第13話
朝日が昇る少し前にジョーは目覚めた。まともに眠ったのは久しぶりな気がした。目を閉じればあの時の記憶がまだ生々しく残っている。自分が撃ち殺された記憶をここまで長くとどめている人間なんて世界でも俺くらいのもんだ、ギネス級だな、そう笑わずにはいられなかった。嫌な汗をかいて体がベタついていたのでシャワーでも浴びたいがそんな文明的な物の香さえ感じられないこのボロモーテルのクオリティだ。だいたい着替えが無いじゃんか!そう閃いてジョーは街に出て様子見がてら買い物に行くことにした。廊下に出るとまだ向かいの部屋のドアは閉まっている。こりゃ向うはふて寝でもしてんのか?ジョーは声を掛けず階段を下りてフロントにやって来た。鍵を渡そうと思ったが受け付けがどこにも見当たらない。そんなもんかと首をかしげて朝の騒がしい喧騒へとジョーは紛れて行った。
流石に中心街のにぎやかさはなかなかのものだった。どこに行っても人人人。人の波に酔ってもその陰から現れるのはやはり人だった。口笛を吹きながら気ままに始めた散歩だったが暑さと人でもうそんな気分じゃない。どこか涼めそうなところがないかと探していると自分好みのボロい大衆酒場が昼間から営業している。
「ったく、こいつらは。まぁ昼間から飲みに来る俺も俺か」
こんな所で油を売っている奴は意外にも多い。酷い国だなと笑いながらカウンターに座る。若い女性店員が注文を取りに来た。
「ラム、ロックで」
こんな酒場でまともなオツムの奴を探そうというのは確かに無茶なことからも知れないがこんな所だからこそ集まる面白い話題も多い。それに期待して周囲を見渡す。すぐ隣には酔いつぶれた中年の男。奥のボックス席には水商売らしき女が酒を煽って昨日のことを忘れようとしている。窓際のテーブルでは数人の初老の男たちが暑さと不満をない交ぜにした顔つきで文句を垂れる。どうにも入る店間違えたか?そう思ったが、出ようにも丁度注文したラムが届いた。しゃーない、あのジジイどものところにでも行ってくるか。
「ようジイさん、景気はどうだ?」
悪態を吐いている中に割って入ってジョーはラムのグラスを持ち上げて乾杯を促す。驚いた顔をしている彼らの頭がまともに働き出す前に肩に手を回して早口でまくし立てる。
「こっちは最悪だよ。この国じゃで一山当てようと思ったんだけどな、あ、俺見ての通り外国から来たんだけど、酷いな。滅茶苦茶な経済だ。不景気過ぎて困っちまった。これなら国にいて炭鉱にでも潜ってた方がまだましだよ」
こんな奴らが語ることは景気が悪い、政治が悪い、周りが悪い、金回りが悪いってどいつもこいつも他人のせいにした発言ばかりってのは定石だ。だから思い切り相手に合わせてやった。すると頭より先に口がいつもの文句に反応したらしい。まるで脊髄反射だ。
「そーだよあんちゃん、あんたも苦労しているな。分かるか?この国は酷い。今の王が悪いんだ。次々変な政策打ち出して、どれもこれも全部失敗だ!そんなしわ寄せは全部俺たち庶民にかかってくるんだ」
そう言って持っていた酒をあおる。周りもそうだそうだと同調して一斉に狙いすましたかのように飲み干した。これは店側も儲かるだろうな。近くの店員に瓶で注文すると老人たちの話にまた耳を傾ける。
「まぁこれでも飲んでくれよ。だけどどうだ?戦争が始まったらそれはそれで問題だろ?」
届いた酒を相手の空のグラスに注いで質問を投げかける。
「ワリワリ、どーもどーも。若いのに分かってるじゃねーか。戦争か・・・・まぁ確かに人死は出るだろうがそれよりもあの南部のクズどもを一掃するのが重要だろ?」
分かってないなと言うように首を振りため息を吐かれたが、そんなことを分かるはずがないだろ、そうツッコミを入れたい。イライラを押し殺して他に有益な情報を漏らさないか注意深く探る。
「大体俺らはあいつらに仕事を奪われて続けている。ホントに疫病神みたいな奴らだよ」
「国境が解放されたって奴か?」
おっさんたちはガツンとテーブルを叩いて暴言を吐きまくった。
「あぁ!本当に酷い時代だった。今のクロフォード卿の父親の時代だったんだがな、あいつはリッジマンデ近郊の鉱山の採掘権を奴らに認めた。もちろん労働者としてテクススの人間も一攫千金を夢見て旅立った。同時に国境の開放によってたくさんの人間が南北を行きかった。だがそのせいで競争が色んな意味で激化したのは確かだ。今まで通りのやり方じゃもう成功できないどころか現状維持もままならない。俺も南方の鉱山に行ったが人が多くてな、職にあぶれる奴らが多かった」
「あんた、南方で働いていたのか?一体そこで何を掘り出してたんだ?鉄、金、石炭?」
いやいやと手を振って酒をあおりよく分からない答えを返してきた。
「よく分からなかった。どうやらその地域でしか産出しない特殊な鉱石らしいんだけど、だいたい本くらいの大きさの長方形で真っ黒で光沢があったな。まぁもう数年前の話だから全然覚えていないんだが、あれは珍しくて記憶に残ってる」
鉱石だと?一体どんなものなんだ?何に使っていたのかも気になるがそれ以前に度々出て来るクロフォードの父親って奴も気になる。背後に一体何があるのか?それをどう動かしていたのか?謎だらけだ。ジョーが黙ったまま考え込んでいるとおっさんは作業服の内ポケットからボロボロの紙を取り出して机の上に置いた。
「もしかして疑ってるのか?どうだ、こいつが証拠さ。向うにいたときに作業監督に渡された坑道の地図だよ」
随分薄汚れて所々文字もかすれて読めないが通路が方々に伸びていて細かい距離や記号が書き込まていている。なるほど本物らしい。ジョーは顎を撫でながらまだだんまりをしていると、向うは話したことで昔の怒りが再燃したのかまた大声で騒ぎだした。ジョーは辺りを見回すとトイレを見つけて席を離れた。勿論その地図もこっそり頂戴した。トイレの個室に入って鍵を閉めると窓を内側から開けて体をねじ込んで外に飛び降りた。これで飲み代を浮かせたうえにタダで情報を仕入れることに成功した。ニンマリと笑いが腹の底から次々こみ上げてきて止まらない。クククと笑いを押し殺して通りに方へ抜けていき再び人ごみ紛れて行った。後から自分たちの飲み代に加えてジョーの酒代もおっつけられたおっさんたちがブチ切れたことは言うまでもない。
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