おばあちゃんのおいしいセンベイ

腹筋崩壊参謀

【短編】おばあちゃんのおいしいセンベイ

 とある町に本社を構える食品会社『オカシナ製菓』。その主力商品の一つに、『おばあちゃんのおいしいセンベイ』がある。

 丁寧にお煎餅を作っているおばあちゃんが描かれた袋の中にカラッと揚がったおいしいお煎餅がたくさん詰まっており、昔からたくさんの人たちから好評を得ている商品だ。


 ところがある日、このお菓子に対してクレームの電話が届いた。


「い、いえ、ですから……」

『何を誤魔化してるのよ!正直に言いなさい!』


 電話の外でもはっきり聞こえるほどの怒鳴り声に、若手社員は困り果てていた。周りを囲み、会話に耳を傾ける他の社員も同じような表情だ。


 数年に一度、食品業界では「偽装」が大きな問題となる。表記された所とは別の産地の食品を使ったり、使用しているはずの食品が書かれていなかったり、毎回様々な不備が明るみになり、マスコミや世間を騒がせている。アレルギーを起こす食品が入っているにも関わらず、何も書かれていなかったと言う大問題まで起きるほどだ。

 勿論オカシナ製菓はそういった問題とは無縁だったのだが、何度も何度も世間を怒りに陥れる事態を見た事で、格段に安全に、そしてさらにおいしさを出す事が出来る新たな食品管理技術を数年前に導入した。あまりに革新的すぎて会社内では賛否両論が巻き起こったが、努力の甲斐あってこういった偽装問題とは無縁であった。

 しかし、クレームと言うのは予期せぬ場所から来るもの。

 電話の向こうにいる女性が訴えたのは、「おばあちゃんのおいしいセンベイ」と言う商品名そのものだったのである。


『何が「おばあちゃんのおいしいセンベイ」よ!どうせ工場で作ってるんでしょ!』

「た、確かに工場で作ってはいますが……」

『ほーらみなさい、やっぱり単なる大量生産されているお菓子なのよね』

「い、いえ、その……」


 若手社員の困惑した声に合わせるかのように、女性の舐め切った声が電話口から聞こえてきた。彼女は「『おばあちゃん』のおいしいセンベイ」と言う名前自体に、『おばあちゃん』が作ったと言う意味がある所にクレームを付けてきたのだ。

 こう言った細かすぎる所にまでクレームを付ける人たち、所謂「クレーマー」は非常に多く、面倒事を避けたい企業からたっぷりと慰謝料を貰うと言う厄介な相手も存在する。この女性もまた、その一人だったのである。


 一体どうすれば良いのか分からずおろおろするばかりの若手社員の肩を、誰かが優しく叩いた。後ろを振り向いた社員は心臓が飛び出るほど驚いてしまった。そこにいたのは、なんと会社を率いる社長だったからである。

 そのまま社長は、電話を自分の元に変えて欲しい、と告げた。どうやら先輩社員の誰かが、厄介なクレームが来ている事を社長に連絡したらしい。思わぬ助け船に一礼しながら、若手社員は受話器を社長に託した。


「はい、お電話変わりました。私、『オカシナ製菓』の社長です」


 社長が会話に加わった事で、電話の向こうにいる女性の声も少々強張ってしまったが、すぐに元の攻めの態勢に戻り、「おばあちゃんのおいしいセンベイ」に対するクレームを言い始めた。工場でパートが作っているだけのセンベイならそのまま正直に書けばよいのに、なぜあのような嘘をつくのか、と。しかし、社長ははっきりと嘘では無い、と告げた。当然、電話口から漏れ始めたのはそれを受けた女性の怒りの声だった。


『何よ、社長まで一緒に嘘をつく気なの!?』

「いえ、我が社はそういった事をしないように社員一同しっかりと……」

『いい加減にしなさいよ!何で嘘ですって言葉が言えないの!?あんたたち、どんな教育をしたの!?』


 次々に飛び出す暴言の数々だが、社員が見守る中、社長は一切それに動じず丁寧な返答を続けていた。

 そして、怒りが止まない彼女に、一つの提案をした。そこまで言うなら、例の煎餅を作っている「工場」を見学してみないか、と。本来は企業秘密であるが、ここまで言うなら実際に見てもらった方が速い、と告げたのだ。もしそこで嘘である事が判明したら、彼女に多額の慰謝料を払い、自分は責任を持って辞職する、とも告げた。勝利を確信したのか女性の方もそれを受け入れ、後日改めて面会、そして見学する約束を交わし、通話は終わった。


