第24話 エドモンド王

初夏のある日、シェフィールドにアドルフ王の死亡が報告された。エドモンド公とレオナルド公子は、にわかには信じられなかったが、死体が安置されているラナリスに信頼厚いゲチスバーモンド伯爵を急ぎ向かわせた。


 ラナリスは南部の良港で、ゲチスバーモンド伯爵は何故その様な街にアドルフ王が潜伏していたのか? そして、何故死んだのか? 疑問を持ちつつオルフェン港から航路で急ぐ。


「ラナリスの領主は、パトリック卿に代替わりしていたと思うが……」


 ゲチスバーモンド伯爵は、南部同盟に積極的に参加していなかった上に、一世代下のパトリック卿とはあまり面識がないので、エドモンド公に忠誠を誓っている部下に質問する。


「ええ、パトリック卿はアドルフ王の圧政には不満を持っていましたが、武器を取って戦うより領地の発展に目を向けておられました」


 北部には追っ手がかかると考えて、南部の反乱軍に属していなかったラナリスに逃げたのかと伯爵は唸る。このような中途半端な貴族達がアドルフ王の圧政を続けさせていたのだ。


 航海は順調で、ラナリス港には次の朝には着いた。ゲチスバーモンド伯爵は、パトリック卿に会ってアドルフ王の遺体を受け取り、死亡の経緯を調査する。


「なんですと! アドルフ王を殺害したのは、前の精霊使いの長タニスンだったのですか」


 無能だとか、アドルフ王の圧政の手伝いをしたと悪評の高い精霊使いの長だったが、殺害したと聞いて驚く。


「タニスンは、シェフィールドを早々に逃げ出したみたいですが、追っ手を恐れてラナリス港で外国に逃亡する機会を伺っていたみたいです。アドルフ王も同じ考えで、偶然に出合ったようです。お互いに罵りあい、アドルフ王はタニスンを足蹴にしたり、暴行を働いたみたいですね。それで、タニスンは我慢の限界になったと言ってます」


 ラナリスで出合った二人は、悪縁で結びつけられていたのかと、ゲチスバーモンド伯爵は憎い息子の仇のアドルフ王の遺体を確認すると、捕らわれている犯人に会いに行く。


 ラナリスの牢の階段を降りていくと、なんだか下が騒がしい。


「何事だ!」


 案内してきたパトリック卿は、騒いでいる看守達を問いただす。


「彼奴が首を括っちまったんです」


 領主様にぺこぺこ頭を下げる看守に、腹を立てる。


「彼奴とは! タニスンのことか!」


 頷く看守を押し退けて、牢に向かった。タニスンは、シャツを引き裂いて明かりとりの窓の格子に掛けて首を吊っていた。



「なんだか、やりきれませんね……」


 アドルフ王の遺体を引き取ってシェフィールドに帰りながら、エドモンド公の部下は惨めなタニスンを思い出して溜め息をつく。精霊使いの長としては無能だったが、平和な時代なら田舎で精霊使いとして尊敬を受けていたかもしれないのだ。


「アドルフ王を始末したのは、彼の最後の意地だったのか……」


 自身も精霊使いの能力を持つゲチスバーモンド伯爵は、好意を持てる相手では無かったが、タニスンが何処で道を誤ったのかと、暗い夜の海を見つめた。



 誰からも尊敬を受けてなかったアドルフ王の葬儀を簡単にすませると、シェフィールドは喪があけたような活気に包まれる。


 ノームは張り切って花々を咲かせるし、農地には小麦が青々と育っている。ディアナ川にはウンディーヌが遊び、豊漁が続く。シルフィードは水晶宮の通信塔の周りを飛び、イオニア王国の各地へと手紙を届ける。光の精霊リュミエールは日の光を輝かせ虹が空には何個もかかる。火の精霊は竈でパチパチはぜるし、夜には街を明るく照らす。


「ほら、ジュリア! 綺麗な虹だよ」


 カリースト師と水晶宮の通信塔に上り、リュミエールが作った虹を眺める。エドモンド公の戴冠式には、リュミエールに何十個も虹を作って貰う予定なので、予行演習をしているのだ。


