第6話
首都から相応に離れた郊外の一角、といっても城が1つ収まるくらいの面積の土地全体がファーマー家の広大な敷地だった。敷地の中には川が流れるほど大きく、木々が生い茂る森まである。さらに馬の調教場所や、巨大な屋敷、そして敷地のいたるところになんと歩き疲れたときに休むための東屋まである。その広大な敷地を、所有者であるクロフォードがゆっくりと散歩している。日が適度に差す昼下がり、誰もが思わず欠伸をして顔を緩めてしまう天気の中、豊かな金髪を掻き上げるとその髪に日光が乱反射する。
「いい天気だな。それをこんな素晴らしい自然の中で味わえるとはあんなクズのような父親からも引き継いでよかったものがあったんだと気づかされる」
川沿いを歩くと方々に水鳥が見える。遠くには白鳥らしき白い影が見えた。
「そろそろ一番厄介な問題を片付けるべきだろうな。あのじゃじゃ馬さんにも理解してもらうべきだ、今の立場というものを」
クロフォードはひとりごちる。彼の頭の中にあるのは自分の唯一の妹であり今最も扱いに困っているミラーノのことだ。小さなころからだったがどうにも自分が思う理想像に年を取るにつれて反比例してかけ離れていく。これでは貴族連中との婚約の話も進むものも進まない。しばらく無言で考えていると急に鋭い水鳥の警戒音が耳に入った。今までほとんど聞いたことがない音で咄嗟にクロフォードは侵入者か猛獣が入ったのかと辺りを見回し警戒する。10メートルほど向うの水面が妙に激しく揺らいでいる。目を凝らすとそこには黒い長い流木が浮かんでいた。何だあれに驚いていたのかと若干興ざめを感じた。クロフォードは顔を背け視線を外す。だが、次の瞬間自分が見間違いをしていることに気が付き二度見した。流木だと思っていたものの正体は人間だった。好奇心が湧いたクロフォードは近寄る。
身なりからして浮浪者が紛れ込んだという感じではない。髪の毛も髭も目立つほど伸びていてはいないし、服もつぎはぎや破れ目は見られない。ただ、ショートパンツと七分丈のジャケットというテクススではほとんど見られないその恰好は目を引いた。
「一体どこから入ったというんだ?ここはそこまで警備が甘い場所ではないのに・・・・」
広い邸内の隅の方ならまだしも、ここはまだ屋敷の本館から視認できる程度の距離だ。むやみに近寄ろうものならとっくに警備兵に捕縛されていてもおかしくはない。水に流されてきたにしてもクロフォードが発見した位置は自分がいた場所より下流だ。これでは説明がつかない。取りあえず岸に引き上げるために懐からリボルバー拳銃を取り出し空に向かって発射する。ダーンと快音を響かせて、執事に用事がある旨を伝えた。
5分もせずに執事の1人がやって来た。流石に顔色一つ変えず汗も見せない辺りは素晴らしいとしか言いようがない。だが、そんな冷静沈着な男さえ目の前の光景の異様さには思わず目を見開いた。
「遅くなりまして申し訳ございません、ご主人様。一体どのような御用件でしょうか?」
「あぁ、真。これを見て何か思うことがあったら遠慮せず言ってくれ。どう思う?」
そう言って岸に何とか引き上げた巨体を指さす。一瞬真は何を言われているか理解できなかった。しかし、よくよく見れば何を言いたいのか理解できる。顔だ。この死体の顔と自分の顔が同系統というか、少なくともこの国では見かけないそれなのだ。だが、それ以上にまだまだ言いたいことがあるのだろう。一切無駄口を挟まずクロフォードが話を続けるのを待った。
「さっきわたしが自力で引き上げた。だが、問題はそこにない。この男が普通の浮浪者なら警備上の責任をそれ相応問いただせばいい。だが、分かるな?この顔に思いたるところはあるか?」
「いえ、申し訳ございませんが全く」
「そうか、ならいいがな・・・・。正直それだけでも呼び出す気は無かった。だが、この男どうにもおかしいのだ。それでお前が我が屋敷に初めて訪れたときのことを思い出してな」
