第20話
ジョーは盗んできた馬に乗って人が全くいない田園地帯を抜けた。昔面白半分でやっていた乗馬がこんな時に役立つなんて何て俺はついているんだ、そう鼻歌交じりにゴツゴツの道を駆けた。
テクスス王国は領邦制の国だ。国土総てが王の物というわけではない。王が所有しているのは首都近辺と重要地のみ。後は階級に高い順に貴族が周辺を所領として管理する。クロフォードはその中でもトップに位置す4大貴族の1人だ。だから馬で日帰り出来るくらいの場所に屋敷を構えている。首都の端がようやく見えてきた。更に馬に鞭を入れてスピードを上げる。もしかしたらブライアントが起きているかもしれない。こうなるとまた根掘り葉掘り聞かれるのが厄介だ。だが、距離を詰めるにつれて首都が妙に騒がしいと感じた。警官と思しき人影、憲兵?軍隊?とにかく武装した人間がかなりメインストリートを出回っている。ジョーはスピードを緩め、馬から下りた。余りにも目立ちすぎるからだ。こうなると元の宿には帰られない。それにもしかしたらもうあいつも捕まっているかもしれない。
「取りあえず着替えだな」
今の顔出し全開スタイルは自分の容姿とマッチしてすぐに捕縛されるだろう。こんな雰囲気は前にも体験したことがある。ある特定の地区を閉鎖して警官が徹底的に捜査を始める。そんな時怪しい奴は問答無用でボコボコにされ拘置場に送られる。殺されないだけましだがここじゃ本当に弾みで殺されるかもしれない。朝市場で買ったフード付きのパーカーを目深に被りデカい体を苦労して縮め目立たない限界のスピードで早歩きをする。方々の窓から人々が顔を出してこの異常事態の推移を見守っている。路地裏に形成された悪党の溜まり場では悲鳴と怒号が交錯する。更にあっちへ逃げたぞ、地下にまだまだ潜ってるなど捜査員の声が響き渡る。何だ?犯罪者の逮捕劇でもやってるのか、この時間に迷惑な。
どうにかメインストリートの喧騒を離れて宿へと向かっていると宿の方がもっと大変なことになっていた。野次馬が集結して分厚い人の壁を形成している。その奥ではライフルを携えた屈強な兵士が続々と室内に入っていく。昔見た東南アジアの麻薬捜査さながらだ。だが、2階の様子を見た時更に度肝を抜かれた。上にいる兵士が探っているのは何を隠そうジョーの滞在している部屋だ。取られて困る物は何も置いていないので実害はないがこれで完全に敵のターゲットが分かった。恐らくブライアントがらみの南部の奴らの一斉摘発が始まったんだろう。それからどうゆう経緯かは知らないが俺のところまで捜査の手が及んできた。そんなとこだ。余りにもトントン拍子な展開にここまで単純でいいのかと自分の結論すら疑ってしまう。
「おいそこのお前、ここで何をしてる?怪しい奴め、フードを脱げ」
後ろからいきなり話しかけられて肩を掴まれたため反射的に振り払った。その力が予想より強かったのか、声を掛けた兵士が見た目より弱かったのか、体を大きくのけ反らせてバランスを崩して相手は尻餅をついた。
「あ・・・・わり、そんなつもりじゃなかったんだけど・・・・ダメだよな」
激高する相手の顔を見て理解した。こうなったらなるようになれだ。
起き上がろうとする相手の腹部に1撃蹴りを加えて再び寝かしつけた。野次馬がこっちに気が付いて喧嘩だぜ、喧嘩だと群がって来る。仲間がやられたと分かって怒り狂った兵士がそいつらを押しのけて銃を振り回してやって来る。圧倒的に不利だ。ジョーは最後の手段で自分のデザートイーグルを引っこ抜いて数発適当に乱射した。群衆をパニックに陥れてその場が収拾不能になっている間に走りに走って一気にその場を離れる。もうこの街にはいられないかもしれないなと考えながら住宅密集地の路地をくねくねと蛇行して追手を切り抜ける。ようやく人がいなそうな地区にたどり着いて一息ついた。
「は、は、ふざけんなよ・・・・ったく、どうなってるんだ一体?」
近くのマンホールが少しずれて下から誰かが登って来る音が聞こえる。今度は何だよ?ウンザリだ。
そこから這い上がって来たのは見た面だった。まさか渦中の人間にここで出会うとは。
「うしっと、もう流石に誰も追いついてこないよな?」
地下から上がって来たブライアントを待ち受けていたのは仏頂面のジョーだった。どうしてこんな所で出会うのか理解できないブライアントは完全にフリーズした。
「おうテメー何ぼけっとしてんだ?上がれよ」
