第22話

下見の前に重要なのはどの船で行くかということだ。手漕ぎ船では動力不足だから石炭で動く汽船が欲しい。品定めのために船着場周辺を回る。もちろん金はないので船頭を雇うことは出来ない。こうなるともう残された方法は1つだ。夕方に目星をつけておいた船は小型の漁船だ。後方に操舵室が付いたごく普通の型で少人数でも動かすことが出来た。深夜にこっそり目当ての船に近づきもやい綱をほどいて、錨を滑車を回して引き上げる。燃料は積みっぱなしだったのでボイラーを稼働させて出発する。

「はっはっは、ちょー清々するぜ。テクススのクズの物を盗むってのはな。それに船だぜ、船。操縦するなんて久しぶりだ」

いつもはやられてばかりいるブライアントにとってはかなり痛快な出来事だったらしい。興奮してしきりにハンドルを叩いて大げさに笑う。ジョーはそれを尻目に最後の金で買った酒をラッパ飲みする。

「あんまり大声出すんじゃねーよ。こっちは指名手配犯なんだぞ!このまま捕まったら即銃殺だってあり得るんだ」

情報収集の時に首都に潜り込むと街のそこら中でぶっさいくな顔に描かれた自分の指名手配書があった時は焦ってしまった。顔は全く似ていないが体格的な特徴はよく捉えられていた。あんなんが張り巡らされていたら昼間行ったらすぐに捕まるな、と計画を変更してわざわざ夜に行ったほどだ。

「でもクロフォードの家に侵入して何をしようっていうんだよ?今行っても何も出来ないだろ?」

冷静になったブライアントがもっともな質問をする。

「いや、ちょっと考えてることがあってな。そのためにこの川とあいつの敷地を確認しておきたいんだよ」

川幅は下流へ向かうにつれてドンドン広くなった。中央には結構な大きさの中州があって植物が繁茂している。上流に向かう船と何度かすれ違った。岸すれすれを進み川岸の長い葦に隠れつつ進むとジョーは黒く大きな影が岸の道を塞いでいるのを発見した。変なこともあるものだと興味が湧いてジっと目を凝らしているとそれがゴミかなんかの塊じゃなくて人であることに気が付く。2メートルは優に超える巨体が道端に寝転がっているのはシュールな光景だ。反対側を見ているブライアントをつついて注意を促す。

「あれ見ろよ。人じゃねーか?」

ブライアントもその光景に度肝を抜かれたようだった。最初はポカーンとしていたのに目を凝らすと慌てだした。

「あれ、俺たちの仲間かもしれねぇ・・・・・・・・」

舵を左に切って岸に降り立つとブライアントは鹿のように飛び出して行った。急いで駆けつけると肩に手を当てて盛んに揺すって意識を確認する。後からゆっくりと来たジョーは周囲に凶器などの不審なものが落ちていないことを確認すると今度はブライアントの肩を掴む。

「おい落ち着け。あんまりやると死ぬぞ」

その一言ではっと我に帰ったのか男の目を開いたり、呼吸を確認して生きているかを確かめた。

「多分・・・・死んでない」

「知り合いか?」

「いや、けど肌の色から顔つきまでそっくりだ。見たことはないけど同胞だよ」

目立った外傷はなく息はある。それならもう目を覚ましてもいいころだと思うが・・・・そう考えたジョーの心を見透かしたように巨人が目覚めた。いちいち億劫そうな動きが人をイラつかせる。

「Are you OK?」

(大丈夫か?)

発音が悪いの相手の耳が悪いのか、キョトンとした顔で何も応えない。冬眠明けのクマかこいつは?!イライラしながら再び質問する。

「What brought you here? Tell me your name. Don’t you understand what I say?」

(何でこんな所にいるんだ?名前は?俺が言っていることがわかるか)

「Please let me know. You know I am your friend」

(頼む、教えてくれ。俺はお前の仲間だ)

ブライアントも応援する。これでもう答えるしかなくなっただろう。そう思っていたのにこいつは何も喋らない。この野郎ぶっ殺すぞ!と、いきり立っても無駄に終わるだろうから2人で互いの顔を見合わせるしかなかった。

「こいつ本当にまともなのか?」

「あぁ、人かどうかも怪しいぜ。俺ら何かに化かされてるんじゃねーだろうな?」

「お前質問しろよ。仲間だろ?」

「いや、知らねーし。会ったことねーから」

「汚ねーぞ。さっきの同胞何とかはどーなったんだよ?」

醜い押し付け合いを続けていると後ろから声を掛けられて2人とも飛び上がった。

「Not bad, well I’m O’Neal, Grass O’Neal. I know what you say」

(大丈夫だよ。俺の名前はオニール、グラス・オニールだ。あんたの言っていることは分かるよ)

こいつ、もしかして物凄く理解と反応が遅いニブチンなだけなのか・・・・・・。

「Ahh, OK, I am Bryant. Then I wanna ask next question. Where are you from? Why the hell were you falling down on the street?」

(あー、オッケー。俺はブライアント。でだ、次の質問いいか?どこから来たんだ?一体どうしてあんなところで倒れてたんだ?)

恐る恐る反応を確かめてブライアントが質問した。今度は一体何時間かかる?俺の質問が複雑すぎたか?もっと簡単なのに言い替えなきゃなのか?!

しかし、さっきよりかは随分速いペースで返答が帰って来た。どんな脳内になってるんだ?

