第23話 メイド根性を叩きなおしましょう!

 サリンジャー師と精霊使いの修行をして、ジュリアは少しずつ自分に自信を持って出来ることがあることに気づいた。ルーファス王子や、セドリックとも打ち解けて、わからないことを質問したり、ジュリアが得意なことは教えたりするようになった。

 サリンジャー師は、いつ、ジュリアに両親の死の真相や、イオニア王国の内乱について話そうか、悩んでいた。

『折角、ジュリアが明るくなったのに、エミリア姫に対するアドルフ王の仕打ちを聞いたら、心を痛めるだろう。それに、年頃の女の子には話しづらい……』

 フィッツジェラルド卿と相思相愛だったエミリア姫が、親子ほど年の離れたアドルフ王に無理やり側室にされ、精霊の助けを借りて駆け落ちしたのは、イオニア王国の一大スキャンダルだった。そして、その悲劇的な最後が、元々アドルフ王の圧政に苦しんでいた南部の貴族達を立ち上がらせる切っ掛けになったのだ。

『エミリア姫の父上、エドモンド公が勝利すれば、ジュリアは新しいイオニア王国の国王の孫になるのだが……昨年、捕らわれたと聞く』

 サリンジャーは故国の内乱をおさめたいと渇望していたが、アドルフ王は大嫌いだったので、エドモンド公の勝利を期待していた。しかし、そうは思う通りに運んでいない。

『精霊は戦いを嫌う……このままでは、イオニア王国には精霊が居なくなってしまう』

 亡命先で穏やかな日々を送りながらも、サリンジャーの悩みは尽きない。



「明日から、ベーカーヒル伯爵領に行くけど、どんな所か知ってる? セドリック様から海の近くだとは聞いたのだけど……海の水って、本当に塩っ辛いのかしら?」

 ジュリアはルーシーと荷物をまとめながら、領地や海について質問する。

「私もベーカーヒル伯爵領に行くのは始めてなんですよ。去年の夏はヘレナのお屋敷の大掃除で、絨毯を全てめくって床のワックスをかけたり、カーテンを洗ったり、凄く大変だったんです。だから、今年はジュリア様の侍女として、領地に行けるからホッとしてるんです」

 ジュリアはケインズ夫人なら、伯爵の家族が留守の間も厳しく監視して働かせるだろうと、ルーシーが愚痴るのを笑った。

「今回は、サリンジャー師やルーファス王子も一緒だから、あちらでも修行するのかもしれないわ。でも、ジャスパー兄さんの結婚式には行かせて貰えそうで、嬉しいの! 何を着て行こうかしら、悩んじゃう……」

 ルーシーはジュリアの実家が貧しい農家だと知っていたので、色々と相談にのる。

「結婚式は花嫁さんが主役だから、白のドレスは着て行っては駄目ですよねぇ」

 王宮や離宮で、ルーファス王子と精霊使いの修行をする為に作られたドレスは、未婚の貴族の令嬢らしい白いドレスが多かった。

「あの茶色のドレスでは駄目かしら? 両親には簡単な手紙しか送ってないの……あまり、難しい文字は読めないから……いきなり、派手なドレスで帰ったりしたら、きっと心配しちゃうわ……それでなくても、私は捨て子だから」

 ルーシーは辛そうなジュリアに同情する。屋敷に雇われたメイドが、王宮で精霊使いになる修行をルーファス王子や若君とする件は、召使いを動揺させたので、簡単に女中頭のケインズ夫人から説明されたのだ。

「ジュリアはイオニア王国の伯爵の孫娘さんです。内乱の為に両親は亡くなり、混乱の中でゲチスバーグに置き去りにされて、農家の娘として育ったのですよ」

 あの茶色のドレスはジュリアに似合わないと思ったが、屋敷に着てきた灰色の毛織物の服を思い出して、あれよりはマシだと頷いた。それに、首都ヘレナにメイドとして奉公に出た娘が、王宮へ行くドレスを着て帰ったら、いかがわしい商売をしていると変な噂を立てられる心配も理解できた。

「田舎者は、自分達と違う者を嫌いますからね。あまり、目立ちたくないなら、茶色のドレスでも良いかもしれません。あの時は急いで縫い直したから、何の飾りもなかったけど……工夫してみます」

 ジュリアは噂も心配していたが、育ててくれた両親に、どう説明しようか悩んでいたので、派手な格好は避けたかった。

『まだ、お祖父様に会ってないし……伯爵様が私を孫と認めてくれるかもわからないんだもの……それに、サリンジャー師から詳しく聞いたわけではないけど、何故、両親は赤ん坊を精霊に託して亡くなったのかもわからないし……どうやら、何か言いにくい事情がありそうですもの』

 伯爵の若様だった父親と、巫女姫と呼ばれていた母親が、周囲から祝福された結婚をしたわけでは無さそうだと、ジュリアは察して暗い思いに浸る。


 サリンジャーはスキャンダラスな話を耳に入れたくないと、迷っていたのだが、ジュリアがそれによって、うだうだ悩んでいるとは知らなかった。

「サリンジャー師も、夏休みなのだから、海で泳ぎましょう」

 亡命してきてからは、精霊使いを保護しようと考える国王の意を受けて、人目を避けるように王宮や離宮の離れで暮らしている。そんな隠者のような生活をしているのを、気の毒だとルーファス王子は思っていた。馬車で、ベーカーヒル伯爵領に向かいながら、サリンジャーは久し振りに海辺でのんびりするのも良いかもしれないと微笑む。

