第11話

真は何とか手のかかる2人を馬車に乗せた。確かに怪我をさせるなとは言ったが殴り倒すか普通?その上人飲み代まで払わせて。むかむかして悪態を吐くとホームレスの老人が驚いてこっちに薬でトロンとした目を向けた。真はフンと鼻を鳴らし御者に出発するように告げると車内に入った。2人は仲良く互いに折り重なって眠っている。こうして大人しいとミラーノもなかなかのレベルなのだがいかんせんあの性格だ。恐らくこれから帰ってからも荒れまくるぞ、と独り暗い未来についてひたすら悲観した。

馬車が平坦な道をカタカタと一定のスピードでクロフォード邸までひた走る。街灯も一本もない道に馬車のランタンの光だけが蛍のようにぼぉーっと浮かんでいる。もう屋敷の光が見えてきた辺りでミラーノが、大きく伸びをしてが起きた。

「うーん、っツ。痛ぁ。あの男本気で体重入れて打ち込んだわね。とんでもない野蛮人。ほんっと最低・・・・・・ここは?」

「馬車の中ですよ、ミラーノ様。わたしが王都中を駆け回ってようやく探しました」

「うああぁビックリした。何で・・・・・・というかロイはどこ?」

「ですからわたしが探したんですよ。ロイならそこに。それともうすぐお屋敷に着きますので言葉遣いも改めてください」

さりげに人の手柄を横取りして吹聴する。だがそんなことでは引き下がらないのがミラーノだ。確か自分は市場で厄介ごとに巻き込まれて変な大柄な男に殴り倒されたはずだ。傷があるわけではないが確かに痛みが残っている。ロイだって今ようやく意識を取り戻したばっかりだ。何かがおかしい。そう思ってミラーノはもっと詰め寄る。

「真、ホントのこと話してくれる。あたしたちどこにいたの?」

真は心の中で舌打ちをした。このガキ意外にも鋭い。しかしそれがわずかに顔に出たようだ。ミラーノは更に鋭い目つきで問い詰める。

「近くに変なデカい男はいなかった?いたでしょ?そいつどうしたの?倒した、捕まえた?それとも警官に突き出した?」

「デカいではなく大きいですよ、言葉に気を付けてください」

適当なことを言ってこうなりゃ屋敷まで誤魔化し続けてやる。このままベラベラ喋ったらクロフォードに何を言い出すかわからない。一応ジョーは殺したことになってるんだから。ここでようやくロイが2人の会話に触発されるようにして起きた。こっちはミラーノより荒っぽく拳で一撃を後頭部に加えられて若干腫れ上がっている。しきりに手でその違和感を確認する。ミラーノもそっちに気を取られたようで一旦話が中断された。

「あれ、僕はどうしてこんなところに確か・・・・」

「ロイ、お前はとんでもないことをしてくれたな」

ここで真がさも総てを知っていてロイが悪事を犯したかのように語り出す。

「いいか、クロフォード様の許可も得ずにミラーノ様を連れ出して、その上店で寝込むなんて言語道断だ!わたしが見つけなければ今頃どうなっていたか?大変な危険に晒していたんだぞ!」

気絶していたのをいいことにあることないこと総て自分にとって都合がいいように真はまくし立てる。直属のボスである真に厳しく叱責されてロイはシュンとなる。だがどうしても納得がいかなそうにしきりに後頭部を撫でる。そこにある傷は一体何なんだとでも言うように。それにまだミラーノが納得していない。ジトっと明らかに猜疑に満ち満ちた瞳を真に向ける。

「その店って何よ?ロイが疲れ切ってあたしの警護をサボって寝てたみたいに言ったわね?一体どこでロイがどんな不真面目なことをしたって言うの?それ本気で言ってるの?」

「もちろんですよ。そんなつまらない嘘なんてつきません」

内心冷汗まみれで真はうそぶく。今必死にギリギリ怪しくないラインの嘘を創り上げている。だがミラーノが納得するかは五分だ。

「そう、それならその店の場所を教えてくれるかしら?」

真が答えようと思った瞬間馬車が軽く前後して停止した。屋敷に着いたらしい。話を強制的に終わらせる機会を手に入れることが出来た半面、いよいよあの男の前に立って最期の審判の申し開きをしなければならない。真は急いで降りると馬車の足元から備え付けの補助階段を取り出しミラーノが降りやすいように足元を整える。ミラーノは足音も荒く駆け下りロイがその後にこの後に続く説教でどれほど自分が責任を被せられるのかと、憂鬱の沼に嵌ったような顔をしている。ロイの背中をポンポンと軽く叩いて慰めると、真は御者に馬を馬小屋に戻すように指示を出して本館の巨大な門まで先導した。ドアノッカーを2、3度叩くと若い女の使用人がすぐにドアを開けてミラーノを真っ先に迎え入れる。イナゴが群がる様にあっという間にミラーノの姿が見えなくなった。ソローっとこの騒動に紛れていなくなろうとしたロイの首根っこをグイっと真は掴んで無情に一言告げる。

「どこ行く?あぁ、上しかないよな??」

首をグイっと上げて上階を指し示す。勝手やった責任は最低限取ってもらう。地獄の門はもう開いているんだ。真はロイを上に連れて行く。まるで刑務官のようだ。ただしただの刑務官じゃない。死刑囚の護送係だ。何も話すこともなくクロフォードの部屋まで引っ張っていく。楽しいはずもない。何て言ったってさっきまでジョーのせいで大激怒していた男だ。あまりいい方向に話が進む気がしない。階段をゴツゴツと足音を響かせて上るり、廊下を歩き、執務室のドアの目の前に立ち止まり軽くノックする。

「失礼します。真ですがロイをお連れしました」

入れ、と短く命令を受けてドアを引く。部屋の中はすっかり片付いている。あれだけ派手にひっくり返された机も椅子ももう綺麗に整えられていて、部屋中を舞った書類の山も整然と元の位置に積み上げられている。ただし特注のソファーだけはまだ修復されずに形が歪なままだった。奥の机の書類の山から手を振っている姿が見える。存外機嫌も収まったのかもしれない。軽く安堵のため息が2人の口から洩れた。2人が近づくとクロフォードは立ち上がってソファーに座るよう指で促した。真たちが腰かけたのを見てクロフォードは手元のペンを机の上に置くとゆっくり歩み寄って話し始めた。

「ご苦労だった真。ここまで早く2人を届けてくれるなんてやはり素晴らしい。感謝する」

真はかしこまってお辞儀する。それに合わせて慌ててロイも頭を下げた。自分には一体どのような審判が下されるのか?普段ならミラーノが一方的にロイを連れ出していることを分かっているのでそれほど強烈には言われないが今回はどうなるか分からない。額を一筋の汗が流れ落ちた。

「ロイ、ミラーノにまた連れ出されたのだろう?毎度の事とはいえこれ以上困る。今は君も分かっているとは思うが非常に大切な時期だ」

ため息交じりでクロフォードが言った。口調は柔らかいがロイにとって最もこたえることをしれっと言われてしまった。ぐうの音も出ないくらい疲れとプレッシャーで落ち込んだロイに出来ることはただか細いことで謝ることくらいだ。丁度その時部屋のドアをノックしてメイドが 1人ティーポットとカップを持って入って来た。熱い液体がカップに注がれ芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。クロフォードは上品にカップを手に取って匂いを確かめるように嗅いで一気にすすった。そしてクロフォードは徐に口を開いて更にロイを追い込む話を始める。

「大切な話がある。勿論ミラーノにも伝えるつもりだが、式の日取りが決まった。真、準備を進めてくれ」

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