第16話
別段ロイがいないからと言って屋敷内での使用人の仕事が極端に滞って訳でもないが、帰って来て早々に数人のメイドに取り囲まれて質問攻めを受けた。彼女たちにとっては後輩というより年の離れた弟のような感覚なのだろう。過保護な姉たちは言葉には出さなくても昨日のクロフォードの仕打ちを相当に気にしていたようだ。彼女たちの怒りの矛先が理不尽に自分に向いてくる前に真はとっとと退散した。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ。
真はクタクタになりながらも何とか日付が変わるくらいまでに取りあえずの仕事を消化しきった。使用人たちには自分の仕事とが済んだら休むように伝えているので結局最後まで残るのは真だった。いつものように正面玄関から出て鍵を掛けようと錠に手を伸ばすと内側から力がかかりドアが開けられた。
「待ってくださいよ、忘れてるんですか?僕が話したいって言ったこと」
「うん、あぁ・・・・あぁそうか!完全に忘れてたよ。そうだったな、それなら出て来いよ」
真専用のコテージまで少し歩く。今度こそイニシアティブを奪われないようにしないとな、そう考えながら口を挟もうと歩いているとロイにまた口上を奪われた。
「真さん、ちょっと」
「あぁ、何だよ」
「あの言いづらいんですけど、・・・・・・通り過ぎてますよ」
「・・・・・・へ?」
「ゴホン、あーそれで俺に詳しく話してくれることって何なんだ?」
あまりにも考え込みすぎて自分の家の前を通り過ぎるという恥ずかしすぎる失態を犯した。何とかここから取り繕わなければならない。そのたまには、いやそのためには・・・・何だ?何をすればいい?、いや何かをしなきゃならないのか?そもそもこいつが喋りに来たんだ、俺から何かを言う必要はない。いやだが・・・・・・
「あのー真さん、聞いてます?」
また完全にドツボに嵌った。もう何も応えたくない。真はコクっと小さく頷いて後は向うが喋るがままに任せた。あぁもう何も考えたくない。
「それで、僕はどうしても決心がつかなくて、それで、その、あのお昼に会った人の顔が急にふっと頭に浮かんで、何も他の選択肢が考えられなくて会っちゃいました」
おう、ジョーの奴に会ったのか?野郎一体どんなアドバイスしたんだ?何、今何て言った?
嘘だろ・・・・こいつがジョーに会っただって?そ、そんな訳あるかよ、いやだけど・・・・
「そ、それは一体何のジョークだよ。ははは、誰だその男ってのは?俺には何のことを言ってるのかさっぱりわかんねーよ」
乾いた声それ自体がこの事実が真実だと告げていた。ロイは半ば呆れたような目を真に向けて言い放つ。
「あのこれ以上隠そうとするとか正直見苦しいですよ。もう名前だって知ってるんですから、ジョーだって」
畜生、一体あの野郎は何考えてるんだ?俺がせっかく隠蔽工作をしてやったっていうのに。真は沈黙を保ちながらもここをどうやって切り抜けてやろうか考える。白を切りとおすのも限界がある。だからといって洗いざらいに全部喋ってしまえばロイを巻き込むことに繋がる。それにもっと言えば足手まといは少ない方がいい。ここはどうするべきだ?ロイは真の一挙手一投足見逃さないように食い入るようにして見つめている。俺の行動から心の奥底でも覗く気なのか?
「お前は・・・・どこまで知っている?ここから先ははっきり言えばガキが立ち入っていい領域じゃない。俺たちは秘密基地ごっこで騒いでいるわけじゃないんだ。言っている意味が分かるか?知っていることを全部腹の中にしまい込んで忘れて寝てろ」
そう言って顎でドアの方をしゃくる。ロイはムっとした様子で反駁する。
「僕をバカにするのは勝手ですけど、さっきも言った通り僕だって本気です。半端な覚悟でこんなことをしたんじゃない」
そう言ってグシャグシャに丸められた紙の塊をポケットから取り出して机の上に置いた。真がそれを手に取り広げるとその中身の意外性に驚いた。
中身は総て、今まで真が捨てていた様々な商品や宿の宿泊費を明示した領収書だった。この中には今まで真がどこに行ったのか、何を買ったのか?行きつけはどこか?馴染みはあるのかなど総ての情報が詰まっている。思わず露骨なまでに顔色を変えてしまったがそのこと自体には真自身気づけないくらい動揺していた。
「これはどうやって集めたんだ?探偵でも雇ったのか?」
もちろんあり得ないことだが質問せずにはいられない。ロイはその紙の塊を真から受け取って済まなそうに頭を下げた。
「済みません。気分がいいはずはないと思いますが、それでも僕が本気だってことを分かってくれたでしょ?これはそんな大掛かりに調べた訳でもなくて、真さんが1週間分おきに自分のゴミをまとめて出すことは同じ屋敷の人間として知っているので、その中からちょっと拝借しました。これで真さんの行きつけの店なんかの情報が分かるので後はそれをしらみつぶしに調べあげてたまたま見つけたんです」
