1-3. 親心と私心(1)

          *


 薄暗い室内は時の存在を忘れたかのような静けさに包まれていた。時折、窓辺のカーテンが風に揺れ、ささやかな日の光が招き入れられる。そのつかにだけ生じる音が、時が止まっていないことを主張していた。



 ジャンは風にほおをなでられ目を開く。見上げた天井てんじょうはくすんだ麦わら色で、カーテンの動きに合わせて影が揺らめいていた。それをぼんやりと目で追いながら思う。

 少し、眠っていただろうか。ユウキが買い物に出てからずいぶんとたっている気がした。


 出かけぎわの対応は正解だった、と思う。

 無理を押して声を出した甲斐かいあって、ユウキはこわばらせていた表情を少しやわらげた。おそらく咳き込まないジャンに安心したのだろう。


 だが、ジャンにはわかっていた。

 実際には昨日よりも体は弱っており、もう咳き込むことができないほど体力が落ちてしまっているのだと。そして、このまま命が尽きるのだと、本能的に理解していた。

 唯一の気がかりはユウキを残していかなくてはならないことで、それだけがジャンの心を苦しめていた。


 いつの間にかユウキはジャンの生活の中心になっていた。

 こうして死を目前にして思い出すのも、第一線で活躍した若き日のことではなく、ユウキとのことばかりだ。


 例えば、出会った嵐の日のこと。

 ユウキを見つけた瞬間の光景は忘れられない。何かに守られ、雨風がユウキをけていく様は非常に神秘的だった。


 そしてもう一つ、目覚めた直後のユウキの様子も忘れがたい。

 ユウキは不自然なほど人見知りせず、泣かない子どもだった。起きてすぐ、ただお腹すいたとだけ言うユウキは至って自然な態度で、最初は疑問に思わなかった。

 だが、その態度こそ、不自然そのものだった。子どもは泣き、親を恋しがるものだ。

 ジャンがそのことに気づいたのはかなりあとになってからだったが、気づいた瞬間は愕然がくぜんとしたものだ。


 今ならその理由もさっせられる。

 それにはきっとユウキの生い立ちが関係していた。


 ユウキは特殊能力者だった。

 ジャンがその力をの当たりにしたのはユウキと出会って半年たった頃。ユウキは無邪気な様子でその力の一端いったんを示した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る