第14話

「おいどこに行ってたんだ?」

昼過ぎくらいに宿に戻ると、ブライアントはもう目覚めていた。そりゃそうか、ここまで何もせずにいたらプーと変わらねーからな。だが外に出ようにも目立ち過ぎて出るに出られないブライアントはかなりイライラしていた。部屋が暑いせいで上半身裸で余計にムサイ。

「どこってまぁ適当にふらついてきただけさ、それよりこれ」

そう言ってジョーは買ってきたホットドッグを紙にくるんだまま放った。うおっと声を上げてファンブルしかけたが何とか掴みガサガサと紙をかき分けて齧り付いた。口を動かしてケチャップで頬を汚しながらブライアントは尋ねる。

「金はどうしたんだ?真から貰ってるのか?」

ウンニャと曖昧な返答して今度は割と慎重に破らないように戦利品を取り出す。服の間に押し込んでいたせいで少し皺があるが地図としては問題無い。それをベッドに座り込んで凝視しているとブライアントも気が付いたのか寄って来て覗きこむ。ジョーはそれをそのままブライアントの手に押し付けると立ち上がって紙包みの中から自分の分を取り出そうとした。

「こりゃなんだ?見たところ地図みたいだけど」

「あぁ、戦利品だ。気のいいおっさんからプレゼントとして貰ったんだ。て、おい、俺のどこにやった?」

目当ての物が無かったため振り返ってブライアントに問いただすと丁度2本目に大口を開けて齧り付ている所だった。

「ありゃ、何だ。これお前のか、ワリ全部食った」

見りゃわかるよ・・・・信じられねー。2本も食うか普通?

はーっとため息を吐いてジョーは自分の部屋には無かったベランダへと出た。今が丁度日が最高点に達していて気温も高い。ブライアントを連れ出してもう少し外で情報収集したいところだが日が落ちるまでは動かない方がいい。体力の無駄な消費を抑えたい。ベランダから戻ると今度はブライアントが食い入るように地図を眺めている。お、珍しく集中しているなと思ったら今度は地図をバっと投げ出してベッドに寝ころんだ。地図は高く舞って床に落ちる。

「おい、大切扱えよ。それで何をそんな一生懸命見てたんだ?」

「あぁ、何かわかるかもしれないと思ったんだが、なんかその文字見てたら気持ち悪くなっちゃって・・・・・・」

何だいつも通りアホだな。ため息を吐いて落ちた地図を拾い上げようとしてブライアントの方近づく。そしてたまたま上半身の背面一杯に広がったタトゥーが目に入った。一瞬その模様に強烈な違和感を覚える。まるでダミーでも見せられているかのような気分だった。だが、タトゥーのダミーなんて聞いたこともない。気のせいだと思い込むために頭を振って地図を拾い上げしまい込む。しまったのと同時くらいにドアがノックされた。

「ルームサービスでも頼んだんかよ?」

しかしブライアントは頭を振って否定する。不審に思っていると向うから声をかけてきた。

「失礼します。下にお客様にお会いしたいという方が見えておりますが」

「俺たちに・・・・・・分かったすぐ行く」

変だな、真とは今日会う約束なんてしてないだろ?一体誰が・・・・・・。


階下に降りるとロビーには数人の人間がいた。誰が俺を訪ねてきたのかは分からない。しょうがない。さっきの係の奴に聞いてみるか、ジョーは受付で訪問客について尋ねる。

「さっき俺に客が来ているって聞いたんだけどそいつはどこに?」

あちらです、と指示された先にはちょこんと椅子に座っている小柄な男が1人。帽子を目深に被っていて顔はよく見えない。こんな知り合いいるはずもないが向うは俺を名指ししている。一体誰だ?真の使いか?ジョーはそいつの真向かいに座ってジロジロと相手をねめつける。

「・・・・・・・・あの、ぼく」

下を向いてジョーに目線を全く合わせようとしないのにイラついて、帽子をかなり荒っぽく叩き飛ばした。飛んでいった帽子はクルクルと円盤のように回転して開け放たれた窓から外に出ていった。

「おいガキが、俺はテメーみたいな訳わかんない野郎に構ってるほど暇じゃないんだよ。てか、誰だよ?」

咄嗟の事に手で顔を覆い隠そうとしたが、どうせ話すので意味が無いことに今更気づきようやくジョーを見返した。

「・・・・・・お前は」

「お久しぶりです。というか昨日の事ですけど・・・・僕の事覚えててくれました?」

「誰だっけ?」

気がガクンと抜けることを言われて思わずずっこける。何たって昨日のしかも自分が叩きつけた相手を平然と忘れるんだ?

