1-2. 少年の見たもの(3)

          *


 ショウのあせりが苛立いらだちに変わるのに、さほど時間はかからなかった。

 一人抜いては引っかかり、また一人抜いてはすぐに引っかかる。店を見ながら歩く人々の足取りはかなり遅く、すり抜けられるような隙間もほとんどなかった。人々が壁のようにショウの進路をふさいでいた。


「すんません! 通ります!」


 よいしょっとおじさんを押しのけて前に出る。一応声をかけてはいるが、そうしたところで避けられる場所などなく、結局、力づくで道を作るしかなかった。

 気づけば、大して進んでいないにもかかわらず、ショウの呼吸は乱れていた。


「ちょ……通してくださいってば!」


 正直、ショウは身軽さとすばしっこさには自信があった。大勢の人がいて進みにくい市場だからこそ、少女との差はすぐに埋められると思っていた。

 それがこの有様だ。


 ――あぁ、もう!


 ショウは心の中で叫んだ。だが、叫んだところでどうにもならない。ショウは地道に人をかき分け続けた。



 やがて、人混みの合間に明るい茶髪が見えた。


「いたっ!」


 店からおよそ五百メートル。時間にして十分ほど。ようやく少女の姿をとらえた。

 あと一人二人追い越せば手が届くだろう。ショウはさらに気合いを入れて進む。そして一時は難攻不落とも思えた人の壁をなんとか突破した。


 ――やっと……やっと、追いついた。


 少女の後ろ姿を完全に捉え、感極まる。ずっと探し続けていた特殊能力者がそこにいると思うと、それだけでもう込み上げるものがあった。


 特殊能力者が多いと言われるシュセンでもほとんど見かけることのない風捕り。この特殊能力は血縁によって受け継がれるとわかっているため、いるところにはいる――はずだった。それにも関わらず、ショウはずっと見つけることができなかった。

 有名な情報屋を追って各地を転々とし、行く先々でしらみつぶしに聞き込みをした。ときには事件に巻き込まれ、死にかけたことだって数知れない。


 そこまでしても見つけられなかった風捕りが、普通に町の中にいた。

 驚きと同時に運命を感じた。全ては今日、ここで少女と出会うために、ショウはチハルに流れ着いたのかもしれない。


 ――わかってる。彼女はリョッカじゃない。


 ショウは舞い上がりそうになる自分に言い聞かせた。

 少女は探していた能力者本人ではなく、あくまでも同じ特殊能力を持つ者というだけだ。ショウはまだ、スタート地点に着いただけに過ぎない。喜ぶのは早かった。


 それでも心臓は激しく鳴り響き、手も緊張で震えが止まらない。とはいえ躊躇ためらっている暇はなかった。また見失っては敵わない。

 ショウはごくんと唾を飲み下し、慎重に少女へと手を伸ばした。


「あの」

 声をかけながら軽く肩を叩くと、間もなく少女が振り向く。


「あら、なぁに? 私に用?」


 目に映ったのはばっちりと化粧を決めたやや年上の女性。襟元が広く取られた紫のワンピースを身に着け、妖艶な笑みを浮かべている。


 ショウは頭が真っ白になった。その女性は、ショウが追っていた少女ではなかった。似ているのは髪色と髪型だけで、年齢も着ている服も全く違う。服は明らかに高級なもので、くたびれていた少女の服とは比べるまでもなく別物だった。


 混乱した頭を整理しながら女性を見ていると、女性の表情が次第に険しくなっていく。


「ちょっと、何? 何か言いなさいよ」


 ショウははっとした。それから慌てて頭を下げる。


「――い、いえ。す、みませ……人、違い…でし、た……」

 声を絞り出すようにして何とか答えた。


 やっと追いついたという思いが強かっただけに、ショックは大きかった。とてもすぐには平常心を取り戻せそうになかった。


「下手な言いわけ。ちびのくせに選り好みするなんて贅沢ね。こっちからお断りだわ――」


 女性が怒りながら去っていく。だがその言葉もショウの耳には届かなかった。



 ショウが立ち止まっているのは通りの真ん中。行き交う人々が迷惑そうに避けている。時々、押されて右へ左へと体がぶれるが、ショウはされるがままになっていた。


 ――どこで見失った? いや、途中の脇道に入ったのか?


 様々な可能性を思い浮かべては消す。


 ――違う。追いかけるんじゃなくて……。


 もはやどこでどう見失ったかを探ったところで意味がない。これだけ時間がたっていれば、市場を抜けさえすればどこにでも行けてしまう。考え方を変える必要があった。


 それから間もなく、ショウは大きく深呼吸をし、パンと顔を強く叩いた。

 少女は見失ってしまったが、まだ手は残っている。ショウはくるりと方向転換すると、先程とは逆の人の流れに乗って、来た道を戻り始めた。

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