「といいますと?」
「分からないか?お前は前の夜が酷い嵐の日にやって来た。そして、朝、屋敷の門の前に倒れていたところをわたしの父が発見している。だが、人が飛ばされてくるなどほとんど考えられない。しかし、現にお前はそうやってわたしの前に現れた。この男にしてもそうだ。さっきまで何もなかった水上に唐突に現れたんだ。だからそこも共通していると言えるな」
「しかし、わたしには・・・・・・・・」
そう真が切り返すと、分かっていると頭を振ってクロフォードは遮る。
「分かっている。お前がどうこうという話ではない。ただ少し調べたいことがある。この死体、執務室まで運んでおいてくれ」
そう言ってクロフォードは真が用意してきた2頭の馬の内片方に乗って先に屋敷の方へと戻っていき、真は残った死体を鞍に載せると馬の手綱を引っ張って後に続く。
それから20分後、クロフォードの執務室の床の上にはさっきの死体が仰向けで転がっていた。普通ならこんな死体川に流してしまえばいい。だが、クロフォードにはそうしたくない訳があった。さっき川から引き上げたとき明らかに不自然な重みを腰回りに感じた。その時は確認しなかったが今上のジャケットをめくると腰の周りにガンホルダーが帯のように巻き付いている。当然中には拳銃が装着されている。この男が一般人でないというのにこれ以上の証拠はない。クロフォードはその拳銃を抜き取り手に取ると更なる違和感に度肝を抜かれた。こいつが所持していたのは軍の最新式のリボルバーの制式拳銃でさえなかった。いや、この世に存在するはずがない機構が備わっている。一体この男は何者なんだ?益々疑問が頭をもたげた。この王国に存在するはずがないテクノロジーの塊を引っ提げて、その上信じられない方法で自分の眼前に現れた。クロフォードは言葉を失いながらも他に何らかの手掛かりが無いかと舐めるように体の天辺から底辺までを確認する。すると、左ポケットだけ妙に膨らんでいるのが分かった。今度は一体何が出るんだ?そう思って少し興奮して近づき手を伸ばした。そして次の瞬間クロフォードの世界は上下反転した。
「・・・・・・どこだここ?てめーはなんだ?何故俺の服に手を掛ける?泥棒か?」
誰がそんなもの欲しがるかと反駁しようとしたが綺麗に床に叩きつけられて、首元をしっかりホールドされていると空気が確保できず陸の魚のようにバクバクと口を開閉するしかなかった。なおも死体だった男は体重をかけクロフォードを押しつぶし、体の自由を奪う。
「あぁ?はっきり喋れ、声が聞きづれぇ・・・・名前は?」
とても喋れたものじゃない。だが、相手はその対応にかなりの不快感を表した。
「早くしろ!!殺すぞ!」
「クロフォード、クロフォードだ」
「そうか、じゃ次だ。ここは?」
「テクススおう、こくだ。ここは王都よ、り、西南に二十キロ、わが屋敷の敷地内・・・・もう少しその腕を首から緩めてくれ、話せない」
そこまでを一気に言い切った。これ以上は息が持たない。相手は一向に力を弱めない。あまりの苦しさに抑えている手に爪を食い込ませたが微動だにしない。
「このまま死んじまうか?」
絶望的な顔が相手の目にはっきりと伝わったようだ。急に力が緩まる。カラカラと笑って悪びれもなくこう言い放った
「ははは、冗談だ、冗談。おら立てよ」
「しょうがねーな、いいぜ、おら」
「げふげふげふ、ごほほほ、はぁはぁ」
「はき終わったら次の問いに答えろ何故俺の服に手を掛けた?」
「それは・・・・・・・・」
そう言ってクロフォードは下を向く。傍目にから見たら怯えて視線を下げた様に映るが、クロフォードは違う。さっきの一撃で取り落とした拳銃の位置を探していた。運よく思い切り飛び込んで体を伸ばせば届く位置に転がっている。少しだけ目線を上げて相手がそのことに気が付いていないことを確認するとバっと大胆に虚を突いて飛び出した。
