第15話
そうは言うもののこんな日の出ている時間帯からベラベラ秘密を喋ることも出来ないので取りあえず今日のところは大人しく帰ってもらうことにした。いくらなんでも長時間住み込みの使用人が屋敷を開けたら大騒ぎになることは必至だ。あまり計画を実行する前から事を荒立てたくない。ジョーはロイの肩の荷がすっかりとれた軽い足取りの背中を見送って部屋に戻った。中では相変わらず半裸のブライアントが手持ち無沙汰で待っている。
「おい、盗み聞きしてたろ?」
肩がビクっと動いてブライアントが反応する。しかし2秒後Nopと否定の言葉を漏らす。
「嘘つくなよ、俺は出ていくときドアを完全に閉めて行ったぜ。それが帰ってきたらちょっとだけ開いている。どう考えてもお前の仕業だろ?」
ブライアントは何も言わずにただぴしゃりと自分の額を叩く。
「まじかよ。ったく嫉妬深い女みたいな真似しやがって、油断も隙もねぇな」
「は、そりゃどっちだよ。それにしてもホントに盗み聞きしてたんだな?!」
ハっとジョーの言葉の真意に気が付き、カマをかけられた理解すると今度は枕に顔を埋めて足をバタバタと振り回した。それを見てジョーは大声で笑ってようやく満足した。
「まぁいいさ、でどう思う?」
「あのガキの事か?正直唯のお荷物だな。囮くらいには使えそうだけどな」
それすらも怪しいかもしれない、なのにどうしてこいつはあのガキにそこまで肩入れするような真似をする。言外にそんな意味合いも含めてブライアントは自分の考えを言った。ジョーは相変わらず思考が読めない無表情を貫く。
「そんなに不思議か?俺があのガキにあれこれ説教してやったのが」
言いづらいことを平然とぶち込んでいくのがジョークオリティだ。そこまでドストレートに言われるとは思っていなかったブライアントは言葉が詰まる。
「別に特に贔屓にしているわけじゃねー。あんまり気にすんなって言ってもお前にとっちゃ憎い敵の1人だからな」
そう言ってジョーはブライアントの肩をポンポンと叩く。2人の会話はそこで途絶えたがブライアントの頭の中ではひたすらジョーの態度に対する不満や疑念と、実は言ってはいないが何か考えがあるのではないかという期待がない交ぜになっている。ブライアントは黙ってジョーの部屋を出ていった。その後姿にジョーは何の言葉もかけない。
真の屋敷内での立場は微妙なものだった。先代から何十年も仕えた古参の執事というわけでもないがファーマー一家からそれなりの信頼を得ている。それに屋敷では周りに使われる側ではなく料理人からメイドまであらゆる人間へ指示を出さなければならない。よく言えば責任者、悪く言えば何でもかんでも押し付けられているだけだ。責任ばかり積み重なって毎朝寝覚めが悪くなる。その上出自が出自だ。誰も何も過去のことは知らない。ミステリアスと言えば聞こえがいいが、よそ者であることは変わりない。それ故に常に完璧にふるまうことが求められる。せめて寝顔だけは誰にも見られたくないと広大な敷地の一部を先代から借り受けて一人住まい用の小さなコテージを作って暮らしていた。そこが、何もかもが馴染みのないこの国において唯一真が安心を求められる場所だった。そこから1歩離れればまた苦痛に満ちた現実が待っている。仕事ためクローゼットから取り出した燕尾服に着替えながらジョーのことを考えていた。こっちに来てから唯一出会った同じ世界から来た男だ。俺は日々をこの世界で生き抜くのがやっとだというのに初めて会った時から恐怖というものを奴から全く感じなかった。それどころかいち早く適用しようともがきにもがいていた。それを見て俺はあいつと組もうと決めたんだ。
そんなことを考えている間に着替えは済みそろそろ朝の雑務が始まる日常に戻らなければならない。真はコテージのドアを開けて外へと出た。天気は昨日から引きずったかのような快晴だ。気を引き締めて向かった先は屋敷の正面玄関ではなく、食材の運び入れ等に使用される厨房の出入り口だ。流石に使用人が正面から入るわけにもいかない。それにクロフォードたちへ朝食を持っていくのに丁度いいと言えばいい。裏から回って厨房へ入ると何やらガヤガヤと騒がしい。まさか料理人たちが朝から仕事をサボってカードゲームで賭けでもしてるんじゃないだろうな?急ぎ足で室内に入ると一斉にその場の全員が真を見つめる。むしろカードゲームでもしてくれた方がよかったのではないかと思うくらいの空気だ。
「どうしたみんな集まって?もう仕事は始まってるだろ」
全然関係が無いメイドたちも数名集まっているところをみるとどうやら真に何かを伝える用事があるようだ。
「誰か何かしでかしたか?おい、困るぞ。まさか朝食が用意できないとかじゃないだろうな?」
クロフォードは日常の決まりきったルーチンを異常に大切にする。それが崩れると1日中不機嫌で近くで世話をする身としてはそれが一番ありがたくない。苦虫を噛み潰したような顔で年配のメイドの1人が前に進み出て話してくれた。
