第5話

その場を離れたもののただでさえ大柄で目立つ2人組だ。その上片方はあまり見かけない容姿をしているし、もう一方は完全になりが奴隷だ。道行く人の多くが振り返る。その上2人が抱えているものがよろしくない。

「おい、俺たちこれからどこに向かうんだ?」

奴隷の方が尋ねる。流石にこの数の視線は居た堪れない。早いとここの2人をどこかに置いておさらばしたいところだ。

「あぁ、近くのバーで待ち合わせてる。もうすぐだ。それより聞き忘れていたんだが、お前の名前、なんだ?」

「そう言えば教えていなかったな。俺の名前はブライアント、ブライアント・ジャックだ。出身は南部のリッジマンデ。知ってるか?」

「いや、正直お前の見立て通り俺はこの国のことを殆ど知らない。あ、次の角を左折な。それにしても随分酷い扱いだったよな。それを誰も止めようともしない。一体どんな国なんだここは?」

その質問はブライアントの琴線に触れたようだ。苦々し気に口元を歪めて呪詛を吐くように一語一語を絞り出す。

「この国、テクスス王国はこの世界、地上で最悪の差別国家の1つだ。もともとはそこまででもなかったんだけどな。ジョンっていう無能な国王が治めているせいもあってその部下の貴族たちがやりたい放題だ。それで俺たちが住んでいる南の土地の領有をめぐって小競り合いを仕掛けてきた。それで済むはずだと、今まではそれで済んでた。だけど、その流れが最近大きく、それも悪い方に変わっていった」

そこまで語り終えただけでも相当苦しそうだ。今も思い出したくないことが多々あるのだろう。だが、何も知らない自分にとっては両方の言い分を聞いておきたい。少々酷だが、無言で続きを聞かせるように男は圧力をかける。それを察したブライアントは話を続ける。

「・・・・いきなり大量の男たちが俺たちの街にやってきた。軍事訓練を受けていたのは動きからでも分かった。無軌道な被害に見えて集団の統率は完璧に取れていた。奴ら俺の同胞をたくさん殺した。総てを燃やして、女を犯して、子供や若者を連れ去って奴隷として売り捌いた。俺たちにはその行動が我慢出来なかった。報復として南方に住んでいた王国の人間を殺してやった。そしたら中央の奴らは俺たちが反乱を起こしたんだと決めつけて国民にそれを大げさに、大々的に報じて民意を戦争へと一気に傾けてきた」

「それでその戦闘が今も続いているってことか?」

「そうだ。だが最初に仕掛けてきたのは奴らだ。俺たちは軍隊を組織して独立を勝ち取るための行動に切り替えた。そしてこのテクスス王国に多くのスパイを送り込んだ。お前にだから喋るが俺もその1人だ。それで、わかったことがあった。あの時の惨劇を陰で操っていた。そして民意を戦争に傾けさせるために強力にプロパガンダを実施した男の存在を掴んだんだ」

男は黙ったまま聞いていた。この先に続く答えは大体想像がついた。恐らく自分がついさっき会ってきた男だろう。ブライアントは一語一語に万感の殺意を込めて言う。

「クロフォード・ファーマーという男だ。テクススの数多くいる貴族たちのカーストの再頂点にいる。そして主戦派の最右翼。奴が兵士を民間人になりすまさせ暴動を起こさせ、俺たちの反乱を煽り、国民を戦争賛成へと焚きつけている。戦争が開始されてから1年ほど軍需に国の予算の多くを投入し続けている。しかも、あいつの目的はリッジマンデを制圧して支配下に編入することじゃない。あの国の人間総てを根絶やしにして殺してしまうことが目的なんだ」

ブライアントは自分言ったことにさえ腹を立てていた。だがその気持ちは痛いほど分かる。確かに狂気的とも言える戦争奴隷に対する虐待だった。だが、それは決してクロフォードが一代だけで積み上げたものでもない。長い間の両者の確執の産物だ。国民もどこかで南部を見下していたのだろう。

「・・・・・・おっと、ここここ。着いたぜ」

目的のバーは首都の中でも庶民的な飲み屋が密集する地区だった。ボロイ外装のバーで今にもずれ落ちてきそうな看板には「酔っ払い魔法使い亭」と書かれている。自分の胸元くらいまでしか高さがない引き戸から見た中には魔法使いというよりホームレスのような酔っ払いが数名酔いつぶれている。男が先にドアを開けるとカランと乾いた金属音がして奥からこれまた無精ひげが酷いマスターが出てきてぶっきらぼうに席を指し示した。

「注文は?」

ロイとミラーノを椅子の上において席に着くとマスターが低くて無愛想な声で尋ねる。

「ジンのロック2つだ」

男が答えるとマスターは少し怪訝そうな、そして馬鹿にしたような顔をして聞き返す。

「それにも、やるのか?」

顎でチラっとだけブライアントをさす。男が無言で再び頷き返すとマスターは両手を振ってお優しいこった、こんな動物みたいのにと言ってカウンターに戻っていった。

「Don’t get mad」(怒るなよ)

「Yeah, I’m already used to it」(大丈夫だ、もう慣れてるよ)

悲しそうな顔1つ見せずにブライアントは首を竦める。

「それより今度はお前の話を聞きたい。手伝ったら教えてくれるって約束だったろ」

そうブライアントが話しかけるとあぁそうだったと思いだしたような顔をして相手は要望に応える。

「俺のことはまぁ細かく説明できないところもあるが、取りあえず名前からだな。俺はジョー。まぁジョーとだけ呼んでくれ。それじゃ迎えが来るまで暫く俺のことについて話そうか」

そう言ってジョーはゆっくり自分の話をし始めた。

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