第12話

「山だ」

「山?」

予想外の答えにジョーは驚いた。まさかそんな意外なものが出て来るとは想像もしていなかった。ブライアントはその後の説明を淡々と続ける。だがその言葉の端々から自信が感じられる。

「そうだ。テクススの南征軍の最大の障害は山脈だ。あそこに要塞でも築かれれば、もうそれより以南の本拠地リッジマンデは落とせない」

「一箇所だけ、一箇所だけ山道が連なる以外総てが異常な高さを誇ってる。当然頂上付近は万年雪に常に覆われていて植物は育たず、そもそも食料の補給から怪我人の看護まで総てが間に合わない。つまり何が何でもその山道、真が言っていたカイザー大路を抜けなければ本拠地リッジマンデを征服することは不可能だ」

「なるほど、それでクロフォードのことについては何かほかに知っているのか?」

「まぁ、一応・・・・な」

「へぇ、それじゃテメー、アホみたいに捕まったわけじゃねーのか?」

「何だよ?アホみたいって・・・・そりゃ、確かにお前に助けられなきゃやばかったけどよ・・・・」

ブライアントは拗ねた様にボソボソ言い訳をする。ジョーはカラカラと笑い悪かったと軽く謝り、続きを話すように促した。

「それで、一体なんなんだ?その情報っての?」

「あまりいい話じゃない。多分戦争がこれまで以上に激化するってのだから」

「激化か?あんまよさ気じゃないな?」

「あぁ、その原因はいろいろあるけど、一番は、結婚だ?」

「結婚?誰と誰が?」

「国内最大派閥を形成する穏健派の四大貴族ドウェイン・マクレモアとその一族、そして現王国陸軍最高司令官にして国内最大の強硬派クロフォードとその一派が結婚により手を結ぶそうだ。相手はクロフォード・ファーマーの妹のミラーノ・ファーマー。そしてドウェイン・マクレモアの息子ジャマール・マクレモアだ」

「へえ、あのじゃじゃ馬も苦労してんだな、意外に」

プっとかなり愉快そうに吹き出すジョー。変態野郎と言われたことをよっぽど根に持っているみたいだ。

「まぁそれが政治だろ?でも本当にそうなったら大惨事だ。国内の世論は完全に戦争へと傾く。そして」

「お前らもボーンか、笑えないな」

ニヤケながら本当に酷いことを言う。

「あぁ・・・・どうにかその結婚を防ぎたいがこれも無理だろうな」

「はぁーん。ダリー話だな」


「婚約披露をして両家の関係性をしっかり固めてから大戦へ持ち込みたい。国内の反対勢力に煩わされて戦争が継続できないなんてことはごめんだからな」

「何でそこまで・・・・・・」

ミラーノは思わず何度聞いても理解できない問いへの答えを求めた。一体何に取りつかれたように戦争を拡大しようとしているのか?実の兄妹だというのにミラーノには皆目理解できないのだ。少なくとも言えることは、兄は、クロフォードは母の死から、父の死から、確実におかしくなってはいる。

「何度も同じことを聞くね、奴隷といい、列車といい、黒が多い。特に暫く前から爆発的に普及し始めた鉄道や石炭車などというものは黒い煙を吐く悪魔だ。この美しい大地が穢れてしまう。便利だからこそ許せるが、南部の蛮族どもはもはや害悪でしかない」

最早何も言うまい。ミラーノもロイも真も話をひたする聞き続けるしかなかった。

「それにミラーノ、お前は淑女だろ?感情に任せた批判は最悪の行為。まして若い結婚間際の女性はもっとすべきことが他にあるだろう?」

「・・・・・・・・、申し訳ござませんでした。兄様」

ミラーノは言い争いたいのを堪えて黙る。ここで喧嘩を始めても意味はない。もっと別な所で体力を使うべきだ。そうこれから始まる本題で。クロフォードは座席から立ち上がって窓の方へ向かう。ブラインドの間に指を挟みこんで外を見つめ続ける。しばらく時が流れた。彼は口腔内で言葉を慎重に吟味してようやく口を開いた。

「よし、それでいい。さてロイ君」

「は、はい、なんでしょうか、クロフォード様」

予想外の指名に大慌てでロイが応える。ここから一体どんな妄言、暴言が飛び出すのか?それとも意表を突く事実を語り出すのか?理想的な案を投入するのか、誰もが分からず固唾を飲んで見守った。

「大変残念なことを君に伝える必要がある」

「ゴク、はい、なんでしょうか?」

クルっと振り向いてロイの顔を見据えてストレートに決定を告げる。

「君をしばらくミラーノのお付きの使用人としての立場から解任する」

「・・・・・・解雇ですか?つまり」

震える声でようやくそこだけ絞り出した。怒鳴られるより、殴られるより、罵倒されるより身に沁みる。どうして?そんな意味のないのかあるのか分からないような言葉を投げかけたい。答えが返ってくるのかは分からないが。

「いやいや、そんな不景気な話ではない。栄転だ」

快活な声でクロフォードは返す。

「正直な話、わたしが望んだことではない。ミラーノをなるだけ平静に保つためには君を傍に置いておくのが1番だとわたしもはっきり分かっている、だが、マクレモアの方はそう思っていない。出来るだけ結婚が終わるまでは身内以外の男を近づけさせたくないんだ。だから君にはミラーノの傍から離れて・・・・」

「納得がいきません!!!」

誰よりも先に大声で反応したのはミラーノだった。今まで憮然とした表情で黙っていた彼女だがここで顔を真っ赤にしてバンとテーブルを叩き大声で突っ込んだ。流石にクロフォードも目を見開き驚く。真はヤバいと顔にはっきりと書いた上に赤のマーカーで上塗りしたような顔をして口元を抑える。

「どうして、どうして私とロイが離れなければいけないの?どうしてです?それに結婚の話にも了承もしていません!それなのにどうして話が進んでるんですか?納得がいきません!そ結婚する気など一切ありません!」

ガミガミと大爆発を起こすミラーノにクロフォードは見開いた目を再び細めてはっきりと告げる。

「これ以上その私という自己主張を止めろ!お前はそんな風に育てられたわけでも、それをわたしや父上が許した覚えも無い!」

「父上は関係ない!それに兄様も私の親じゃないでしょう!?それを勝手に」

「ミラーノ!これ以上をわたしに言わせたいか?お前の態度はいつからまたそう酷くなった?お前は何をどう学んできたんだ?」

凄みを利かせた低い声で最後通牒を発する。流石にクロフォードの声のヤバさを感じ取ったのか、さっきまで威勢が良かった矛先は綺麗に丸められた。

「それは・・・・・・・・」

「さぁ、いつも言っている通りだ。ミラーノ」

「はい・・・・・・・・ごめんなさい、兄様」

「さて、騒がせたね。ロイ君、わたしは別に君にこの家から出て行けというつもりは無い。ただ今までどおりミラーノと接することは許可できないということさ。だが、時が来ればまたミラーノとは会える。旧知の仲として、数少ない気の置けない親友としてね。わたしはね、君のように若くて才能があり意欲あふれる少年を出来るだけ支援するし、ゆくゆくはわたしの補佐としても活躍して欲しいんだ」

これ以上の口論はごめんだとばかりにクロフォードは一気にまくしたてる。その流れるような一連の話にロイはただただ乗せられるばかりだった。

「はい、喜んで」

無理矢理微笑んだ彼の笑みは現状を表すかのように歪なものとして真の目に映った。

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