「朝食の方は問題ありません。ただ・・・・使用人に関して、行方と言いますか、所在が掴めない者が1名いまして目下屋敷内を探しているのですが見つからずに・・・・・・」
「はぁ行方不明?」
時々使用人たちの間のジョークでこの屋敷が広すぎたせいで迷ったというのはあっても現実それが起こり得るのは初めて来た人間くらいのものだ。まして住み込みで日々働いている人間がそうなる筈がない。
「それで誰だ?その職場放棄したバカは?」
こうなれば仕事をサボって街に逃げ出したというせんが濃厚だ。だがそんな奴いるのか?ファーマー家で雇われる人間は誰もが素性のハッキリしているいいとこの人間だらけだ。事実中小貴族の子弟が多い。
「はい、ロイでございます。あの子今朝の朝礼に間に合わなくて部屋に呼びに行ったのですが返事が無く、仕方なく合鍵で開けたら部屋がもぬけの殻で」
所々棘を感じる声のトーンで報告された。要はお前が何か知っているんじゃないかと言いたいのだ。だが真にとっては与り知らないことだ。唯一気になる点と言えば・・・・ヤバい、
もしかして昨日のクロフォードとの話を気にしてるんじゃないだろうな?
「あ、あぁあ、何だと?ロイか、ロイの奴がどこかに勝手にいなくなったっていうのか?そんな馬鹿なこと、だが確かに事実だとしたら心配だな。だがそれで仕事を遅らせるわけにもいかない。ここは全員取りあえず持ち場に戻って職務を再開してくれ」
思い切り動揺が顔と声と身振りに出た。確実に何かを知っていると好奇の目で見られたがそれ以上は誰も突っ込まずみんなゾロゾロと厨房から出ていき、料理人たちは盛り付けを開始した。ミスをした若手に怒号が飛びようやくいつもの雰囲気に上辺だけは戻る。真はその場にボーっと立ちつくしている。周囲の料理人は明らかに邪魔そうだが、一応ただ立っているのではなく毒見と料理の運搬のためにいることを分かっている。出来ましたという威勢のいい声が上がりシェフが芸術的に、それこそ陳腐な表現だが食べるのが惜しいくらいの出来で盛り付けた。それをワゴンカートの上に慎重に置くと最後の準備に毒見を待った。
真は軽く食べたが正直味も何もあったモノじゃない。仮に劇薬が入っていたとしても気が付かないくらい真の全神経は別のことに集中していた。ロイがどこに行ったかという見当が全くつかない。あの時の目は何かやらかしそうなそれだった。ワゴンを押して運び階段を上がってクロフォードの私室にたどり着き重々しくドアをノックした。
クロフォードは誰も引き連れず林の中を爆走していた。誇るべきテクススの、自らの手足となるはずの自慢の軍隊はどこにもいない。見た訳ではない、だが直感的に感じた。軍は破れて自分は落ち武者のように敗走しているということを。ギラつく直射日光に苛立ちを感じながらここはテクススではないのではないかという疑念が頭をもたげた。起伏が激しい山道は一歩進むだけで汗が滝のように所かまわず噴き出した。地面が大きく窪んだ箇所に足を取られて前のめりにクロフォードは転んだ。立ち上がろうにも足が折れてしまったのか?全く意思を巡らせることが出来ない。焦りまくって足を持ち上げて何とか立ち上がろうと喚きまくった。すると頭上で乾いた笑い声が響く。斜面の上の方に大柄な人間の影が見えた。顔を見ようと目を凝らすが逆光がそれを邪魔する。姿を見せろと大声で怒鳴ると相手は笑いを止めて低い声でもう見せた、と静かに返す。理解しきれないクロフォードに対して相手は肩の高さまで左腕を上げた。その手には真っ黒い拳銃が握られている。止めろと地面をみっともなく這いずりながら少しでもその恐怖の対象から逃れようと身をよじる。だが一向に足が動かない。相手はドンドン近寄って来る。そして真後ろまで来たその時、歩みが止まった。死を目前にした開き直りか?クロフォードは振り返って殺せるものなら殺してみろと虚勢を張った。しかし今度は相手の姿が見えないどころか目の前が銃口の空虚な黒で染まった。銃弾が発射されて確かに自分の頭蓋を貫通して脳まで届くのを感じた。
ドンドンと重い音が部屋の扉を叩くのを感じた。珍しいことに昨日の夜からずっと執務室の机で寝ていたようだ。目をこすり入ってくれと言うと真がワゴンに載った朝食を運んできた。目の前で紅茶が美味しそうに注がれるのを見て焼きたてのパンに一口、サラダをフォークで口に運ぶ。中身が溢れんばかりにトロトロのオムレツを切り分ける。紅茶の温かみが現実を感じさせてくれて妙に心地いい。
「料理長には礼を言っておいてくれ。いつも最高の朝食をありがとうと」
「勿体ないお言葉です」
真が深く頭を下げる。その様子を見て何となく思い出したことを真に切り出した。
「そう言えばロイはどうした?何か変わったことがあったか?」
「はぁ・・・・・・いえ、何もございません」
「む、そうか。昨日のことは確かに本人にとって衝撃が大きいことだったと思ったがな」
真は黙ったまま理解しかねた、彼はロイのことを本気で心配しているのか?それとももう失踪のことを知っていてからかっているのか?
