第7話

「へー、それじゃ2人で組んで手玉に取ったのか?クロフォードのクズを」

ブライアントが感嘆の声を上げる。ジロっとマスターが睨んできたがお構いなしだ。確かに会話は総て普通話ではなく南部の言葉でやっている。理解できない言葉で盛り上がられては確かに気分が悪いだけかもしれない。

「畜生、俺がその場にいたら確実に奴を殺してやったぜ。勿体ない」

「バーカ、そんなことしたら今頃俺もお前も、あいつも残らず」

そう言って首元を人差し指で横に一閃する。

「だけどどうしてそんな無理してきわどいことをしたんだ?わざわざあいつの部屋に入った意味は何だ?」

「こいつさ」

そう言って胸元から小さな封筒を取り出す。表には何も書かれていない。裏をめくると封筒の口元はクロフォードの命令印である大鷹の刻印で閉じられている。

「何だよ?ただの封筒か?」

口に出したことをそのまま呟くとバカでも見るような目つきで睨まれた。

「んなわけねーだろ。白紙委任状だ。これがあればこの国のどの基地でも入り放題。それがあいつの部屋にあったわけだ。そのデカい机の上にな」

「だけど何でそんなもん欲しがるんだ?意味が分からない」

「・・・・あいつがここに来るときに聞いてみたらいい」

「え、それじゃ迎えに来るって言ってたのは真だったのか?」

そう言うと一気に不機嫌そうな顔になるジョー。どうやらそれほど単純に話が進んだわけでもないらしい。聞くのが怖かったのでこれ以上は突っ込むことをブライアントは止めた。

すると隅の方でカサカサと小さな音がしたのでそっちを見るととんでもない大きさの黒い奴がいた。

「嘘だろ、奴がいるよ」

「奴?」

怪訝そうな顔をしてジョーがブライアントの視線の先を追う。そして見つけてしまった。

「奴だ・・・・・・」

一言だけ言って言葉を失った。奴はカサカサと黒いからだを揺らして暗闇に溶け込んでいった。それを言葉を失って2人でずっと見続けているしかなかった。さっきまで旨そうに飲んでいたジンも、泥水でうがいした気分だ。

「俺、結構飲んじまったよ」

「俺もだ。外で吐いてこようかな」

しかしそうも言っていられなかった。間もなく真が到着したのだ。見知った感じで入り口を開けてマスターにウィスキーを注文する。そして2人の正面に座る。

「よろしく、ジョーから聞いていると思うが俺が真だ。クロフォードの家で執事をしている」

そう言って手を差し出す。ブライアントはそう手をガッシリ掴んで応える。マスターがウィスキーを持ってくるとコップを3つ頼んだ。そしてそれぞれに均等に注ぐ。

「Please have a drink. I will treat you for it」

(飲んでくれ、俺のおごりだ)

これには流石に2人とも驚いた。だが決して飲み物には口をつけない。

「Can you speak it?」

(喋れるのか?)

「A bit」

(少しな)

真は親指と人差し指で小さな隙間を作って見せた。そしてようやく頼んでおいた2人が届けられているのに気が付いた。

「おい、もしかして気絶してるのか?一体何をしたんだ、生きてるんだろうな?」

ぐったりと椅子にもたれかけている2人を見て心配になって真は思わず尋ねた。ジョーは2人を一瞥して適当に答えた。

「まぁ多分な。無傷で、とは言われてないし。それにお前に頼まれた通りクロフォードの伝言も添えておいたぜ。問題ねーだろ?」

「それにしても正直あんたがジョーみたいな感じの人間で安心したよ。もしこの国の一般的な人間みたいだったらやっていける気がしなかった」

「そーだな。まぁ普通に考えて俺がまともだったらそのそもクロフォードに逆らおうとは考えないよ」

当然だと言わんばかりの口ぶりだ。そこにジョーが口を挟む。

「まともじゃないと言えば俺にはまだ理解できないんだがどうしてこの国の人間はブライアントたちに対してこうまで極端な敵意を持ってるんだ?」

「うん?あぁその話か。説明を受けたところで俺たちみたいな部外者には理解は出来ても納得できるものじゃないぞ」

「そもそもこの国に来てから何か納得できたものなんてなかったからな」

大体ジョーはここに自分がいるという現実が一番納得できない。ホントに今更だ。

「あいつらが殺しまくる理由か。まぁ簡単に話すと国土復興運動とでも言うべきかな」

「国土復興?どういうことだ?南部の問題ってやつか?」

「まぁな。奴らに言わせれば大昔に遡るらしい。その頃はこの大陸総て自分たちの元にあった。ところがそこに何時からか黒い獣たちがやってきて占領していった。だからその南部の大地を、奴ら“失われた大地”と呼んでる場所を取り返す。その為にはそこに住んでいる黒い悪魔を皆殺しにして焼き捨てるべきだ、っていうのが超過激派の考え方だったんだ」

過去形を強調してかいつまんだ説明をする。しかしということは現在は違うのか?

「それじゃ今は違うって言うのか?」

「イエス、そんなイカレた論理を信じてたのは、少なくとも表面的には一部だったんだ」

ブライアントは黒い顔を更に暗くして続ける。それが何とも言えず不憫だ。

「あいつらは神によって自分たちは選ばれているって主張し続けていた。どうして肌の色が違うと思う?奴らに言わせれば黒は呪われていて白は祝福を受けているんだとよ」

「だから、だから、この祝福された大地から総ての悪魔たちを抹消しなければならない。そうはっきり言ってる」

「・・・・・・・・イカレてるとしか言えねーな。それをみんな本気で信じてるのかよ?」

「今現在は国民にそこまで浸透してるとは言い切れない。だが、過激派の波は確実に広がってきている。それにそれ以外の政治的流れが大きい」

「この国の政治制度は意外と複雑なものがある。確かにテクススには王がいる。だが、その下には数多くのそれぞれ独自の領地を持った大小様々な貴族たちがひしめき合っている。さらにその下には領地の農民が、首都には王の直接の支配を受ける住民がいるんだ。しかし、その支配は必ずしも一方的なものじゃない。民衆の支持を失えば、特にこの王都では民衆の支持を失った王が過去数度世代交代を迫られて強制的に貴族たちの手で降ろされている。そして現王は失政続きでは実権はほとんど4大貴族たちに移っている」

「そしてその内の1人がクロフォードか」

答えが理解できたジョーは後を続けた。戦争を引き起こした指導者、何に突き動かされているかは定かではないが、明らかに妄信的だ。

「失政が続いた内政の不満を反らし、自身も反動的な考え方に沿って虐殺を指示する。正に最悪のスパイラルだな。ただ」

と一瞬真が迷った顔をする。それを見逃さずジョーはどうした、と質者を重ねた。

「どうしてあれほど狂信的に毛嫌いするのか、そこが理解できない。クロフォードの過去に一体何が起こっているのかがな。それが分からない以上もしかしたら単なるあいつ個人の我が儘に国が2つかき回されているという滑稽な構造だってありえる」

「The root of the hate」

(憎悪の根幹か)

3人に三様の沈黙が生まれる。だが考えている内容はみんな同じだ。

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