「ロイですよ、ロイ。昨日ミラーノと一緒にいた」

「ミラーノ?・・・・あぁ、あのクソ生意気なガキか。そんなんもいたな。で、まだお前のことを思い出せない俺はどうしたらいいんだ?」

そんなのこっちが聞きたいよ。どうして自分が倒した相手の顔くらい覚えていられないんだろう・・・・あ、そう言えば

「あの、ジョーさんのお連れの方に担がれてたんでもしかしたら覚えておられないのかもしれません」

あそう、と随分軽いノリで興味なさげに返される。意外とこんなのでも傷つくものだ。

「連れね、連れ。あぁブライアントか、それで何でこんなとこに・・・・えーと」

「ロイ、ロイです」

「そう、ロイ。何でこんなところに居るんだ?真か」

「いえ、真さんは関係ありません。僕は、僕はただ・・・・」

「??はっきり言えよ!」

舌打ちをして追い込みをかけるその筋の人間のようにドカっとソファーに背を持たれかける。いつまでモジモジしてるんだ?最初はクロフォードの手先で俺たちに報復しようと送り込まれたのかと思いもしたが、この様子じゃそれはねーな。

「何でもありません、僕、帰ります」

その雰囲気に居た堪れなくなったロイは慌てて立ち去ろうとしたがジョーがそれに待ったをかけた。

「こら、どこ行くんだ?チビ!おとなしく最後まで話せ。こっちはな暑い中わざわざ降りてきたんだぞ、吐け」

「だから、何も」

「言え!!」

わざと大げさにテーブルを叩いて不機嫌なふりをする。ビクっと身を竦めるその様子は小動物が怯えたかのようだった。ジョーは長時間の話に耐えられるように改めて座りなおした。どんな話がこのガキから飛び出してくるか少し面白い。ロイはまだ逃げ道がないか探しているが結局目の前のギャング顔負けの男を納得させなければ帰れないことを理解したのか、ゆっくりと着席する。

「ロイだっけ、それで、真でもない、クロフォードでもない、ミラーノでもないって言ったら誰だ、誰のためにここに来た?」

「・・・・お話、聞いていただけますか?」

「聞くって言ってんだろ?早くしろよ。こっちは気が短いんだ」

「ミラーノを、ミラーノを助けてくれませんか?」

「はぁ??」

真に迫った顔でいきなりぶっ飛ぶことを言いだした。これはマズイ、相当思い詰めるんな、ヤバいことに近づいて面倒事に巻き込まれたらそれこそこっちだってヤバいぞ、そう考えたジョーは取りあえず言葉を濁す。

「ミラーノをって言ったって、お前、自分が何を喋ってるのか分かってるのか?お前は自分の主人の妹を訳が分からない変な男に誘拐しろとでも言いたいのか?」

ゴクっと唾を飲み込む音がした。何だこいつ、そうなるってことも想像してなかったのかよ?今更になって現実見て焦ったってことか?

「あー、悪いな。俺今ガキに構ってる暇ないんだよ。他を当たってくれ」

突き放して今度はジョーが席を離れる。これ以上ガキのお守りをしてやる義務がどこにあるってんだ?バカバカしい。しかし後頭部で突発的にロイが待ってと叫んだ。あの華奢な体のどこからそんな熱量が出ているんだと感じるほどだった。

「待って、待ってください。今話します、今話ますから。席に戻ってください」

ジョーは無言で座る。前に会った時も思ったがどうもこいつは思い詰めたらトンデモナイことをやらかしそうな、ある意味メンへラっぽさを感じる。今も目の前じゃさっきの声がどこから出たんだっていうくらい緊張してがちがちなのに。

「いいぜ、取りあえず聞いてやる、話せよ。ミラーノのことを含めて全部な」

ロイは緊張して舌足らずな赤子のように話し始めた。ミラーノの結婚の事、ロイの屋敷内での立場の変化、クロフォードの機嫌。どれもこれも不景気な話だ。だがそれだけじゃ肝心のところだが見えてこない。ジョーが一番知りたいのは動機だ。そこまでしてあのバカガキを助けてやろうっていう気がどこから噴出してくるのかが知りたい。

「で、色々語っちゃったが要するにどうしたい?何でそうまでバカ、あーミラーノを助けたがる?お前は何を考えてるんだ?」

「今明らかにバカガキって言おうとしませんでした?まぁ、恩みたなものですよ。僕にとってのミラーノは、正確には彼女の父親からですけど、要するに僕を保護して育ててくれた。その恩を、ミラーノを解放することで果たしたい。あ、もちろん別に同情して欲しいわけではないですよ」

「してねーよ別に」

「酷い、少ししてくれても・・・・」

ジョーが全く興味がなさそうな低いトーンで返したためロイは心底傷ついた表情をした。

「しろ、って言ったりするなって言ったり面倒くせーな。俺が聞きたいのは」

「まぁ話しますよ」

かなり拗ねた様子でブーっと自分勝手に話を続けるロイに完全に呆れかえってしまった。

「話すのかよ・・・・意外と勝手だな」

「僕の母は多分娼婦でした・・・・というよりそう言われたんです」

おいおいおい始めちゃったよ・・・・、全然聞きたくねえ、いつ終わるんだ?イライラしてジョーは癖でしきりに親指を人差し指をひたすらこすりつけ合う。

「そのまま母は僕を仕事中に妊娠しました。それでも結局僕を愛してたわけではなく・・・・それで捨てられました。ある嵐の夜に先代の旦那様の頃、守衛の方が交代の時を見計らって捨てられたんです。そして僕はずっとこの家で暮らし色々な仕事を覚えて色々な勉強をして色々な方と出会いそして今日・・・・」

