは顔をしかめる。


 言いにくいことがあったとしても、こんなあからさまな態度はおかしかった。これではむしろ突っ込んでほしいと言っているような態度だ。

 意味がわからなかった。度重なる男の不自然さにショウは苛々とした。


「おじさんっ」


 何を隠しているんだ、と食ってかかろうとして止める。わざわざこんな遠回しなことをする男が、怒鳴られたくらいで答えるだろうか。

 落ち着け、と深呼吸して、改めて考える。

 この様子では少女に何かあったのは確実だ。だが、先ほどのやり取りからすると、死んでもいないだろう。少なくとも死んだという確認はできていないはずだ。


「おじさん、待ってくれ。他にも何かあったのか? あの子の身に、何か……。俺はあの子に用があるんだ。知っているなら教えてくれ」

 男は迷う素振りを見せた。けれどその裏でショウを探っている。


 思い違いではないだろう。神経が過敏になっていた。普段なら感じ取れないような気配が今だけははっきりとわかる。

 やっぱりこの男はただものではない。


「知らない方がいい」

「それでも知りたい。今、ここにはいないんだろ? あの子はどこに……?」


 男は深々とため息をついた。それからまっすぐとショウの目を見てうなずく。


「わかった、話そう。実は――捕り物があってな。それで、ユウキちゃんは連れて行かれちまった」


 あの少女はユウキというのか、と今さらながらに思いつつ、一拍遅れて捕り物という言葉を理解する。


「捕り物!?」

「しっ、声がでかい」


 木の陰から顔をのぞかせると、また近くにいた人たちの視線を集めていた。だが、ショウと目が合うと、関わり合いは御免とばかりにすぐにそらされた。これが普通の反応といえば普通の反応だが、彼らもこの話は知っているのかもしれない。


「捕り物って、どういうこと?」

「それが……突然、警察隊の制服を着た男たちがやってきて、問答無用で連れ去ったらしい」

「何の罪じょ…理由で?」

「わからん。ただ……」


 男は言葉を濁した。ショウは眉を顰め、その先をうながす。


「何?」

「推測だが……あれは警察隊のやつらじゃねぇ。誘拐されたのかもしれん」

「はぁ?」


 すぐには理解できなかった。捕り物の話が一転して誘拐。捕り物であれば商売をしている以上、何かしらの不手際があって捕まったとも考えられるが、誘拐となると話が違う。


 家を見る限りではとても裕福とは言えない少女だ。誘拐される理由がわからなかった。いや、確かに年頃を考えれば、それだけで誘拐の理由にはなるが、それならばわざわざ警察隊の制服まで用意するだろうか。

 少女を連れ去った者たちが警察隊の制服を着ていたということは、これが合法なことであると周囲に示したかったということだ。とすると、少女はまたどこか表に出てくる可能性がある。何かに利用されようとしている、そう考えるのが妥当だろうが――。


 本当に誘拐なのかと確認するように男を見たが、男は言をひるがえさなかった。仕方なくショウは話を進める。


「で、それいつのこと?」

「一昨日だ」


 一昨日。それはちょうどショウが少女と出会った日だ。ショウは唇を噛みしめた。もしあのあと、迷わず少女の家を訪れていたら、少女は連れて行かれずに済んだのだろうか。

 過ぎたことは考えても仕方ない。少女が誘拐されたなら取り戻せばいい。――が、そもそも、どうしてこの男に警察隊が偽物だとわかったのだろうか。この男は何者なのだろうか。


「俺は大工見習いのショウ。おじさんは?」

「アキトだ」

「――もしかして、闇屋やみやのアキト?」


 咄嗟とっさに口をついただけだった。本気でそう思って言ったわけではない。

 だが、それを口にした途端、男の表情が変わった。こちらの全てを見透かすような鋭い眼差しに、たのしそうに笑う口元。まるで別人だった。


 ショウは絶句した。本当にそうだったのかということはもとより、はぐらかされなかったことに驚いた。


「よく、わかったな」


 闇屋のアキトといえば、シュセン国東部を牛耳ぎゅうじる情報屋だ。その情報の速さと正確さは随一とうたわれる。

 だが、何しろ会うのが難しい人物だ。本人も危険な仕事をしていると承知しているのだろう、顧客をしっかりと選び、客の方から接触しようにもコネがなければ不可能、と言われていた。

 そんな男が今、ショウの目の前にいる。


「それは……探していたから」

 呆然としながら答えた。


 先日の少女にしろ、この男にしろ長年ずっと探し続けていたにもかかわらず見つけられなかった二人が、ここに来て一気に見つかった。ショウはそのことに何か運命的なものを感じた。何か大きなことが起こるのではないか、そんな予感がした。


 アキトが片眉を上げて面白そうに笑った。ずっとアキトに感じていた違和感の正体はこれだったのだと理解する。

 闇屋のアキトがここにいたのは偶然などではない。アキトは間違いなく網を張っていた。おそらくこの事件に関わろうとする人物を待っていたのだろう。


「……あんたが闇屋なら、この子、助けられるんじゃないのか?」


 ふと思ったままを口にする。対するアキトはそれにはどうでもいいと言った様子で答えた。


「かもな。だが、それは俺の仕事じゃねぇ」

「依頼なら?」

 気づけばそう口にしていた。


 ショウにとって少女は赤の他人だ。だが、求めていた答えを持っているかもしれない少女でもあった。アキトが動かないのなら自分が、そんな思いが自然と湧き上がる。


「考えなくはない」

「じゃあ」

「ストップ。そういうことなら話は夜に」


 アキトはポケットからメモ帳を取り出すと、さらさらと何かを書きつけ、それを一枚破ってショウの手に握らせた。

 その紙に視線を落とし――再び顔を上げたときにはアキトの姿は消えていた。


「うわー……」


 やられたと思いつつも素直に感心した。根城はつかませないということなのだろう。


 結局、詳しい話は何一つ聞けていない。頼みの綱はこの紙切れ一枚だった。

 ショウは渡された紙をギュッと握りしめ、歩き出す。けれど、すぐに足を止め振り返り、革小物屋が眠っているだろう家に向けて一礼した。

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