「動くな!そこでおとなしくして今までの無礼を悔いろ、この下等生物め」
銃口を向けて相手を威嚇した。一瞬だけ相手は驚いた表情になったがすぐにそれを顔の奥に引っ込めて余裕のある若干バカにした目つきでクロフォードを見据える。
「はぁ?」
「その見せ掛けだけの不快な態度を態度今すぐやめろ!」
もう1度しっかりと銃を構えなおして凄んだ。自分の方が圧倒的有利な状況で全く、芝居では不可能なレベルで、恐怖を表さない目の前の男が理解できなかった。
「拳銃を持ってもう勝った気か?」
核心を衝いた問いかけに思わずたじろいだが、それと同時に疑問も口を吐いた。
「やはりか。なぜこんなものを持っている。軍でさえ保有していないようなものをどうやって?やはり貴様民間人ではないな?」
「ははははははははっっっっっっ、」
堪えきれず思わず笑いだした風に口元を押さえて気違いのように高笑いをする。そしてその笑いは止まらないどころか益々大きくなった。
「何を笑う?この薄汚い下等種が!」
「よせよ、ふ、そんなんじゃ殺せやしねーよ」
まだ笑いが収まらないのか喋っている間にも時々吹き出しそうになっている。その姿に完全にブチ切れたクロフォードが本気で躊躇せず引き金を引いた。
いや、正しくは引けなかった。引こうにもカチンと小さな音を立てるばかりで一向に動かない。イライラと焦りが一気に噴出して何度も何度も小さな子供が玩具に怒りをぶつけるように力任せに銃を引こうとする。そのクロフォードに男は余裕で近づく。しかしまだそのことにすら気が付いていない。男はクロフォードの手を上から思い切りはたく。あっという声を上げて反射的に拳銃を取り落としてしまった。それが床に激突する前に男はギリギリで身を屈めてキャッチする。
「あぶねー、おい暴発したらどうするんだよ?ったく、お前の考え違いを少し直してやるよ」
「考え違い、だと・・・・・・?」
「あぁ、まず第一に俺はお前の言うところの民間人じゃない。確かに高貴な人間じゃないが、この国の国民でもない。だから軍やそれ以外のことも知らない」
「何をバカげたことを・・・・死にぞこないが」
ジリジリと後ろに下がりながらもクロフォードは言い返した。
「それは正しいな。確かに死にぞこないか、悪くねぇ」
考え込むようにして銃を下げるとホルダーの中に戻す。結局ただの飾りだったのか?クロフォードアはその一瞬の隙を突いて今度は執務用の机まで走り込み、机上の呼び鈴をつかみ取ると思いきり数回鳴らした。屋敷中にその高音が響き渡る
「おいおいおい、まじかよ、てめー」
「お前のような図体ばかりデカい男にはちょうどいい仕置きを用意してやる。余裕でいられるのは今の内だ。屋敷中から警備の者がやって来る」
今度は嫌に自信満々だった。だが、相手は相変わらず余裕をかました薄ら笑いを浮かべている。まるでまた失敗するのが見えているんだと言わんばかりだ。だが、今度の賭けはクロフォードが成功したようだった。急いで駆け込んできたのはさっき死体を部屋まで運び込んだ張本人、真だった。その上真は右手にリボルバーを持っている。これがクロフォードが自信満々だった理由だ。後ろには続々と他の使用人たちが詰めかける。これで一気に形成逆転。逃げ場がない。
「よく来た真!さぁ撃ち殺せ」
男の背後に立っている真、そしてクロフォードの目の前にいる男、そして一番奥のクロフォード。そんな構図の中、徐に男が左手を上げた。手の中にはさっきクロフォードから奪い取った発砲できない銃がある。
「何を馬鹿なことを・・・・・・」
