第14話 厳しいグレーシー先生
人質達と難民を乗せた船は無事にゲチスバーモンド港に着いた。
「わぁ~! 此処には精霊が一杯いるんだね!」
人質にされていた子どもの中には精霊使いの能力を持っている者もいて、緑蔭城の空を舞うシルフィードやリュミエール、そしてバラを満開にさせているノームを見つけてはしゃぎだす。
人質達の救出はあらかじめ作戦を立てていたので、家政婦のメイソン夫人は部屋を家族ごとに用意をしていた。
「お疲れでしょう、部屋に案内させます」
緑蔭城の城主夫人としてグローリアは、人質だった人々を温かくもてなす。
「お祖母様、メイソン夫人、あの難民達を保護して来たのですが……」
グローリアは何年もの内乱で、難民の保護にも慣れていたので、執事のセバスチャンと家政婦のメイソン夫人に任せる。
「貴女はお風呂に入らないといけませんよ!」
ジュリアは難民達がちゃんと落ち着くまではと抗議するが、受け入れは慣れていますと言われて、何年も内乱が続いているのだと改めて感じる。
ルーシーに世話をやいて貰いながら、お風呂に入ると、自分が凄く疲れているのに気づく。
「他の人達も疲れているでしょうね。船は満員だったから、甲板で過ごした人もいるから……」
ルーシーは、緑蔭城には騎士や召使い達の大浴場もあるから、きっと疲れも癒されますよと笑う。
「そうね、温泉に入れば疲れも飛んでいくかも!」
ジュリアは人質や難民達が緑蔭城で癒されると良いなと安心した途端、オルフェン城の戦闘が心配になった。少し休んで下さいと、寝巻きを用意していたルーシーに普段着を出させる。
「お祖母様、オルフェン城の……」
人心地ついた人質の中には、疲れて寝てしまった人もいた。それ以外の昼食を食べれそうな人達を接待していたグローリアは、孫娘の言葉を一睨みして制して、貴女も席に付きなさいと促す。
ジュリアは、オルフェン城を攻めている人達の事や、囚われの身のお祖父様や叔父様の安否を知りたかったが、やっと緑蔭城まで逃げてきた人達の前で、聞くのはまずいのだろうと席につく。
「ジュリア様はゲチスバーモンド伯爵のお孫様だったのですね。それで納得致しました。精霊達を見事に使いこなしておられたのは、巫女姫様の……この度は、私達を解放して頂き、ありがとうございます」
人質達の纏め役をする年配の紳士は、イオニア王国を揺るがしたスキャンダルでもあり、この内乱の切っ掛けになった話題に近づき過ぎたと言葉を濁して、感謝だけを述べる。
グローリアは礼儀と常識を備えた紳士にワインを勧め、精霊達が集う緑蔭城の美味しい料理に、人質だった人達は感嘆の声をあげる。
「そうだわ、ジュリア! 貴方と一緒に、皆様方のお子様も学習したら良いのでは? 如何でしょう、グレーシー先生は優秀な教師ですのよ」
昼食を終わり、お茶を飲んでいた人達は、伯爵夫人の親切に感謝する。
「それは有り難いです! シェフィールドでは家に閉じこめられた生活をしていましたので、学校には通わせてやれなかったのです」
グローリアは孫娘のジュリアが、人質の解放作戦に参加するのは渋々許可したが、これ以上戦争には関わらしたくなかった。人質だった家族の世話や、子ども達と勉強でもさせておけば、忙しいだろうと考えたのだ。
ジュリアはグレーシー先生と勉強部屋の用意などをして午後を過ごしたが、やはりオルフェン城の攻防は激しいのだろうと溜め息をつく。
『お祖母様が子ども達と勉強するようにと言われたのは、きっと私の注意を逸らしたかったからだわ。皆様、ご無事に……』
グレーシー先生は何人もの令嬢を立派に教育した熟練の家庭教師だったので、伯爵夫人の考えを全て理解していた。
「図書館には幼い子ども向けの本も有ったと思いますわ。緑蔭城は広いので、迷子になったら困りますから、この勉強部屋に持って来ておきましょう」
厳しいグレーシー先生の言いつけに従い、ジュリアはルーシーなど侍女やメイドを総動員して、勉強部屋を整える。
次の日からも、グレーシー先生は厳しくジュリアを監督したので、難民達が収容されている場所に近づく事も出来なかったし、次々と届いている戦場の報告書など見せても貰えなかった。
朝から、水晶宮の精霊使いの子ども達と勉強したり、絵を書いたりと、グレーシー先生の授業のカリキュラムをこなしながら面倒を見ていると、あっと言う間に一日が過ぎてしまう。
「ねぇ、エミリー、何かオルフェン城の件で聞いていない?」
家庭教師のグレーシー先生が、お祖母様の意を受けて自分に戦争の情報を遠ざけさせているのだと気づいたジュリアは、メイド生活の経験から使用人の方が噂とか詳しいと尋ねる。
「さぁ、それより夕食の為に着替えて下さい」
ルーシーは家政婦のメイソン夫人から、ジュリア様に余計な心配をさせないように厳しく言われているので、色々な噂を口にしない。
緑蔭城に集まった南部同盟の貴族や騎士達はオルフェン城へ出兵して居なくなかったが、夫や息子の帰りを此所で待ちたいと残った人達や、水晶宮の精霊使いの家族などを、グローリアは城主夫人として温かくもてなしている。
ジュリアにもそれは理解できたので、お祖母様と一緒に皆とテーブルを共にするのは構わないのだが、何人かの貴婦人から息子の嫁になどと言われると困惑してしまう。
「まぁ、まだこの娘は花嫁修行ができていませんのよ」
グローリアは、やはり巫女姫の血を引いたジュリアには縁談が山ほど舞い込むだろうと、祖母として覚悟を決める。今は内乱の最中だし、ジュリアも幼く見えるので軽くいなせるが、南部同盟が勝利したら、新王の孫娘と縁を結びたいと考える貴族は積極的なアプローチをしだすだろうと、気合いを入れなおして微笑む。
夕食後、グローリアはグレーシー先生を呼び出して、ジュリアを今以上にしっかりと監督するようにと指示する。
「伯爵夫人、承知していますわ」
グレーシー先生は、今までの令嬢とは違い、重い立場になるジュリア様を何処に出しても恥ずかしくない令嬢に教育しなくてはと武者震いする。
「内乱が終われば、ジュリアも社交界デビューしなくてはいけません。グレーシー先生、それまでに恥をかかないように指導して下さいね」
この十数年、華やかな社交界など遠くなっていたが、グローリアは新しい王が即位すれば、少しずつ昔の豊かなイオニア王国に戻っていくだろうと、孫娘にも用意させておかなくてはと考える。
ジュリアには戦争の話は聞かせていなかったが、オルフェン城の攻防は南部同盟に有利に動いていたのだ。グローリアは城主夫人として、次を見越した働きをしなくてはいけないので、孫娘の事はグレーシー先生に当分は任せることにする。
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