促されるままに地上に這い上がるブライアント。ジョーはずれたマンホールを思い切り蹴りこんで吹き飛ばし怒りを露わにしたが、小さい声で痛ぇと呟いた。
「どうしてここにいるか分からないって顔しているな、俺も知らねーよ。ただお前がお仲間と何か起こしたってことくらいは見当がつく。一体何やらかした?」
問い詰められてもとても話せる内容じゃない。しかしお茶に濁してもそれでジョーが納得するはずがない。大人しく言えるところまで真実を話すしかこいつを満足させる方法が思いつかなかった。
「あぁ、お前が言う通り確かに俺のせいで街がこれだけ騒がしくなってるんだ。お前を危険な目に遭わせたことを悪かったと思ってる。ただ俺としても決して譲れない一線があったんだ。話してはなかったけど俺のこの国での本当の役目はスパイ活動だ。アジトがこの地下にあってそこで今日定例の集会が開かれてた。ただ仲間の1人が裏切って拠点はぶっ飛ばされてお前の情報も漏れたんだよ」
取りあえず言えるところは全部言った。これ以上細かいことを詮索されても一切答えないつもりだった。例えここで殺し合いを始めても仲間を売る気は無い。
「なるほどお前の背中のあれはそういう意味があったのか。ようやくわかったぜ」
しかしジョーは予想外の言葉を口にした。背中の暗号の存在に気が付いていたのだ!しかし一体どうやって・・・・。
不思議そうな顔をするブライアントに思い切りどや顔をしてジョーは種明かしをする。
「簡単だ。お前、俺の部屋に来たときずっと上裸だっただろ?その時どう考えても柄に会わない文字が色々見えたんだ。柄自体の出来はいいのにそんな不格好な真似をする理由が分からなかったから黙ってたんだがそういう理由だったってわけか」
思った以上に人のことを見てやがる。こんな他人に無頓着そうな大雑把な顔してるのに。
「てめ、今絶対失礼なこと考えただろ!」
ぎゃーぎゃー喚き合うのは後にして2人はどこか当座の住まいを探すことにした。首都に残ることはもう出来ない。ここを今すぐ離れなければならないが2人とも全く土地勘が無い。頼りの真は南西の大邸宅の敷地内。この疑心暗鬼の状態でこれからのことを考えていかなければならないなど気が滅入るどころの話ではない。
足を確保したい2人は馬小屋がないかと近所を探すことにしたがすぐにそれが失敗であることに気が付いた。ここは割と低所得者が多く暮らす地区だ。こんな所で馬を見つけようとしても、見つかるのは精々が吠えまくってくる番犬どまりだ。腹いせに近くのゴミ箱を蹴っ飛ばすとガシャンと中に入っていた瓶が盛大な音を立てて割れ、うるさいとどこかから怒鳴り声が上がった。
「・・・・・・なぁジョー、これからどうするつもりだ?分かってると思うけどこれ以上ここにはいれないぞ」
「ぅん、そりゃそうだ。あんだけ大騒ぎ起こしておいてここに残るなんてタダの馬鹿かマゾだけだ」
若干きれ気味でジョーは返答する。だが、その歩みが止まることはない。まして全く迷う様子すらないのだ。行くあてでもあるというのか?
「一体どこに行く気だよ?適当に歩いてたってどうしようもないんだぜ。どこか隠れられそうな場所を探してそこで今後について考えよう」
そう提案したが振り向きもせずにジョーは指でついて来いと示すだけだ。こいつのこういうところが信用できない、ブライアントの方もドンドン不機嫌になっていく。
「あてならある。ここを抜けて暫く進めばデカい川にぶつかる。そしたらその川沿いを沿って上流へ向かうつもりだ」
「川沿い?どうしてまたそんなところに」
「あぁ?お前みたいなやつが白昼堂々と歩いていても不審がられない場所なんて首都近辺でいったら船着場くらいだ。あそこなら日夜大勢の奴隷が労働しているし、外国の商人もいる。川沿いは浮浪者が多くてまともな奴らは近寄ろうともしない。俺たちにとっちゃ絶好の場所だろ」
あ、と言われて初めて気が付いた。ジョーは明らかにただの乱暴者の馬鹿じゃない。それなら自分に必要以上に情報を話さないのも何かしらの理由があってのことなのかも。そう考えれば今までの自分のイメージから悉く乖離しているジョーに対しても何となく理解の糸口が見えた気がした。さっきまでの不機嫌さも自然と晴れて今度は文句1つ言わずに大人しく付いて行った。
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