第12話 水晶宮の精霊使い

 王都シェフィールドの王宮の近くに高い通信塔を備えた水晶宮がある。

 水晶宮の名前の通り、内乱前は光や風の精霊達が通信塔の周りを舞い、庭は地の精霊達が見事な花を咲かせ、庭に引き込まれた川には水の精霊達が游ぎ、大きな松明の中には火の精霊達がダンスしていたし、地下には闇の精霊達が密やかに休んでいた。

 精霊使いの中でも、能力が高いエリートが水晶宮には集められ、王に仕えるのは名誉なこととされていた。しかし、それはアドルフ王が道を踏み外す前までのことだ。

 年老いたカリーストは、痛む膝をごまかしながら高い通信塔へと登る。他の精霊使い達は精霊使い長になったタニスンが、カリースト師にこんな当番をさせるのを怒って代わろうと申し出てくれたが、内乱以来めっきり姿が減った精霊達と会えるのが楽しみで断る。

『おや? ルピナス、今朝はお前さんだけなのか?』

 通信塔の上まで登ると、内乱前ほどは居なくても、少しは精霊と会えるのに、今朝は若い頃に名前を教えて貰った精霊しかいなかった。

『皆は他所に行ってしまったの……私も行きたいわ!』

 春になり戦闘が再開されると、精霊に嫌な事を強制しなくてはいけないので、カリーストは名前を教えてくれた精霊と別れるのは辛かったが、解放することに決めた。

『ルピナス! 私のことは良いから、皆の所へお行き!』

 ルピナスは年老いた精霊使いの優しさに感謝して、くるくると空を舞った。

『戦闘が終わったら帰って来るわ!』

 カリーストは小さな風の精霊や光の精霊がほんの少ししか居ない通信塔で、この異常は誰かが精霊達を集めているのだろうと悟った。

「サリンジャーが戻って来たのだろうか? しかし、彼なら精霊使い達が人質を取られている事も知っているだろうに……」

 老いた妻も先だったカリーストには人質も居なかったが、長年住み慣れた水晶宮以外行くところも無く、サリンジャーのように外国へ亡命する元気も無かった。しかし、この状態は良くないと前々から悩んでいた。

「これは何ですか! 精霊達は何処に行ったのですか!」

 一気に通信塔を駆け登った粗い息で、タニスンが当番のカリースト師が何かやらかしたのではと詰め寄る。

「おお、タニスン……私の可愛い精霊達が何処に消えてしまったのじゃ……何処にかのう?」

 老いぼれの愚痴に付き合っている暇は無いと、タニスンは異常事態を調査しに塔をだだだだだッと凄い音を立てて駆け降りる。

 他の精霊使い達も異常に気づいて、何人かが通信塔へと登って来る。

「カリースト師、これでは何もできませんが……アドルフ王は人質を……」

 未だ若い精霊使い達は人質の家族を心配していたが、カリーストはここまで徹底的に精霊を水晶宮から呼び寄せる能力のある者が、人質を放置しないだろうと考える。

「落ち着いて行動しなくてはいけないな……水晶宮の門を閉じることぐらいは私達でもできる。人質はきっと解放されるだろう。それを信じて行動を起こすしか無いのだ」

 精霊使い達は、カリースト師の言葉に従うことにする。何故なら、元々血の匂いを嫌い地の精霊や水の精霊や火の精霊も既に水晶宮から姿を消して久しく、残された風の精霊や光の精霊達にまで見放されたのでは、精霊使いとしての存在意味も無いからだ。

「どうせアドルフ王が何を命じても、実行できないから人質は危険な目にあう! ならば、精霊を集めた者達が人質をも解放してくれるのを信じるしかない」

 タニスンがアドルフ王にこの異常を報告しに王宮に出かけた留守をついて、精霊使い達は一致団結して門を閉じる。

「外で何か騒ぎがあるようだ! 火事かもしれない、見てきてくれ!」

 詰所で休憩している兵士達を、門の外へと急がせると、何人もで大きな分厚い門を閉める。

「おい! 何をするのだ! 門を開けろ!」

 勿論、水晶宮の門を護っている兵士は驚き慌てたが、外を警護していたので閉じられた門を叩くだけだった。


 前の夜、シェフィールドに潜入していたジョージ達は、既に水晶宮の精霊使い達の家族を脱出させていた。アドルフ王は人質を取ってはいたが、まさか精霊使いを見捨てて逃げるとは考えていなかったので、さほど警戒をしていなかった。

 人質達は自分達が重荷になって精霊使いがアドルフ王に協力させられているのに悩んでいたので、南部同盟からの助けに喜び、夜のうちに速やかに脱出が成功したのだ。

 シェフィールド郊外で馬車に乗り換えた人質達は、各々の無事を手紙に書いて救出してくれたジョージに渡す。

「これを水晶宮の精霊使いに送れば、後はどうにか立て込もってくれるでしょう」

 ジョージから手紙を受け取ったサリンジャーは、ジュリアが集めた精霊のシルフィードに手紙を水晶宮に届けて貰う。

「人質は無事みたいだが、サリンジャーはこれほどの能力を持っていたのかのう?」

 アドルフ王が寄越した兵士達からどうにか水晶宮を護り抜かなくてはいけないのだと、カリーストは水晶宮の地下へと降りていく。

『闇の精霊、オンブラよ! 私の望みを叶えてくれるか?』

 長い修行の結晶である名前を教えてくれた闇の精霊に、カリーストは水晶宮の護りを頼む。

『アドルフを殺す方が簡単だが……』

 黒い影が地下室から立ち上がり、カリーストを誘惑するが、厳しい顔で拒否する。

『お前さんにそんな事をさせるわけが無いだろう! お前さんに頼むのは水晶宮の門を護ることだけだ』

 オンブラは自分が名前を教えた精霊使いの精神の清らかさに微笑み、願いを叶えることにする。

 水晶宮の門に詰め掛けた兵士達は、オンブラの長い手に額をソッと触れられると、くたりと地面に崩れ落ち、すやすやと深い眠りに落ちた。

「これは! 逃げろ! 闇の精霊が解放されたぞ!」

 アドルフ王に叱りつけられて、水晶宮の外で兵士達を指揮していたタニスンは、闇の精霊の存在に気づいて一番に逃げ出した。

「あ奴も、眠ってくれたら静かになったのだが……」

 離れた場所でぎゃあぎゃあ騒いでいるタニスンに辟易としたカリーストだが、死んだのではなく眠っているだけだと気づき、兵士達を門前から引きずって片付けてくれたのには感謝する。

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