「同じウンディーネと呼んでいますが、池や川の精霊と、海の精霊は、少し気性も違います。海のウンディーネに会うのは、久し振りですから楽しみです」

「ええっ! 海辺でのんびりするのでしょ?」

 呆れるルーファス王子に、サリンジャーは精霊と会うのは、普通に楽しみなのですと肩を竦める。セドリックはコメントを控えたが、ジュリアはサリンジャー師の言葉に頷いた。

「海のウンディーネを見るのは楽しみだわ!」

「でも、ジュリア、海に引っ張りこまれたら、それこそ死んでしまいますから、気をつけて下さいね」

 ハッとルーファス王子とセドリックは、精霊に愛され過ぎるジュリアに気をつけてやらないといけないのだと思い出す。

「絶対に、一人で海に行かないようにしなさい」

 セドリックの命令に、ジュリアは少し浮かれていた気持ちに冷水を掛けられた気持ちになる。

「セドリック! ジュリアはもうメイドではないのだ。そんな頭ごなしに命令をしては、折角の夏休みなのに台無しだよ」

 優しいルーファス王子の取りなしだが、ジュリアは若様が自分のせいで叱られたように感じて、余計に小さくなる。サリンジャーは、本来ならゲチスバーモンド伯爵家で、花よ蝶よと大切に育てられた筈なのにと、ジュリアの卑屈な態度が見ていられない。

『伯爵の屋敷で、ジュリアに両親のことを話してみよう。側室とか、駆け落ちとか、スキャンダラスな話だからと、説明を避けてきたが、彼女の両親は心の底から愛し合っていたのだ。それを知れば、少しはジュリアも自信を持つかもしれない』

 前よりはマシになったが、ジュリアは命令されたら、それが正しいか自分で考えもしないで、従うのが習慣になっている。メイドなら普通の態度だし、令嬢でも素直だと評価する男もいるだろう。しかし、ジュリアは精霊使いになるのだ。それも、普通の精霊使いではなく、サリンジャーはジュリアは巫女姫に相応しい魔力があると考えていた。

『イオニア王国の巫女姫は、精霊使いの長と共に、自分の考えを堂々と王にも箴言しなくてはいけない立場だ。こんな卑屈な精神では、アドルフ王の意のままになってしまう』

 そう考えたサリンジャーは、今の下劣な精霊使い長はアドルフ王の言いなりで、水晶宮に精霊使い達を監禁して、圧政に加担させていると唇を噛み締めた。しゅんとしているジュリアを、しっかりと自分の頭で考える習慣を身につけないと、アドルフ王の言うがままに国民を虐げる手伝いをさせられるぞ! と揺さぶりたくなった。


「ルーファス王子様、ようこそいらっしゃいました」

 ベーカーヒル伯爵に出迎えられて、ルーファス王子はお世話になると握手をする。

「こちらが、サリンジャー師です」

 セドリックがサリンジャーを紹介して、サロンに案内している間に、ジュリアはミリエル先生に離宮の話をする。サリンジャーは、ルーファス王子に頬を赤らめて挨拶している美少女のシルビア嬢を微笑ましく眺めていたが、ふと、ジュリアが卑屈な態度をとるのは、容姿に劣等感を持っているのも一因では無いかと気づいた。

『まだジュリアは成長過程なのだから、そこまで気にしなくても良いと思うのだけど……これほどの美少女が近くにいたら、比べるなと言っても無駄かもしれないな。自己の確立を阻害する要因にならなければ良いのだが……』

 にこやかに挨拶する、洗練された美人の伯爵夫人に、サリンジャーは賞賛の気持ちを抱いて、手にキスをする。

「お美しいお嬢様ですね……ジュリアとは違い、自らの美しさを知っておられる」

 ルーファス王子に屋敷を案内すると、張り切っているシルビアを、微笑んで見送った伯爵夫人は、サリンジャー師がジュリアの劣等感に気づいたのに驚いた。

「サリンジャー師は屋敷の案内より、私とサロンでお話をした方がよろしいでしょうね」

 他の人達は、ルーファス王子に屋敷を案内すると言って、張り切りすぎているシルビアを心配して、先祖の肖像画が掛けられている長い回廊へ移動した。

 その間、優雅な物腰の異国の精霊使いと、洗練されたヘレナの華と呼ばれる伯爵夫人は、ジュリアの外見と内面の問題について、忌憚の無い話し合いを持った。

「卑屈なメイド根性を叩き直しましょう! ジュリアは美人になる素質は持っていますが、あんな態度では台無しですわ。美女の第一条件は、淑やかな仮面をつけた雌豹ですもの」

 サリンジャー師は見た目は優雅で淑やかなアンブローシア伯爵夫人が、気性はさっぱりとしているのが気に入った。

「私も、この夏休みに、ジュリアに両親のことを説明します。そして、イオニア王国での巫女姫の重要性も! 卑屈な態度は、見るのも後免です!」

 二人は握手をして、にっこりと笑ったが、ベーカーヒル伯爵家の祖先の名前を間違いながら説明しているシルビアを、セドリックが訂正していくのを、くすくすと笑いながらルーファス王子と回廊を歩いていたジュリアは、背中がゾクゾクッとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る