真は髪を掻き上げながら正直なところ感服して舌を巻いた。まさかここまで的確な方法を取ってくるとはな。膝をポンと叩いて分かったよ、話す、話すさと椅子を相手に勧める。
「それで、お前はどこまで聞いてる?ジョーと俺がたまたまあの場で知り合ってバカコンビ結成したってことは?」
「詳しくは微妙ですが一応は。聞かせてもらえますか?」
「あぁ、俺があの場にたどり着いて屋敷まで運ぶようにクロフォードに言われたときだ。あの時俺があいつを川から引き上げたときに奴は俺の胸倉を掴んで逆に俺を転ばしやがった。ったく、命の恩人を何だと思っているんだ?まぁともかく、そこであいつに落ち着くように喋った。境遇が似ていることも、こっちの人間じゃないことも、俺が元の世界に帰るためのパートナーを探していてその計画も骨子があるってことも喋った。その上にクロフォードを嵌めるって考えたこともだな」
「何か・・・・どう言っていいか分かりませんけど深刻ですね」
「今更怖気づいたとは言わせない。今度は俺の番だ。お前はどうしてこんな危険極まりないことをしてまでジョーに会おうとした?ミラーノのためか?まさか誘拐しようなんて馬鹿なことを考えているんじゃないだろうな?」
「・・・・何で皆さん分かっちゃうんですか?」
はー、やっぱりただの馬鹿だ。それも掛け値なしの特大の奴だな。こんなんに翻弄されていた自分が心底恥ずかしい。真は崩れた苦笑いで思い切りロイをバカにした。
「出来ないさ。やっぱり帰ってちょっと考えて寝るべきだな。アホの付き合いはごめんだ」
クイクイとドアを示してお帰りを願う。ロイはそれを見て今度は懇願はジョーのことを引き合いに出して大抵抗を開始した。
「ジョーさんならそんなことは言わないですよ。やるときはやるし、諦めが肝心なんて言葉でお茶を濁そうとはしない。真さんが彼と組もうと思ったのもそんなところを感じ取ったからでしょう?どうして僕はダメなんですか?!」
「まず第一にお前と、ミラーノ、ガキ2人のお守りなんてしてテクススをどうやって縦断する気だ?第二に、俺はミラーノとお前を助けてやる義理なんてない。第三に計画はガキの妄想のように都合よくは進まない。頓挫する可能性だってある。つまり俺はそうなったときの責任が取れない。お前がそれを背負うのか?出来るはずがない。そして、最後にお前らのための計画は用意していない」
ここまで一息で言い切ってどうだとばかりにロイを睨みつけた。しかしそれがロイに火を点けたようだ。幼さがわずかに残った横顔が闘志で燃え上がる。
「まず第一に、ガキというけど僕は自分の責任くらい自分で取ります。この計画が失敗して死ぬような目に遭ったとしても本望ですから。そして第二に義理は無いですけど僕はあなたの弱みを握っています。もし僕たちを拒絶するんだとしたらそれを悪いですけど最大限に利用させてもらいます。そして第三に計画が頓挫しようが、このまま時間が経とうが、僕にはもうこれ以上をミラーノといられるという選択肢が無くなります。そんなのはごめんだ。黙って泣き寝入りするくらいなら死んでも立ち向かってやる!」
はーだからガキは嫌いなんだ?こうして熱く一途に突っ走るのが格好いいと思ってやがる。いや、ガキが嫌いというよりは俺は俺自身が嫌いだ。だからまるで昔の俺を見ているみたいなロイのことを昔にトリップしたようで自己嫌悪してしまうんだ。
「・・・・・・ジョーは何て言ったんだ?」
そう言えば聞いていないそこを一応確認する。もしかしたらもっと強烈に呷っているかもしれない。益々あいつのことが理解しきれなくなる。
「それが、細かい話は真さんと詰めてから話してやるって言って、取りあえず今日は帰れって言われて」
また微妙なやつだ。俺が全部仕切って決めればいいのか、それとも後で本当に相談するのか?いや、これはちょうどこの作戦が使えるな。
「あーロイ。実はな俺もそのことを伝えようと思っていた。また計画自体がはっきり決まっていない上に不確定なことが多すぎて正直全容が伝えられない。だから近いうちに話を持ってもう1度このことについて共有するから今日は取りあえず部屋に戻れ」
今度は素直にロイがお休みなさいと言ってパタパタと本館の方へと駆けて行った。その後姿を真が、そして遥か頭上の屋敷の一番高いミラーノの私室から彼女が眼下の小さな影を確認していた。真はカーテンを閉めると燭台の上の蝋燭を吹き消そうと近寄った。すると、今度は反対側の窓がカタカタと小刻みに振れた。風だと思い無視しようとしたが、何となくそっちの方を向いて閉まっているカーテンを開ける。
「マジかよ・・・・冗談きついぜ」
あまりの予想外さに首を左右に振って事実を否定したい。だが、目の前のジョーの姿がそれを拒絶した。
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