「素敵ですわ! 皆も平和になったのを実感するでしょう」


 カリースト師は、通信塔の周りを飛ぶシルフィード達に手を振って集める。戴冠式の行われる教会から王宮までの道のりに、バラの花びらを撒いて欲しいと頼む。


『バラの花びらは、水晶宮の庭からとっておくれ。くれぐれも王宮の庭のバラを散らさないようになぁ』


 ジュリアも国内の貴族や外国からの祝賀の使者が招かれる王宮の庭の花が無くなっては大変だと笑う。鈴を転がすような笑い声に、精霊達は酔ったように舞い騒ぐ。


 カリースト師は、ジュリアが精霊に愛されているのを目のあたりにして、精神力を鍛え上げなくてはと気を引き締める。


「ジュリア、エドモンド公が王位に就かれたら、レオナルド公子は結婚をされると思う。多分、北部の有力な貴族の令嬢を娶られるだろう」


 ジュリアは、優しいレオナルド叔父様が大好きになったので、政略結婚をされるのかと驚く。


「そんなぁ……好きな相手を選べないのですか?」


 庶民育ちのジュリアに、カリースト師は王族としての勤めは理解できないだろうと苦笑する。


「レオナルド公子にもある程度の選択の自由はあるだろう。嫌いな相手と結婚しても、かえって良くない結果になるからなぁ。だが、父王の治世を安定化させるのに協力して欲しい相手の令嬢の中から選ばれるのは確実だ」


 ジュリアは、少し考え込む。エドモンド公の孫娘である自分はどうなのだろうと不安になったのだ。


「もしかして……私も政略結婚をしなくてはいけないのでしょうか?」


 年老いた師は、不安そうなジュリアに微笑む。


「そなたは巫女姫になる素質がある。誰も、結婚相手を押しつけたりはできない。水晶宮で護ってあげよう! エミリア姫は護れなかったが、ジュリアは好きな相手と結婚したら良い」


 カリースト師は、両親の師匠でもあったのだとジュリアは安心する。


「まだ、結婚は早いですわ。それより、修行を続けなきゃいけないし」


 そうじゃのう、とカリースト師は笑ったが、その時間が取れれば良いがと心配する。



 エドモンド王の戴冠式は、シェフィールド中のバラが咲き誇り、街角ではご馳走や酒が振る舞われた。


 ジュリアは厳粛な戴冠式に、ゲチスバーモンド伯爵夫妻と共に参列した。お祖父様が苦労の末に王位についたのに感動して涙をこぼす。


「まぁ、ジュリア……」お目出度い席に涙は禁物ですよと、ハンカチで拭いてやるグローリアの瞳も涙が光る。内乱の間に散っていった若い命を思い出したのだ。


 しかし、グローリアは同じ年頃の未亡人や、レオナルド公子の結婚相手には年を取りすぎたオールドミス達が、エドモンド王に秋波を送っているのに気づき呆れかえる。


「まぁ! アリエッタなんて、王妃になるには百年早いわ! 亡きエドモンド公夫人がお墓から抜け出して蹴り飛ばしそうよ」


 ジュリアは、母方のお祖母様にも会いたかったと笑う。しかし、レオナルド公子に一緒に馬車に乗ろうと誘いに来られた時、王太子妃目当ての令嬢達の鋭い視線に気づいた。


「おやおや、凄くモテていらっしゃいますね。姪なんかをエスコートされて宜しいのですか?」


 その令嬢達から逃れる為にジュリアをエスコートしに来たのは見え見えなのだが、グローリアは少しからかった。


「父上もヤモメだし、私も独身なので……ご婦人がいないと華やかさに欠けますからね」


 ジュリアとしては注目されるのは避けたいが、叔父様に手を引かれて行列の馬車に乗る。


「貴方が止めて下されば良かったのに……」


 グローリアは、それでなくてもジュリアには縁談がいっぱい舞い込んでいるのにと、夫に腹を立てる。


「仕方ないさ。エドモンド王もレオナルド王子も独身なのだから。パレードに男ばかりでは愛想が無いじゃないか」



 金色の飾りが付いた馬車にエドモンド王、レオナルド王子、ジュリアが乗ると王宮までのパレードが始まった。


 シェフィールドの街には群衆が溢れていたが、空の虹を見上げる。


「わぁ~! 何重にも虹がかかっている! 綺麗だなぁ」


 そして、馬車が近づくとシルフィードが空からバラの花びらを撒く。ひらひらと舞う花びらの中を、金の飾りがついた馬車が通過すると、群衆は大声で歓声をあげた。


「エドモンド王! 万歳! レオナルド王子、万歳!」


「巫女姫、万歳!」「ジュリア様、万歳!」


 ジュリアはお祖父様の横で緊張して座っていたが、歓声の中に自分の名前が聞こえて驚く。


「ほら、ジュリア! 手を振ってごらん」


 お祖父様と叔父様に勧められて、ジュリアは恥ずかしそうに手を少し振る。


「わぁ! ジュリア巫女姫! 万歳!」


 イオニア王国では巫女姫は国民にも愛される存在なのだと、エドモンド王は亡きエミリア巫女姫を思い出して、目に涙を浮かべた。

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