1-2. 少年の見たもの(4)
*
ショウが向かったのは先ほどの果物屋だった。そこで先程少女ともめていた店主の親父に声をかける。
「親父さん、ちょっといいか。さっきの女の子なんだけど――」
店主はショウを
「さぁ、らっしゃい、らっしゃい。今日はダイダイがお買い得だよー」
無視を決め込む店主の態度にショウは
頑なな店主の態度にショウはむきになった。何としてでも答えさせてやる、という強い気持ちで声を張り上げる。
「親父さん!」
「知らんっ」
速攻で答えが返ってきた。だが、それはショウの望む言葉ではない。
「……けど、初対面じゃないんだろ? この辺の子なのか? 頼む、教えてくれ」
先程のやり取りから察するに、少女は普段からこの店で買い物をしているようだった。それなら店主が顔を覚えていてもおかしくない。店主なら少女がどこの子か知っているかもしれなかった。
「……やめとけ」
「え?」
「関わらねぇ方がいいっつってんだよ」
「じゃあやっぱり知って――」
「知らねぇっつってんだろ。客じゃねぇならどっか行きやがれ」
その口調は普段ではありえないほどの強かった。
その反応は、何かある、とショウが確信を抱くのに十分だった。だが、それが何であるかは皆目見当もつかなかった。
「それってどういう意味だよ。何かあんのか?」
ショウはあきらめず食らいついたが――もう店主は何も答えてくれなかった。
これではらちが明かないと、一旦店から離れ、周囲を見回す。そして先ほどの目撃者が他に残っていないかと探した。
とそのとき、向いの店の青年と目が合った。青年は苦笑しながら手招きする。
「――教えてやろっか」
「ホントか!」
「代わりにこれ買っててよ」
その言葉を聞いた瞬間、ショウは踵を返した。これはただの客引きだ。一瞬だけ膨らんだ期待がいっきに
「待て待て待てって。本当に知ってるって。けど、ちょっとくらい報酬もらったっていいだろ。これ、500メレ」
見せられたのは金属製のワイヤーだ。この町に来る前ならいざ知らず、今の自分には完全に不要のものだった。
「……50メレ」
「や、それはムリ。頑張って300」
「って言えんなら100で十分だろ」
「いやいやいや。……教えてやんないぞ」
「――納得できる答えなら150出す」
「んじゃ、それで」
青年はまずまずといった表情で手を打った。その様子に100メレでもいけたなとショウは舌打ちする。
「で?」
「さっきの風を起こした女の子のことだろ? あの子、革小物屋だよ」
「革小物屋?」
「ちょっと前までこの通りのもっとずっと南で出店してた。悪くなかったよ。もう店出すようになって二、三年になるんじゃない?」
つまりその店に行けば会えるということだろう。ショウは安堵した。それに市場の端の方とはいえ、それだけ続けられるなら町の人の評価も得ているだろうし、突然店を閉めるようなことも――。
「ん……? あれ? じゃあ、今日は店出してないってことか? 店じまいにはまだ早いだろ?」
「そうだね。店と反対方向に行ったしねぇ」
何とも緩い反応が返ってきた。この青年ではあてにならないか――と考えたところでふとある疑念が過ぎった。
ショウは青年の顔をまじまじと見つめる。青年はニヤニヤとショウから視線を外すことなく見返した。
――やっぱり。
その何か含むような表情を見て、確信を抱いた。
「――もしかして、あの子の家も知ってんの?」
「あ、気づいた? じゃあ、さっきのと合わせて300メレで教えよっか」
「ホントに知ってたのかよ。悪質なつきまといみたいだぞ、おまえ。……これつけて200」
すぐ近くに並べられていた錆び削りをおまけとして要求する。ワイヤーよりこっちのほうが使えそうだ。
「ちょっと恋する青年だったってだけだよー。もうさめちゃったけどさっ。それつけるなら350だね」
「いや、それ理由にならねぇから。300で手を打たせようとしてんだろ。ダメだって。絶対200」
先ほどの反省を生かして、今度は譲らなかった。青年がわざとらしく口を尖らせる。
「えー……」
「おまえも、こ、恋する青年だったんなら、気持ちわかんだろ」
口にした途端顔が赤くなった。慣れないことは言うもんじゃないとすぐに後悔する。
だが、先ほどの店主の様子から、あの特殊能力者を探していたとは口にしてはいけないように感じていた。ここは青年に便乗して、恋を口実にするのが最善かと思ったのだが……ショウにはやや無理があったかもしれない。
当然、青年も胡散臭そうな眼を向けてくる。
「さっきは悪質なつきまといだとか散々
返ってきたのは予想とは違う反応だった。疑われなかったことにほっとしながら、これ幸いにと拝み倒しにかかる。
「と、とにかく、それで手を打ってくれ。頼む!」
「んー。しゃーない、210で手を打つか。――ちぇ、全然情報料入ってないじゃん」
誰が210って言った、と思いつつも頷く。妥協範囲内ではあるだろう。
だがこれ以上の出費は見習いの身ではさすがに痛い。日頃から
「はいはい、あの子の家ね。えーっと、北の粉ひき小屋わかる? あのすぐそばなんだけど」
「あぁ、そこか。……行ったらどの家かすぐわかるか?」
粉ひき小屋はあまり人の寄りつかない場所だ。昔、とある農家が粉ひきを頼んだ穀物を盗まれるという事件があり、真偽は定かでないが、嫌われるようになってしまったのだという。だから、付近の家数もそう多くはない。
「んー、まぁ、わかるんじゃない? 手前の一番古っちぃ家だよ」
「そっか。わかった。ありがと」
財布から硬貨を取り出して、青年に渡す。
「おう。まいど。――頑張れよ、少年」
大声で励まされ、ショウは耳を赤くしながら店を離れた。
「って、やべっ。急いで買い物して帰らねぇと」
市場に来てからすでにかなりの時間がたっていた。今からまっすぐに帰ったとしても、親方の雷が落とされるのは確実だ。
ショウは慌てて市場を駆けまわった。
本当なら今日のうちに少女を訪ねたかった。だが、今の自分の立場では許されなかった。
先のことがわからない以上、これからも棟梁の家に世話になるつもりでいた方がいい。ならば、クビにならないように真面目に過ごさなくてはならなかった。
――絶対に会いに行くから、リョッカ。
ショウは懐かしい名前を思い浮かべ、その想いを強くした。
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