「だ、大丈夫なんですか、社長?」

「本当にやっちゃうんですか?」


 電話の内容を改めて説明した社長に、若手社員を含む部下たちから心配の声が上がってきた。だが、社長は大丈夫、決して問題は無いと皆に告げた。


「百聞は一見にしかず。こちらから説明するより、実際に見てもらうのが、最善の方法さ」


 あの時、新たな安全対策を導入し、その後安定した品質で好評を得るようになったのも社長の成果。実績に裏打ちされた言葉に、部下たちからも次第に不安や心配の気持ちが消えて行った。社長ならきっとこの事態を解決してくれる、例え外部の人に会社の持つ重大な秘密――『革新的な食品管理技術』が明かされてしまっても、と。




 そして数日後。少し腰回りが大きめの女性が、「オカシナ製菓」の工場にやってきた。出迎えたのは勿論、この会社の社長であった。


「中々お洒落な服ですね」

「ふん、お世辞で誤魔化そうとしてもそうはいかないわよ」 

「いえいえ」


 冗談のようなクレームにも本気を入れる女性の図太い神経は、直接顔を見合わせても健在だったようだ。


 諸注意を聞いた後、早速二人は工場内に入るために作業服に着替え始めた。男女別の部屋で着替えている間、女性は意地悪そうな笑みを出し続けていた。きっとその頭には、社長が泣いて謝る様子ばかりが思い浮かんでいたのかもしれない。


 そして、薄い緑色の服に着替えた二人は、消毒部屋へと入った。工場の中へと入る事が出来る扉は鉄で出来ており、本来は企業秘密である内部を隠しているかのようである。そのまま女性が先へ進もうとした時、社長はここで少し待っていて欲しいと告げ、隣にある小さな部屋へ移動しようとした。何か小細工でも入れる気か、と言う女性は投げかけたが、これをしないと『工場』の中へ入れないと言われ、大人しく待つ事にした。

 そして数十秒後、突然隣の部屋の社長が大声を上げ始めた。


「おーい、『おばあちゃーん』!」

「……!?」


 その言葉に驚く女性だが、続いて聞こえてきた返事にさらに驚いた。


『何だい?社長さん』


 明らかにそれは、年老いた老婆のような声だったからである。信じられない、きっとこれは何かの間違いだ。そう思いつつも、自分の考えていた内容と違う事が起き始めた事で、彼女から余裕の表情が消えた。

 遠くの町からお客さんが来た、と再び大声で告げた後、社長が女性の待つ部屋へと戻ってきた。


「あ、あれ、大丈夫ですか……?」

「な、何でもないわ。それより早く工場に入れて頂戴」


 その言葉を受け、社長は口元に笑みを見せながら、工場内に繋がる固い扉を開いた。


「では、ご紹介しましょう」


 これが、我が社に所属しているおばあちゃんです。


 その社長の言葉に合わせるかのように、優しく、しかしはっきりとした口調の『おばあちゃん』の声が響き始めた。



『おやおや、遠い所からご苦労さん』



 工場の中に広がっていた光景に、女性は口を大きく開け、唖然とした表情のまま、何も言う事が出来なかった。


「『おばあちゃん』、悪いけどほうじ茶と煎餅を出してくれないかな?」

『分かったよ社長さん。少し待っててね』


 近くにある椅子で少し待ってて欲しいと言った社長の言葉にも、女性は頷きで返しながらそのまま茫然と立ち続けた。若手社員や社長の言葉が全て「真実」であったと言う事が、否応なく彼女の心に突きつけられていたからだろう。





 オカシナ製菓の主力商品、「おばあちゃんのおいしいセンベイ」。

 おいしいと評判のそのお菓子を毎日大量に製造しているのは、原料の調合から袋詰めまで全てをこなし、何十mもの大きさの老婆の外見とそれに見合った高性能の人工知能を有した、複合型スーパーコンピュータ『おばあちゃん』である……。

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