「失礼ですが何かロイに御用事でもございましたか?」
「いや、あまりテキトウに接しすぎるとミラーノが今度はどう出るか分からない。そこのところも含めてよろしく頼むぞ」
暗にまた雑用を押し付けられた。チっと舌打ちを頭を下げながらも見えないようにする。だが、クロフォードはまだ話足りなそうだ。このまま黙っているわけにもいかないので真から話を振った。
「他に何かございますか?」
「・・・・変な話になるがな、真、お前は夢がどれほどあてになると・・・・いや、何でもない。下がっていいぞ。あとで取りに来てくれ」
そう言われて何か釈然とせず真は部屋を後にした。
こんな時は何も迷わずに敷地の一番外の門の守衛に聞けばいい、そう考えた真は外門を警備している守衛の元に朝ロイが通ったか尋ねた。すると確かに早朝にやって来てクロフォードに頼まれごとをしたから街まで行くと喋って出ていったらしい。ついでに言うと今日中に帰って来るとも言ったようだ。それならそこまで心配する必要もない。帰ったらたっぷり説教して解放してやることにしよう。
案の定というか宣言通りロイがしれっと午後5時頃に帰って来た。真が今や遅しと待ち構えていた守衛の詰め所の前にノコノコとやって来る。少しビビらせてやろうとわざと陰に隠れて様子を見る。存外楽な表情をしている。てっきり嘘をついて出歩いていたことが気を咎めていてると思ったけどな。
「どうも、只今帰りました」
守衛室の窓に顔を出して中にいる恰幅のいい門番にロイは顔見せする。その大柄な体の陰に隠れて真が陰から驚かせようと急に顔を出した。
「こらロイ、テメー一体この時間までどこに行ってた?」
驚いて後ずさりするくらいかなと若干期待して怒鳴った真に対してロイは拍子抜けするくらいの薄いリアクション、というか奇妙なことに満面の笑みを湛えて待ってましたとばかりに、逆に言い返された。
「後でお話があります。今日の仕事が終わってからお時間ありますか?」
「え、いや、まぁ・・・・あるよ」
虚を突かれた真は曖昧な返事をしながら恥ずかしさで少し耳が赤くなった。これじゃまるで俺がはしゃいでバカみたいだ。後ろでクスっと守衛が軽く吹きだすのをジロリと睨みつけて何とか面目を保とうとした。ゆっくりと守衛室から出てまったく気にしていない風を装ってロイと一緒に屋敷まで向かった。後ろで守衛が笑いながら手を振って見送る。姿が見えなくなるまで2人は無言で歩き続けたが、その沈黙の中でもどちらが先に話を切り出すかという緊張があった。
「真さんごめんなさい。僕は決してからかったわけじゃないんです。ただあそこで全部話してしまうわけにもいかなくて」
ロイが意を決して話し出した。真は黙って聞いたまま口を挟まない。というより挟めない。ロイは、このガキはどこまで知ってる?昨日の暴漢の正体を知っているのか?俺がやったことなのか?それとも今後の計画まで掴んでいるのか?何もわからないまま迂闊なことを喋れない。だが、このまま会話のイニシアティブを握られるのはなんだか癪だ。
「そうか、それで一体どこに何しに出かけたんだ?まさかホントにクロフォード様からの用事だ、なんて言い張らないだろうな?」
「言い張るだなんて、ホントに悪いと思ってますよ。もちろん僕より悪い人もいるみたいですけどね・・・・まぁ今はさっき言ったように秘密です」
フフンと余裕の笑みを浮かべてスキップでもしそうな勢いでドンドン前に進んでいくロイの姿に呆気にとられて真は立ちすくむ。あいつ、街で何かヤバい物でも食べてきたんじゃねーだろうな?
このまま事実をはっきりさせないまま放置するのはモヤモヤする。真はそのことだけを明確にしようとギリギリの質問をぶつけてみた。
「なぁロイ。お前は、お前が今日何をしてきたかは知らないが・・・・一体どこまで知っているんだ?」
ロイはクルっと後ろを向いて口元に人差し指を当ててニカっと笑ってこう言った。
「秘密です」
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