第13話 精霊使い長タニスン

「ええぃ! 水晶宮の精霊使いまで謀反に加わると!」


 乱れた白髪が痩せこけた顔にバサリとかかり、アドルフ王は苛つきを隠さない口調で、召使にチャンと括らないかと八つ当たりする。


 朝から精霊使いの長が、水晶宮の精霊が居なくなったと報告に来て、水晶宮を乗っ取られるまで、あっと言う間だった。


「精霊使いの人質を見せしめに殺せ!」


 苛々と動き回るアドルフ王の後ろを追いかけながら、やっと髪を括った召使を足蹴にすると、王宮に仕える警備隊に命じる。


「アドルフ王、それはお待ち下さい! 精霊使い達は水晶宮に閉じ籠っていますが、未だ反乱軍についた訳ではありません。人質を殺したりしたら、闇の精霊をシェフィールドに放つかもしれません」


 タニスンは、流石に人質を殺すのはまずいと止める。闇の精霊と聞いて、アドルフ王もゾクリとしたのか、人質を牢屋に入れろと命令を変更する。


「タニスン! お前は水晶宮には精霊が残っていないと言ったくせに、闇の精霊は残っていたではないか!」


 汗を拭きかながら、名前を教えた精霊が地下に潜んでいたのでしょうと言い訳をする。


「闇の精霊が居たのなら、反乱軍を全滅させれば良かったのだ!」


「役に立たない精霊使い長だ!」とアドルフ王は腹立ち紛れに酒の入ったゴブレットを投げつける。


 タニスンは、頭から酒が垂れてくるのを拭き、こんな王に付いた自分の愚かさに溜め息しかでない。闇の精霊に人を殺させたりしたらイオニア王国は破滅だ! そんな事もわからないのかと毒づきたくなったが、そそくさと逃げ出す算段をする。


 人質が既に逃げ出していたと警備隊が報告した時には、タニスンはとっとと王都を後にしていた。


「彼奴め! 無能なのに精霊使い長にしてやった恩も忘れて! 捕まえて、城門に首を曝してやる!」


 無能だと罵倒されたタニスンだが、逃げ足は早く警備隊は捕らえることはできなかった。


「オルフェン城に攻撃が!」という報告が届き、タニスンを捕らえるどころでは無くなった。


「何だって! 反乱軍の動きがわからなかったのか!」


 流石にアドルフ王も戦仕度をして、軍を率いてオルフェン城に向かう。




「ジュリアは精霊使いの家族の人達を安全な緑蔭城までお連れして下さい」


 サリンジャーに馬車に乗せられたジュリアは、これからオルフェン城に攻撃をかけるのだと、マーカス卿や他の人質を解放する作戦に参加した騎士達の無事を祈る。


 馬車はシェフィールドの郊外から南のオルフェン城を迂回して港へと急ぐが、戦場から逃げようとする人々が荷物や子どもの手を引いて数珠つなぎになっていて、なかなか思うようには進まない。


「港には船が待っていますから、大丈夫ですよ」


 アドルフ王に捕まるのでは無いかと、不安そうな幼い子どもを抱っこした若い母親を励ます。馬車の外の難民も助けてあげたいとジュリアは思ったが、この人質達は捕まると命が危ないのだと心を強く保つ。


 難民の群を抜けると、馬車はスピードをあげて港へ無事に着く。ジュリアは幼い子どもの手を引いて、何台もの馬車から降りた人質達をボートへと案内する。


「あの船は南部同盟の都市へ行くのだろう! 私はアドルフ王から逃げて来た精霊使いだ! 乗せてくれ!」


 馬の手綱を持った中年の身なりの良い男が、港の船に乗せるようにと要求していたが、人質達は大声で叫びだす。


「あの男は精霊使い長のタニスンよ! アドルフ王の手先となって、水晶宮の精霊使い達に国民を虐待させるのを強制していたのよ!」


 ボートに乗ってジュリア達を待っていた船乗り達は、タニスンを捕まえようとしたが、パッと馬に乗ると港から走り去った。


「ジュリア様、捕まえましょうか?」


 口々に非難の言葉を叫ぶ人質達に困惑するが、ジュリアは悪者を捕まえるよりも、安全な緑蔭城に保護する方を優先する。


「この港も何時まで安全かはわかりません。早くゲチスバーモンド港に着くことが大切だわ!」


 人質達もボートへ乗りだすと、タニスンへの恨みよりも、自分や子ども達の安全を優先すべきだと、冷静なジュリアの考えに従い落ち着きを取り戻す。


 数隻のボートで船にピストン輸送している間に、馬車で追い越した難民達が港へ到着する。


「私達も船に乗せて下さい」


 赤ん坊や幼い子どもを連れた家族をジュリアは見捨てることができなかった。周りを囲まれて、困って立ち尽くす。


「ジュリア様、早く船にお乗り下さい」


 港へ難民が押し寄せているのに気づいた船長が、ボートでジュリアを迎えに来た。


「でも、この人達は……」


 戸惑うジュリアを船長は抱き上げて、ボートに乗せる。


「貴女は人質を緑蔭城に無事に連れて行くようにサリンジャー師に命じられたのでしょう! 戦闘中は、命令に逆らっては駄目です。彼らはアドルフ王に捕まる事もなければ、殺されることもありません」


