第24話 アンブロ―シア伯爵夫人の頼み
ジュリアの卑屈な態度を改めさせようと決心した伯爵夫人は、退屈な田舎の領地暮らしに楽しみができたと微笑む。ルーファス王子は、可愛いシルビアの案内から解放されて、サロンでお茶を飲んでいた。
「ルーファス王子、お疲れ様でした」
今度はジュリアを部屋に案内すると、シルビアが一緒に二階にあがったので、妹が居ない間にセドリックは謝った。
「いや、シルビアは一生懸命説明してくれて、楽しかったよ」
優しいルーファス王子の言葉に、アンブローシアは微笑んで、クッキーを勧める。
「丁度、ジュリアが居ないので、その間に殿方にお願い事がありますのよ」
ルーファスとセドリックと伯爵は、何を伯爵夫人が言い出すのかと、興味を持った。
「皆様はジュリアの卑屈な態度を、どう思われますか?」
伯爵は、元メイドなのだから仕方ないのでは? と思ったが、奥方の話を促す。
「どうって言われても、余り見ていて気持ちが良くはありませんが……」
セドリックの言葉に、アンブローシアは眉を上げる。
「紳士として、ジュリアに接して頂きたいのです!」
母上に睨まれて、セドリックは慌てて反論する。
「私はジュリアに紳士的に接していますよ。彼女が卑屈な性格なのは、育ち方に原因があるのでは無いでしょうか? 捨て子だと知っていたそうですし」
サリンジャーは、その件もあるので、ジュリアには両親のことを話さなくてはと決意を固める。
「あら、セドリック? 貴方は、他所の令嬢にも、ジュリアに言うように命令口調なのですか?」
なってません! と母上に睨まれて、セドリックはそう言えばと小さくなる。
「皆様方が、ジュリアに対して、紳士として振る舞えば、あの娘も令嬢らしく振る舞えるようになると思うのです。協力して頂けますわよね」
伯爵は奥方に逆らうつもりは微塵も無かったので、素直に頷く。
「伯爵夫人の仰せに従いますよ。私も、ジュリアの卑屈な態度には、苛立ちを感じていましたが、どうすれば改善できるかわかりませんでした。しかし、私達がジュリアにもっと紳士的に接するべきだったのですね」
ルーファス王子にアンブローシアは感謝して、とても素晴らしい紳士的な態度だと褒める。
「私も母上のお言葉に従います」
慌てて返事をしたセドリックに、この息子が一番の原因かも知れないと、アンブローシアは溜め息をつく。
『ジュリアは、息子のハンサムな容姿に、憧れを抱いているのかもしれませんわ。ルーファス王子もハンサムですのに、王子という身分に畏れを感じて、恋心を感じるのは不敬に思っているのかも』
サリンジャーも同じ事を考えていた。
『真面目なセドリックなら、これからはジュリアに紳士的に接するだろう。ジュリアがその親切な態度を誤解して、恋心を育てなければ良いのですが……』
サリンジャーは、いずれはジュリアをイオニア王国に連れて帰りたいと考えていたので、ルキアス王国の貴族と恋愛は足枷になるのでは、と心配する。
「先ずは、領地に居る間に、私達と一緒に食事をさせるところから始めましょう! そうですわね、お茶に呼びましょう」
テーブルの上のベルを鳴らして、ジュリアをメイドに呼びにいかせる。
「ミリアム先生も一緒に呼んできてね」
普通は家庭教師をサロンでのお茶に同席させないが、ジュリアが少しでも馴染み易くなるようにと、伯爵夫人は配慮する。ルーファス王子は、宜しいですか? と問われて、勿論と鷹揚に頷く。
ジュリアは、サロンでルーファス王子や伯爵家の人々とお茶をしたが、日頃、離宮で精霊使いの修行の後で、サリンジャー師とお茶をしていたのと、ミリアム先生やシルビアも一緒なので、思ったよりも緊張しないで過ごせた。それに、セドリックがとても親切にしてくれるので、ジュリアはまるで自分が可愛い令嬢になったような、ふわふわした心持ちになる。しかし、自分の部屋で鏡を見ると、浮上した気持ちはペシャンと地面に落ちて潰れてしまった。
『馬鹿ね! 若様は、ルーファス王子を屋敷に招いておられるから、礼儀正しくされただけなのよ。ヘレナには可愛い令嬢がいっぱいいるわ! 私みたいな無器量な女の子なんか、セドリック様の目に止まらない……』
緑色の瞳が曇り、涙があふれた。
「シルビアお嬢様とまでは望まないけど、せめて普通の容姿に産まれたかったわ……」
お湯を運んできた侍女のルーシーは、ジュリアが涙を拭きながら呟いた言葉を聞いて、めらめらとやる気に火をつけた。
「さぁ、ジュリア様、旅の汚れを落として、夕食の為にお着替えをしましょう」
「夕食は、シルビアお嬢様とミリアム先生と食べるのでは?」
お茶ぐらいならジュリアは、ルーファス王子や伯爵家の人達と一緒でもさほど緊張しなかったが、食事までとは思ってみなかった。
「伯爵夫人から、同席するようにと言われましたよ。さぁ、先ずはお風呂です」
ルーシーは、気合いを入れてジュリアを可愛く装わそうと努力した。
「ほら、ジュリア様、とっても可愛いですよ」
編み込みをサイドにいれて、後ろは緩やかなカールを付けた髪型は、ジュリアの細い顔立ちに華やかさを与えている。ルーシーは、シルビアお嬢様と違う方向性で攻めようと、白いレースのリボンは避けて、緑色の細いリボンを編み込んだのだ。
「ルーシー、ありがとう」
鏡の自分が、無器量には見えないのが、ジュリアには嬉しい。
夕食の間、ミリアム先生にマナーを教わっていたので、大人の会話に口を挟まず、質問されたら言葉少なく答えて、無事に終えた。
「さぁ、ミリアム先生、ジュリア、シルビア、サロンでコーヒーでも飲みましょう」
食後の葉巻やお酒を、殿方が気がねしないで楽しめるように、伯爵夫人は席を立つ。サロンで、小さなクッキーをつまみながら、コーヒーを手にしたジュリアは、シルビアが母上に海水浴に一緒に行きたいとねだっているのを眺めていた。
「貴方は泳げないでしょ、ルーファス王子やセドリックの足手まといですわよ」
母上に駄目だと言われても、シルビアは諦めない。
「折角、田舎に来たのですもの、海水浴ぐらいしたいわ! 泳げなくても、波打ち際で足を濡らしたりするぐらいなら、良いでしょ? ルーファス王子も一緒なのよ」
アンブローシアは、恋に野心的な娘に溜め息をつく。
『まだ10歳のシルビアは、ルーファス王子には対象外だわ。でも、社交界の令嬢に狙われているのを、ルーファス王子はどう感じておられるかしら?』
殿方は追いかけるのは好きだけど、追いかけられるのは嫌いだと、アンブローシアは考える。
「ミリアム先生、シルビアとジュリアの監督をお願いいたしますね。シルビア、ルーファス王子やセドリックに迷惑をかけないのよ」
まだ子供のシルビアに、ルーファス王子が興味を持つとは思わなかったが、一緒に遊ばせるのも気分転換になるだろうと許可する。
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