第26話

兵士たちに護送されてジョーたちは基地の内奥へと進んでいく。丘の上を丸々切り開いて造られた建造物だ。流石の広さだ。ここだけでヴェネツァの街が半分は入ってしまいそうだ。特に目を引くのが敷地の中央付近をぶっちぎる線路だ。本来はふもとになったはずの駅舎を丸々移送してきたため敷地のど真ん中にアンバランスにそびえ立っていた。主に戦線へと軍需を運び出す発車基地になっているらしく数え切れな程の作業員たちが忙し気に走り回っている。

「それで今日は一体どのようなご用件で来られた?あー、特使殿は」

アシクがこわごわ尋ねる。そりゃそうだ、何たって今やジョーの手中には賞罰の決定権が握られていることになっている。徹底的に媚びなきゃ前線送りだ。

「実は南方の戦線でゲリラ活動が活発化し、兵站の維持が益々困難になっている。よってこれ以上事態が悪化する前に、出来るだけ多くの燃料を最前線へと輸送せよとのことだ」

「はぁ、確かに日に日にゲリラ活動は厳しくなっておりますが、しかし今回の任務は極秘というほどでありましょうか?堂々と輸送すればよいのではないでしょうか?」

ジョーは分かっていないなという風に首を左右に振った。

「閣下の崇高なお考えが理解できないようだな。誇り高き王国陸軍がゲリラに苦戦を強いられるなどあってはならないことなのだ。最近軍紀も弛んでいるようだしな」

殊更そこに力を込めてジョーは強調した。アシクはさっと目を反らして平伏する。

「そこまで深きお考えがあるとは思いもよりませんでした!大変申し訳ございません!!」

「おう、それでは輸送車両を見せてもらおうか」

駅舎の方へ歩を向けるとアシクが先導して案内をした。

「はい、どうぞこちらに」

「アシック兵長、一体何用で?」

見慣れる外国人2人にペコペコと頭を下げているアシクや彼らを取り巻いてゾロゾロ群がる野次馬たちに驚いて列車の中にいた作業員たちが驚いて出てきた。

「こ、こら、口を慎め。こちらは王国総司令官殿の特使にあられるぞ。本日は総司令官殿より直々の勅命を受けて来られたのだ!余り無礼を働くな!!」

自分のした最大級の無礼を棚に置いてアシクが口から泡を飛ばして怒鳴りつけた。中間管理職にはこれが精一杯だろう。

「はぁ、しかし後ろの野郎はどう見ても下劣な南部人。特使殿とは到底思えませんが・・・・」

「わたしの使用人だ、気にするな」

「Fuck! I don’t admit I am your servant」

誰がテメーの使用人だとブライアントが悪態を吐いたがジョーは睨みつけて黙らせる。

「この通り汚らしく罵るだけだがこれでいてなかなかの筋力の持ち主だ。今回はありったけの石炭を最終集積地点あるドレスに運び込まなければならん。よってその搬出の補助にと思ってな」

「はぁ?」

少々胡乱気な顔をするが人は権威に弱いもの。ジョーがふんぞり返ってアシクを従えている様子を見て取りあえず作業員たちは現実を受け入れた。その様子を見てジョーは今度は基地の総司令部へと向かった。


「それでここの責任者のヨハネス・クーパーはどこへ?」

「いえ、それが・・・・・・」

言いづらそうにしているアシクにジョーはお前の罪は問わないといちいち言わなければならなかった。

「は、それがですな、クーパー総司令は現在外出中でして」

「どこに、なぜ?」

端的に答えだけを求める質問をすると明らかに答えにくそうだったが何とか口を開いた。

「それが、クーパー司令はヴェネツァへ行かれまして、そのそういうお楽しみが多い方で」

なるほど。これじゃ言いづらいわけだ。自分の上司が平日の昼間から仕事そっちのけで女を買いあさっているなんてこれ以上の不名誉があるか?その上自身は銃までぶっ放しているときたらハポン要塞の幹部の首が一気にすげ替わってしまう。ジョーはドガっと司令官の重厚な椅子に腰を下ろすと用事が出来るまで下がっていいとアシクを追い払った。逃げるように遁走するアシクを尻目にブライアントはここまでうまくいくのかとただただ驚嘆するばかりだった。

「ここまでうまくいくなんて・・・・いや、成功するとは言ってたけどな」

ジョーは自分のこめかみを親指で指し示して得意げに語った。

「ここ、が違うんだよ。後は最後の仕上げだ。残りのバカ1人、ちゃちゃっと仕上げるぜ」


ヨハネス・クーパーは凡庸な男だった。大柄で金髪、真っ白な肌が特徴のいわゆるステレオタイプのテクスス人には違いない。彼の妻は軍の最高評議会である軍事委員会の委員の1人で特に大きな努力もせずに義父の力だけで今の地位まで成り上がったコネの見本市みたいな男だ。家庭環境も中々良好で子供が男女1人ずつというこれまた家庭の典型だ。愛国者ではないが時流を読み切りクロフォードの主戦派に属するという人並みなしたたかさも兼ね備えている。おおよそ平時には総ての事態をそつなくこなす。

だがそんな男だからこそ目の前の異常事態に的確な対応をすることが出来ずにいた。

目の前の状況と自分の縄張りが完膚なきまでの占領されている現実に何も抗することが出来ずにいた。

「お前がヨハネス・クーパーだな?」

ガラの悪い外国人がどっかと自分の席に座り、来賓用のソファーには汚い身なりの南部人が腰かけている。封筒を投げつけられると自分の胸に当たってそれは床に落ちた。拾い上げ中を確認すると総てが理解できた。自分のキャリアが完全に終了したと。

「どこに行っていたか言い訳しなくていいのか?まぁもっとも全部聞いたがな」

今更言い訳もないだろとジョーはソファーに座る様に促した。クーパーはへなへなと足が突如力を失ったかのように崩れ落ちた。

「わ、わたしは・・・・」

「交換条件だ」

ジョーは相手を制止する。わずかばかりの希望の色がクーパーの頬を染めた。

「俺の話を聞いて指示通りに動けば評価が高まりここからいずれ中央の軍事委員会へも呼ばれるようになるかもしれない。だが、ヘマをやらかしたり命令に背けばその時は」

そう言って指で首を掻き切るポーズを取る。

「私不肖ヨハネス・クーパー、身命を賭してお仕え申し上げます」

自分の保身を最大限に考えるだけでここまで頭が下がるなんてなかなか面白いものが見れたとジョーは内心大笑いだった。

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