第11話 戦闘が始まる春
今までなら家に閉じこめられて過ごす冬は辛くて、春が待ち遠しいジュリアだったが、緑蔭城のバラが日々咲き誇っていくのを見ると、戦闘が近くなっているのだと気持ちが乱れる。
『こんなんじゃあ、水晶宮の精霊使い達を解放できないわ!』
ジュリアは精神を集中しようとすればするほど、悲惨な失敗に終わるのではと気が散ってしまう。
『ジュリア? 何か心配事でもあるの?』
マリエールは常にジュリアの側にいるが、暗い気持ちになっていると、他の精霊達は散ってしまう。
『精霊を集める練習をしなくちゃいけないんだけど、春になると戦闘が開始されると思うと、なかなか上手く集められないのよ』
戦闘という言葉を聞くと、マリエールも嫌そうな顔をする。精霊は戦いが嫌いなのだ。
『ジュリアは精霊を集めて、戦わせたいの?』
マリエールからの質問に、ジュリアは首を横に振ったが、自分の祖父達を助ける為なら、頼んでしまうかもしれないと俯く。
『私は早く内乱を終らせたいの……水晶宮の精霊使い達も同じように考えていると思うの』
嫌々でも水晶宮の精霊使い達がアドルフ王の命令に従っているのは、家族を人質に取られているからだとサリンジャー師に聞いて、ジュリアは卑劣な遣り方に腹を立てていた。
サリンジャー師が命がけで亡命する決意が固まったのは、両親を幼い頃に無くして、天涯孤独の身だったからだ。ジュリアは、自分も育ててくれた家族に囲まれていたが、捨て子だと知っていたので、孤独な思いをしながら育った。大人のサリンジャー師は、ジョージに何故貴方は亡命できたのですかと尋ねられて、サラリと事情を説明していたが、ジュリアは驚き同情してしまった。
『サリンジャーが好きなの?』
マリエールは楽しそうな話題は大好きだ! くるくると舞い上がる。
『違うわ! いえ、嫌いじゃないけど……マリエール! 他の精霊達に変なことを言いふらさないで!』
マリエールが浮かれているのを見た精霊達が、何? 何? と集まってきた。
『ジュリアはサリンジャーが好きなのよ!』
戦は嫌いな精霊なのに、恋の話は大好きなのかと、ジュリアは手をバタバタして空いっぱいに集まった精霊達に誤解だと叫ぶ。
『恥ずかしがらなくても良いのよ、サリンジャーは好い人だもの』
真っ赤になって『好い人なのは確かだけど、好きなのとは違う!』と叫んでいたら、精霊達がものすごく集まって騒いでいるのを不審に思ったサリンジャーが出てきた。
『サリンジャーだわ!』
まるで酔っぱらった学生のように精霊達は、わいわいと騒ぎ立てる。
「ジュリア? 精霊達は何を騒いでいるんだい?」
こんな大騒ぎは見たことが無いと、サリンジャーは驚いて、ジュリアの肩をつかんで問い質す。
『キャア~! サリンジャーとジュリアは恋人になるの?』
浮かれたマリエールの言葉に、ジュリアは真っ赤になる。
「サリンジャー師、マリエールが変なことを言ったけど、本気になさらないで下さい!」
サリンジャーは水晶宮で長年修行したが、こんな風に精霊達が浮わついた騒ぎをするのを見るのは初めてだった。
「ジュリア、君が落ちつかないと、精霊達は静まりそうにないよ」
間近でサリンジャー師の茶色い目で見つめられると、ジュリアは落ちつくどころか、ドキドキしてしまう。
『やっぱり、ジュリアはサリンジャーが好きなのね!』
マリエールが嬉しがってクルクルと空を舞うと、他の精霊達も一緒に舞い始める。
『マリエール! 違うわよ! いえ、サリンジャー師、嫌ってるわけではありませんが……もう、しらない!』
サリンジャーは、ジュリアを子どもだと思っていたので、やれやれと肩を竦める。ジュリアは自分のことは全く眼中に無く、精霊達の異常な行動に興味を持ったサリンジャー師の態度に、ちょっと傷ついた自分の心がよく理解できず、小さな溜め息をついた。
「でも、こんなに精霊を集められたのは、始めてですよね」
サリンジャーは、楽しそうに空を舞う精霊達をうっとりと眺めていたので、ジュリアの小さな溜め息には気づかなかった。ジョージや緑蔭城にいる精霊使いの能力を持つ者は、精霊達がお酒に酔ったみたいにはしゃいでいるのに驚いて、庭に出てきた。
「サリンジャー師? この大騒ぎは何事ですか?」
サリンジャーはジュリアと自分を恋仲だと誤解して、精霊達がはしゃいでいるとは説明できなかったので、春だから活発になったのでしょうとごまかした。
ゲチスバーモンド伯爵は、サリンジャー師とマーカス卿がエドモンド公を救出する戦闘の前に、水晶宮の精霊使い達を解放する作戦を立てていると報告を受けていたが、上手くいくとは考えていなかった。しかし、空に満ちた精霊達や、元々緑蔭城に住み着いている地の精霊達まで活性化してバラが早春なのに満開になっているのを見て、孫娘の能力の高さを再確認する。
『これなら、上手くいくのかもしれない……』
長年の内乱を終らせたいと、ゲチスバーモンド伯爵は孫娘のジュリアの肩を抱いた。
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