最期の悪あがきにしてはあまりにも情けない。それをバカにして笑ったつもりだった。だが、目の前の男の口元から消えない余裕の笑みに目を奪われた。口元からはホントにそうか?とそうはっきり読み取れた。それがこの男の余裕の正体なのか?だが、現にさっきは撃てなかった・・・・・・はったりか?だが、その一言で片づけられるか?こいつは死んだと思って死んでなかった。訳のわからないものを持って、訳のわからない方法でここに来て自分の前に立っている。想定できない。圧倒的に有利と思っているこの状況もただの思い込みに過ぎないのか?考えれば考えるほど深みにはまり足を取られる。
「はったりだ!撃て!!」
自分自身に言い聞かせるように叫んだ。だが、その声に反応したのは並み居る使用人たちでも、真でもない。目の前の男だ。そして、迷いないその指で引き金を引いた。次に瞬間、クロフォードは自分のすぐ顔の横を死が通り過ぎるのを感じた。
「下ろさせろ」
短く一言クロフォードに向かって男は命じる。クロフォードは後ろにいる真に目線で合図を送って銃を下げさせる。真はゆっくりと銃を下げて床にカシャンと置きジョーに向かって床を滑らせて渡す。すると、ジョーはゆっくり振り返り足でそれをしっかり受け止める。
「ふん、調子に乗りやがって。いいか、お前たちに俺が捕まるわけがない!そこから退け」
後ろに少しずつ下がる一同を尻目にクロフォードは足を忍ばせて執務用の机に手を掛ける。書類が大量に乗っている上にマボガニー製で重厚な作りのそれはかなりの重量がある。全力を振り絞ってそれを奥に、つまり男の方に向かって押し倒す。書類が大量に宙を舞い、凄まじい音で床と机が接触する。それに驚いた男は反射的に後ろを振り返る。それに呼応して今度は真が猛スピードで距離を詰めて男が銃を構える前に腰のあたりにタックルした。スピードが乗り的確な位置に衝撃を加えられて今度は男がバランスを崩し、巨体が床にぶつかる。上から真が体重を加え抑えつけることに成功すると、一気に他の使用人が雪崩れ込んできてある者はクロフォードに駆け寄りある者は真に手を貸す。
「そいつ、今すぐ殺せ!!早くしろ!どうした?嫌ならわたしがやる、銃を!」
かなり興奮したクロフォードががなり立てる。だが、誰も拳銃を持っていないし、行動にも出ない。イラついているクロフォードに一言真が的確なツッコミを入れた。
「ここでですか?」
周りを冷静になって見直して合点がいった。つまりこの室内、それも私室で殺すのか?ということだ。要するに死体処理が半端なく大変になる。こびり付いた脳と血糊を想像して別な意味で悪寒がしたクロフォードは両手を振って指示を下す。
「いや、いい。真お前が片付けろ。死体も見せる必要はない。バラバラにして川にでも流せ。ただし下流にしろ。間違ってもわたしが行きそうなところに流すなよ?!」
そう言って部屋から連れ出させると部屋の片づけを使用人たちにさせる。散らかった床を見ると妙に疲れる。1丁の漆黒の拳銃が転がっているのを発見して手に取った。クロフォードは再び銃を握り窓に向かって引き金を引く。しかし、相変わらずの硬さだった。
真は自分の後ろにゾロゾロ続いて来る使用人たちに持ち場に戻る様に指示を出した。そして屋敷を出ると縄で後ろ手に縛り敷地内を、男を押しながら歩き出す。クロフォードに言われた通り屋敷からはかなり離れた川岸まで引っ張っていく。そして懐から自分の拳銃を抜き出して相手の頭に突き付ける。
「終わりだ。まぁ恨みはないが運が悪かったな。悔やむなら自分の不運を悔め」
お決まりにセリフを言いながらカチンと撃鉄を起こす。男は相変わらず笑って言い返した。
「おい、ジョークはよせ。とっととこの縄を解け、真」
親し気に名前を呼ばれてフンっとこっちも笑い縄目にナイフを当てて上下に揺すりながら切り落としていく。
「何だよ、つまんねーな。少しくらい付き合えよ、ジョー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます