第21話
近辺と言っても船着場までは数キロはある。その暗い道を2人だけでは歩いても全く会話は弾まない。ただ浮浪者が好奇の目でこっちをジロジロと眺めてくるのは嫌なものだ。だが流石にこの2人を見て襲い掛かって身ぐるみを剥がそうとするバカはいない。変わりに気が変になった男が1人、奇声を上げながら全力疾走して脇を通り抜けていっただけだ。
「あんなんはどこの世界でもいるもんだな。変わらねーな」
ジョーがしみじみと呟いた。
「確かにな。俺の故郷にも気がふれた奴はいたさ。仲間内でバカにしてたけどそれでも何だかんだ面倒をみんなで見てた気はしたな」
「だが、あいつは違うな。面倒を見切れなくなった家族に棄てられたんだろ。まぁよくある話だ。ここは見渡す限りそんな弱者ばっかりだ」
川沿いにはそんな浮浪者や精神障碍者、犯罪者など、顔を隠して生活しなければならない人間の溜まり場が点在している。そんな奴らをストリートや繁華街から排除してあの壮麗な首都が出来上がっていると考えれば皮肉な話だ。それでも川沿いを進むに連れて徐々に人気がある地区が見えてきた。こんな時間帯だというのにちらほら営業している店さえある。
「お、見えてきたな。あれがヴェネツァの船着場だ」
ここが王国中の富を船で首都まで運んでくる大規模な商業地区ヴェネツァだ。船が川岸に一列延々と見えなくなるまで連なっている。夜も更けたこの時間帯でもちらほら男たちが酒を喰らい女が客を引いている。正に商人の町という感じだ。
「すげーな、いやすげーとは聞いていたがここまでだとは思わなかった」
噂には聞いていたもののここまで大規模な場所だとは予想しなかったブライアントは言葉を失った。
「ここは王国の中でもかなり特別扱いらしいな。まぁこれも俺がふらついてた時に焦点のばぁさんから聞いた受け売りだけどな。どこの所領にも属していない独立地域なんだとよ。これだけ首都に近くても王の管轄ではないらしい。街の治安も行政も基本的に豪商たちが運営したり傭兵を雇ったりして解決してる。だから法律の適用も受けない分外国人が大勢いて俺らが目立たない、と」
まさかこんな自分たちにピッタリの場所があるとは思わなかった。これなら当分身分の保障を心配せずに活動できる。
「それにこの川を下っていけば南にはお前の懐かしの故郷もある。どうだ?いい場所だろ?」
「あぁ、ホントに最高だよ」
フラフラと街の明かりに吸い込まれるように歩き出したブライアントをジョーが後ろから肩を引っ張って止める。
「バカ、どこに行く気だ?5歳児じゃないんだ。こんなことまで言わせるな」
「だけど、あそこ見てみろ!あの女絶対俺を誘ってる」
向かいの通りの端では胸がはだけたセクシーな真紅のドレスを纏った女が舌をくねらせて手招きしてる。このバカが、とジョーは舌打ちして呆れ顔でブライアントを睨みつけた。
「アホか、あいつは商売女だよ。ああしてお前みたいなしょうもないのを捕まえるのが仕事なんだ。馬鹿なこと言ってないで今夜の宿探しだ」
バチンと頭を叩くとブライアントは、いてぇと言って恨みがまし気な目でジョーを睨みながらボソッと「お前みたいなムサイ男よりあっちと寝る方が100倍マシだ」と呟いた。嫌々ながらも
「そうだな、悪かった。真面目に宿を探しに行くか、いてっ、何だよ立ち止まって。あぶねーじゃないか」
前で急に立ち止まったジョーに文句を言うとジョーはそれをうわの空で聞き流しこう言う。
「でも、男はみんなバカだからな」
ジョーの視線は別方向のもう1人の女に釘付けになっていた。
明くる朝2人は近くの店の外で完全に酔いつぶれていた。昨日は最大のチャンスだったかもしれないが肝心なことを忘れていた。2人には金が無い。こんな貧乏人の外国人を相手にしてくれる女などどこにもいない。やけ酒をかっくらうために適当に入った店で浴びるほど酒を飲んでいる内に閉店の時間が来て追い出されてからも肩を組んで仲良くご機嫌に店の出口の前でたむろし、そのまま意識がフェイドアウトした。
「うー気持ち悪い」
ジョーがまず先に起きて出すものを全部出した。場所は目の前に川がある。その次に後ろから少し遅れて口を押えながらブライアントがやって来る。2人並んで吐いていると自然と昨日の女たちのことが思い出された。
「あーあ、残念だった。やっぱり貧乏人はおよびじゃないのかよ」
「しゃーないな。大体俺たちはそんなことしている場合じゃないだろ?」
「うんにゃ、まぁそうだな。・・・・・・やべ、また来た」
「俺もだ・・・・・・・・・・・・」
街が活気づくのに反比例して2人の気分は盛下がる。当座の拠点にとほど近い酒場の2階の宿を借りたが働かなくては金が無い。真のところへ行って金の無心をするにも距離があってなかなか難しい。幸いここでは肉体労働系のバイトには困らなそうだ。じゃんけんに負けたブライアントが今日1日働くことになった。その間にジョーは情報収集に向かう。すっかり上下関係が出来てしまった2人であった。
夕方に会った時にはすっかり埃まみれになったブライアントがその日の日銭を握りしめて、対照的にジョーが片手にラムの瓶を抱えて涼し気な顔をしていた。
「いくらだった?」
「1日ずっと荷物の運搬をして6500ガロン。今夜の宿と飲み代ぜ全部パァだけどな」
「上出来だ。こっちも色々と情報を集めることが出来たよ。向うに安い店があるから行こう」
全部俺の金だけどな、畜生。明日は絶対にお前を働かせみせるからな。
結局そこから1週間連続でブライアントが勤続することになったのは別のお話。
「かんぱーい」
ジョーは旨そうに1杯目に口を付けた。ブライアントも冷えた酒を一気に飲み干す。港湾労働者が日銭総てをその日の飲みにつぎ込む理由が少し分かる。火照った体に冷えた酒は最高だった。一段落してから今日の成果をジョーに尋ねた。
「色々わかったぞ。まずこの国の地理からだ。こいつを見ろ」
またどこからパクって来たのか、テクススの地図がテーブルの上に広げられた。だがそれ自体はブライアントにとって真新しいものでもない。本国での座学で徹底的に叩き込まれた。
「テクススは南北に細長い国だ。西側は海で北と東はそれぞれ別々の国に囲まれてる。ただそれぞれとの国境の警備はゆるゆるみたいだな。で、首都は大体国の中心部にあってこの国を縦断する大河ユーミンがあると。ここヴェネツァも沿岸だな。ただ、南はまた別世界。北部と南部を隔てるようにロンキー山脈があり、唯一の通路がカイザー大路。ただ、戦争で南部側がそこは封鎖してるな。そしてリッジマンデ。お前の故郷と。ここまでは俺のための事前知識だ。がっかりするなよ。まだまだあるから」
ここで2口目に入る。もうジョッキの3分の2は空だ。
「ふー旨い!で、凄い情報だ。この川を下ればその先にあるのは?」
「そりゃリッジマンデだろ?」
するとジョーは頭を振ってジョッキを飲み干した。
「違う。この先にあるのは南西部のクロフォードの屋敷だ。お前は行ったことがないだろうから分からないだろうけど敷地内には大きな川があった。どこから水を引いてるかと思っていたが、それがユーミン川から直接引いてるらしい」
しかしブライアントにはこの情報の重大性がいまいち分からない。だから何だというんだ?毒物でも流して嫌がらせもしてやるつもりか?
「お前実はかなりバカだろ?だから、上手くすればあいつの屋敷内に川を下って自由に出入りできるってことじゃないか!?」
「それが出来たからって俺らに何が出来る?あいつを暗殺でも出来るってなら嬉しいけど」
「アホ、お前その後のこと何も考えてないだろ?暗殺してどうするんだ?どうやって逃げる。俺はな、正直な話南部に行きたいだけだ。その行きがけにクロフォードに嫌がらせする程度は出来る。例えば結婚式を邪魔するとかな」
結婚式?何のことを言ってるんだ?クロフォードの結婚予定なんか・・・・・・あ!
「ようやく気が付いたか?俺があれだけあのガキを焚きつけたのはそのためだ」
満足げに頷きながら更にもう1杯酒を注文するジョー。凄いピッチだ。
「今夜行くぞ。下見を兼ねてな」
次の1杯は2口で空になった。
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