 戦闘中には気が荒くなった兵士達に略奪されたり、家の食糧を取られたり、それに逆らったりしたら殺されたりもするのだが、人質ほどは緊急性が無いと船長も心を鬼にして切り捨てる。


「いいえ、駄目よ! 全員は無理でも、幼い子どもを連れている家族は乗せてあげて! 遅くなった分は、風の精霊と海の精霊にお願いして早くゲチスバーモンド港に着くようにするから!」


 ジュリアはボートから飛び降りて、我先に乗せてくれと叫ぶ難民達の前に立つ。船長はチッと舌打ちしたが、巫女姫に逆って精霊に嫌われてしまっては困るので、ボートの乗組員達にジュリア様を守れと命じる。


「皆さん、全員は船には乗せられません。赤ちゃん、子ども、お年寄りを連れている家族を優先的に乗せます!」


 全員が乗りたいとジュリアに殺到するが、船長や乗組員達が恐ろしげな顔をして押し返し、子どもを連れた家族を列に並ばせる。


「もう、これ以上は乗せられないぜ!」


 港には未だ子どもを連れた家族が列を作っていた。船長の話を聞いた母親は、この子だけでもとジュリアに差し出す。


「満杯でも子どもぐらいは乗せられるでしょう! 子どもだけでも乗せてあげて」


 船長は赤ん坊を抱いた母親と、子どもを安全な緑蔭城で保護して欲しいと願う親から受けとると、ジュリアをボートに押し込んで港を後にする。


 船は甲板まで難民で一杯だったが、ジュリアの腕から子どもを母親達が受け取って世話をすると約束してくれた。


「おおい! あれは王軍の船だぜ!」


 港を封鎖しようとアドルフ王の船が沖から迫ってくる。難民達を乗せるのに時間が掛かってしまったからだと、船長は舌打ちする。


『マリエール! あの船を港に近づけないで!』


 マリエールは、他の精霊達と一緒に王軍の船に向かう。船長達が唖然とするうちに、船は海の沖に姿が消えて行く。


『ありがとう! さぁ、ゲチスバーモンド港まで急いで連れて行ってね! 満員だから、早く着かないと困っちゃうわ』


 ジュリアは海のオンディーヌにも頼んだので、船は凄いスピードで航海しだす。人質の中には精霊使いの能力を持つ子どももいたので、帆に風を送るシルフィードや船を押すオンディーヌの姿に歓声をあげる。


『凄い! こんなに沢山のシルフィードやオンディーヌを見るのは初めてだ!』


 精霊達は褒められるのが大好きだ! 精霊使いの能力を持つ子どもの賞賛に応えるようにスピードをあげる。


「ジュリア様、これ以上は船がもちません! もう少しスピードを落として下さい」


 十分に港から離れたので、ジュリアは精霊達にお礼を言って、少しゆっくりとゲチスバーモンド港に向かうようにと頼む。


『マリエール! 本当にありがとう』


 くるくると舞いながらジュリアの腕の中に降りてきたマリエールに、精霊使いの子ども達は驚いて目を見開く。


『精霊を抱っこしている!』


 ジュリアは、そんなに変なのかしら? と驚くが、マリエールは、もっと褒めて! とねだるので、よしよしと頭を撫でてやる。



「ジュリア様、人質の方々や難民達に食事を出した方が良いでしょうが……」


 十数人の人質を乗せる予定だったので、食糧が少ないのだ。ジュリアはどうにかしなければと考える。


『ねぇ、マリエール! 大活躍ついでに緑蔭城から食糧を持って来てくれないかしら? この子ども達に食べさせてあげたいの』


『仕方ないわね!』とシルフィード達は消えたと思うと、数十分後には緑蔭城の調理済みの昼食が運ばれてきた。ジュリアは家政婦のメイソン夫人が怒っているだろうと首を竦めたが、焼きたてのパンや大きなハムに歓声をあげる子ども達に配り始める。


「あのう、私達が食事は配ります。ジュリア様は力を使ってお疲れでは……」


 人質だった精霊使いの身内は、敵船を退けたり、船のスピードをあげたり、食糧を運ばせたりと、魔力を使い過ぎていると心配する。


「そうですぜ! また敵の船が現れるかもしれないから、ジュリア様も休んで下さい」


 船長からも言われて、ジュリアは船室で少し休むことにする。


『ジュリア、寝ても大丈夫よ! 皆、ゲチスバーモンド港まで送ってくれるわ! イオニア王国の子ども達を助けたいと思っているのよ』


 船長室の狭いベッドに横たわった瞬間、張り詰めていたジュリアの精神はプチンと切れた。早朝から水晶宮の精霊達を呼び寄せたり、人質達と馬車で港まで逃避行したり、精霊達を使い過ぎて疲れていたのだ。


「お祖父様、サリンジャー師、ジョージ様、皆様ご無事に……」


 気絶するように、ジュリアは眠りについた。

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