第三章 白鳥

第1話 レオナルド王子の縁談

イオニア王国の長き内戦が終わり、エドモンド王が即位して一年が経った。前年の秋の収穫は、精霊使い達が各地で頑張ったお蔭で豊作だった。北部の復興支援に廻っていたサリンジャーなども、冬には一旦はシェフィールドの水晶宮に帰ってきたが、春の訪れと共にまた北部へと旅立った。


 シェフィールドは復興目覚ましく、この秋からは正式に社交界も開かれる。そこで問題が巻き起こっているのだ。社交界を牛耳るべき王妃がいない。初老とは言えハンサムなエドモンド王には、何人もの候補者が秋波を送っているが、年も年だし、内戦中に亡くなった妻以外を配偶者にはしたくないと考えている。しかし、息子のレオナルドには妻が必要だと頭を悩ます。


「父上、そんなに簡単には決められませんよ」



 周囲が結婚を急かせるが、レオナルドは生涯の伴侶のみらず、将来のイオニア王国の王妃になる女性に相応しい女性を選ぶのに慎重になっていた。


「まさか……女性に興味が無いのか?」


 ダークブロンドに緑色の瞳のレオナルドは、文武に優れているし、誰が見ても美丈夫だ。多感な十代、二十代は内戦で終わり、30歳前の今は結婚適齢期だ。父親のエドモンドは、姉のエミリアが無理やり側室にされた件で、レオナルドが心に重い傷を負ったのではと心配する。


「違います! 私だって綺麗な女性は好きです。しかし、あれほど積極的になられると、少し……」


 レオナルドの溜め息に、父親のエドモンドも同調する。初老の男やもめにも貴婦人達のアプローチは絶えないのだ。綺麗なご婦人は好きだが、あまりに強引に迫られると、うんざりしてしまう。


「それより、ジュリアの相手を選びましょう! 巫女姫を利用しようと考えているだけの相手とは結婚させたくありません」


 自分の結婚の話題から露骨に話を変えた息子に苦笑する。


「お前がそんな心配をしなくても、ゲチスバーモンド伯爵夫妻が変な男など近づけたりしないさ」と言うものの、可愛い孫娘を思い出すだけで、エドモンド王の顔はにやける。


「ジュリアもこの秋には社交界にデビューするのですよね。くだらない男に騙されないようにしないと!」


 シスターコンプレックス気味だったレオナルドは、可愛い姪っ子に夢中だが、自分もそろそろ身を固めなくてはいけないのだ。


「そうだな、ジュリアの監督がてら、お前もパーティへ出かけて行くがよい」


 長かった内戦が終わり、一年たってシェフィールドにも華やかさが戻ってきた。この秋からは、社交界も復活するのだ。若い頃から、戦場ばかりでダンスなど苦手なレオナルドは、父上の言葉に眉を顰めたが、いずれは結婚しなくてはいけないと覚悟している。


「そうですね、ジュリアをエスコートしてパーティに出かけようかな? 令嬢達にジュリアを紹介することもできますし」


 隣国のルキアス王国で育ったジュリアには、同じ年頃の令嬢の友だちもいない。この一年は、水晶宮で修行ばかりしていると、エドモンド王とレオナルド王子はあまり会えないのを不満に感じていた。


「グローリア伯爵夫人は、ジュリアを囲いこんで離そうとしない。王宮へもう少し寄越して欲しいのに……まぁ、巫女姫としての修行も大切なのだろうが……夏は離宮で一緒に過ごそうと言ったのに、緑蔭城で領地の管理の勉強もしたいと断られてしまった」


 愚痴を言い出した父上に、レオナルドは肩を竦める。自身も首都シェフィールドを離れて、南部で海水浴でもしたいぐらいなのだ。


「緑蔭城かぁ! 彼処は釣りも楽しめるのだけど……まぁ、そうは言ってられませんね」


 ギロリと睨みつけられて、支持して貰いたい貴族達を離宮で接待すると約束する。そうこうしている内に、王宮の官僚が恭しく書簡を持って来た。


「エドモンド王、ルキアス王国のミカエル王から書簡が届いております」


 エドモンド王は、書簡を受け取ると、官僚を下がらせる。ペーパーナイフで封を切って読み始めて、ううむと唸る。


「何か問題でも? ルキアス王国とは友好的な関係だと思っていましたが……」


 エドモンド王は、お前はどう思うか? と息子に書簡を手渡す。


「えっ? ルーファス王子と、ベーカヒル伯爵家のセドリック卿を水晶宮に留学させたい? そう言えば、サリンジャー師が亡命していた時に精霊使いの指導をしたとか言ってましたね」


 何を呑気な事を言っているのだと、父王に睨まれて肩を竦める。


「二人は精霊使いとしての素質は、そんなに大したことはないとサリンジャー師は言ってましたよ。だから、水晶宮で修行しても、我が国に脅威を与えることにはなりません。はい、はい、わかっています。ジュリアを外国になど嫁がせたりはしませんよ。私の友人達を、社交界が再開すれば紹介します」


 エドモンド王は、ジュリアがメイドだった時の伯爵家の若君に会って、妙な気持ちにならなければ良いがと心配した。しかし、隣国の王子の留学を拒否するような非礼はできない。右腕のゲチスバーモンド伯爵と相談しようと呼び出した。

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