「Sorry…… I don’t know. I lost my memory as soon as I fainted away」

(ごめん、わかんない。気絶してすぐ記憶を失っちゃって)

「Are you from Ridge Mande? Do you know this name?」

(リッジマンデ出身か?この名前に覚えは?)

「Don’t know……」

(分かんない・・・・・・)

ジョーが出身を訪ねても答えは分からないの一点張り。意思疎通が出来ることは分かったがそれ以上の情報は引き出せない。八方ふさがりの状況に嘆息する。取りあえず船に乗せて連れていくことにした。巨体のせいで乗り込むとき小型の船は大きく軋んだ。崩壊は流石になさそうだが若干の恐怖は感じた。予想外の事態にすっかり酔いも冷めたブライアントが色々と質問して、説明しているのに任せてジョーは舵を取りながらここから先のことを考えた。このまま進めば水門がある。そこでクロフォードの屋敷に流れ込む水量を調節しているらしいから警備員がいる可能性は高い。舵を右側に取って本流から支流の方へと進む。

「見えてきた。あれが水門だ」

真っ赤な鋼材で川の真ん中にデカデカと造られている水門にはテクススの国章である王冠と周りを象る月桂冠ではなく、白い大鷲、ファーマー家の紋章だ。どうやらクロフォードが金を出して個人的に造設したのだろう。ブライアントが憎々し気に唾を吐き捨てる。

「胸糞悪いな。二日酔いよりも最悪な気分だ。どうする大将?このまま突っ込んで壊してしまうか?」

大将とは誰のこと言ってんだ?変なあだ名で呼ぶとぶっ飛ばすぞと言いながらジョーはその案には割と賛成だった。大体、船を下りたところで水門の向こう側に持っていく手段が無い。それによくよく見れば管制室が上部に付いているが中に人がいる気配はない。まぁここを弄ったところで精々が奴の屋敷を水浸しに出来るくらいだ。悪戯にしても報復を考えれば割に合わない。

「その案、ありかもな・・・・・・」

予想外の返答に俄然やる気を出すブライアント。船なので助走を付けることは出来ないが、エンジンを吹かせて盛大にスピードを全開にした。水を切り分けて穂先を門の境に思い切りクラッシュさせる。金属同士がぶつかり合う派手な炸裂音と共に真ん中から扉が歪んで船体が向う側に強引に分け入った。ギャリギャリと耳を塞ぎたくなる音を立てながらも船が遂に水門を突破した。

「Oh Yeahhhhh, are you ready for the party?? Let’s have a drink!!」

(うおしゃああぁぁ、パーリ―の用意はいいか?飲めええぇぇ!!)

興奮が絶頂に達してブライアントがはしゃいで叫んだ。その様が妙に堂に入っているというか、しっくりくる感じだ。ジョーも笑いながらハイファイブを交わして、酒を飲みあさる。オニールの方を見ると寝ているのか驚いて口もきけないのか何も反応が無い。

あ、今コックリやり出した。こりゃ寝てるな。全く何て太い神経してるんだか。

「ジョー、これからクロフォードの屋敷に勝ちこみかけよう。俺たちならやれる!」

盛り上がるブライアントの頭にスパーンとジョーが1発加える

「アホかお前は。そんなことする為にここまで来たんじゃない。いいから黙って操縦してろ」

ブライアントがブツブツ文句を言いつつ操舵室に戻った。そんな中ジョーはしっかりと今後の計画を脳内で組み立てまとめていく。この次にやることは決まっているが、生涯未経験の上最悪に気が進まない。船が川を下り遂にクロフォードの屋敷の敷地内に入った。巨大な池に水が流れ込んでいるせいで塀が無いため簡単に侵入が出来た。こんなことなら前回、と言っても前の日のことだが、わざわざ危険を冒して塀を乗り越える必要が無かったなと思いながら、岸に船を止めて上陸する。この場所は懐かしい感覚すらした。ここが俺が初めてこの迷惑な世界へ流し込まれた場所だ。ぬかるみが足を引っ張るような感覚を覚える。ブライアントとオニールを取りあえず船に残してジョーはズンズンと川岸の湿地帯を進む。目当ての物は個々の水場にあるはずだ。果たしてしばらく進むと下流の方に水が流れ込んででいる証である水流が目に留まる。ここだ、ここに屋敷の生活排水が流れ込んでいる。それはジョーにとっては宝の山に等しいものだった。入り口には鉄格子が嵌っているが上下の端が錆びている。これならと、手をかけて盛んに揺するとガリガリと鉄が削り取られていき、遂に剥がれ落ちるように2本外れた。これで人ひとり通れるくらいの大きさのスペースが出来る。

「それにしてもくせぇ所だ。流石クソどものクソは酷いもんだな」

ブライアントの口調がそのまま移ってしまったようだ。これでようやく自分が描いた計画の第1段階が形になった。次は・・・・・・

「おーい、一体何を探してたんだ?」

「クソどものクソダメさ。それより俺はこれからもう1度真に会いに行く。お前はその木偶、何とか見張っておけよ」

顎で大欠伸しているオニールをしゃくって今度は反対方向の屋敷の方へ駆けて行った。手持無沙汰で何もすることが無いブライアントは一緒になって欠伸を噛み殺して首をかしげる。

「あいつ何でバケツ何て抱えてるんだ?」



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