「解雇されたか?かわいそうに」

とっとと話を終わらせたくて思わず口をはさんでしまう。飽き飽きした。そんな不幸自慢大会優勝みたいな話を聞かされ続けるのは。それに利用価値があるかどうかと思ったが、こんなんじゃ使い物にならない。一番聞きたい部分が聞けていない。

「されてませんよっっっ!ただ、もうミラーノとは・・・・」

話を手で遮ってジョーは口を挟む。

「会えないのか?」

「仕方ないですよ・・・・僕と彼女は釣り合いません、身分も財産も、出自も何もかもです。僕は所詮一介の使用人ですし、彼女はこの国の由緒正しい貴族の令嬢ですから・・・・」

「だから、諦めるのか?」

「諦めたくはありません、でも・・・・・・・・」

「続けろ」

「でも、これが運命です!どれだけ願おうとどれだけ呪おうとどれだけ悲しもうが悔しがろうが、これが・・・・僕の運命だ」

もうひと押しか?そろそろ聞きたい言葉が出て来るか?正直恩を返したい程度の決意じゃ足りない。そんなもの返さなかったところで罰があるわけでないし、損もしない。もっと私欲が欲しい。焦がれるような思いが必要だ。

「・・・・・・言いたくはないけど」

「だけど言うんだろ?あぁ?運命とか言って逃げるんだろ?何のためにここに来た?相談?違う、お前はここで決別すべきだ、一生そのまま妥協だらけの人生から。一生見てろよ。自分の女寝取られて置き去りにされる惨めなお前自身をな」

「うるさい・・・・」

「聞こえねー。はっきり喋れよ。鼻水の音で聞こえねーんだ」

「うるさいうるさいうるさい!!お前に何が分かる。お前はどうせそのデカイ体に物を言わせて勝手に生き続けてきたんだろ?!他人の迷惑も痛みもどうしようもなさも何もしらずにさぁ!!だからそんなこと言えるんだ!だからそうやって苦しんでる人間を馬鹿にできる!だって同じことを他人にしてきたんだろうから!そんな奴に・・・・何が・・・・わかって・・・・ううっ」

こいつ意外に正論言いやがる。ただの内気なガキじゃやっぱりないんだな。ジョーは追い詰めるために更に冷たく言い放つ。

「お前の言ってることはそう間違ってない。確かに俺はこのデカイ図体にものいわせて気に食わなきゃ殴り飛ばし踏みつけ放り投げたさ。だけどよ、ゴミ溜めのなか生き残った。俺はそうして生き残ったから。だけどお前はどうだ?一体何が分かってるんだ。俺は分かった上で大したことはねぇって言ってんだよ!お前はチキン以下の去勢された犬と変わんねーってな」

どう出る?ジョーはじっとロイの顔を凝視する。うつむき加減のその顔は人によったらそそられると感じるかもしれない。かなりナイーブさが出ていた。相変わらず鼻をすすりながら弱弱しい声でさっきとはうってかわって質問してきた。

「っふ、っんん、それじゃどうすればいいの?」

「どうしたい?」

「僕はこのまま分かれるなんて嫌だ、まだ何も伝えていない・・・・何も・・・・」

「それならどうするべきだ?」

「わかんないよ・・・・それが分からないからここに来たんです。何でかは知らないけどあなたなら何とかしてくれるかもって、あの飲み屋も探して、そこから色々な宿を訪ねてようやく見つけたんです」

「俺はお前の本心が聞きたい。恩を返すことが主なのか、それとも自分自身ミラーノを守って離れたくないって欲が強いのか」

その質問に完全にロイはフリーズした。本心を打ち明けられないというよりそれが本心であるのか気が付いてすらいない状態だった。自分にとって彼女は、ミラーノはどういう存在なのか、それ自身と向き合っている。ロイにとって今まで全く意識になかったというより、おかしいかもしれないが意識的に意識外に追いやっていた問題と向き合う時が来た。

「僕には、僕にとっては・・・・・・」

次に来る言葉に正解は無い。夢遊病患者のようにボアァと意識に渦に自分が溶け込んでいく。そんなロイを見てもジョーは何も言わない。ここで試してやる。お前が俺たちの計画に加わるくらい根性がある駒になれるのか、それとも失望だけ残していくのか。

「無理に考える必要はないぜ。俺としちゃ助けてやる義理もない。でもお前にとってみりゃこれはチャンスだぜ。鉄火場に立つかどうかだ・・・・・・覚悟は?」

長いようで短い沈黙の後ロイは顔を上げて今度はキっと意思を満面に湛えた瞳でジョーを見返した。そうだ、その答えを聞いてやるよ!

「どうか僕に協力してください。ミラーノのためじゃない。僕自身の後悔しない選択のためにこの道を選びたい。どうなるかなんて分からないけどそれに賭けてみます」

ジョーの目が悪戯っぽく爛々と輝き、いいね、と呟いた。

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