第25話 海水浴でドッキン!
シルビアが言い出して、皆で海水浴に行くことになった。ベーカーヒル伯爵の屋敷から、海までは近いし、せっかくルーファス王子が滞在されているのだからと、海岸でバーベキューをする計画も、若い人達を中心で考えた。アンブローシア伯爵夫人は、セドリックなら任せても大丈夫だと信頼していたし、真夏の海岸になど行くのは遠慮したかったのだ。
「ええっ! 服を着て、泳ぐのですか?」
ミリアム先生に、古着を着て海水浴に行くと聞いて、ジュリアは驚いた。
「当たり前です、まさか裸で泳ぐわけには、いかないでしょう。今までは、どうしていたの?」
「裸では無いけど……服は……脱いで泳いでました」
ミリアム先生が、もう子どもでは無いのだから、つつしみを持たなくてはとお説教している横で、シルビアは、泳げないし、泳ぐつもりも無いので、可愛い服を着て行きたいと考える。
「私は、海岸を散歩するつもりだから、新しいレースの日傘を持って行くわ」
ミリアムは、13歳なのに色気も無いジュリアと、10歳なのにルーファス王子に夢中なシルビアを、足して2で割りたくなった。
「シルビア様、泳げないと、いざという時に困った事になります。一度、泳ぎ方を覚えれば、一生忘れません! 良い機会ですから、泳げるようになりましょう!」
ええっ! と迷惑そうなシルビアは、ミリアム先生に抗議する。
「泳げないみっともない姿を、ルーファス王子様に見られるのは嫌よ! 泳ぐ練習は、ルーファス王子様が離宮に帰られてから、真面目にするわ」
ミリアムは、ルーファス王子が帰られたら、苦手な水泳などシルビアがするわけがないと、厳しい態度で言い聞かせる。
「水泳の練習をしないのなら、海岸には行かず、部屋で勉強しましょう」
ジュリアは自分一人で、ルーファス王子やセドリック様と海水浴だなんてと、シルビアを説得する。
「シルビア御嬢様、きっとルーファス王子が泳ぎ方を教えて下さいますよ! それに、海岸でバーベキューをするのですよ」
シルビアは自分から海水浴に行こうと言い出したのにお留守番は嫌だと思った。
「泳ぎ方の練習をするわ」
ミリアム先生は頷くと、早速シルビアの海水浴に着ていく古着の手配をメイドに伝えた。
「なるべく色の濃い木綿の服が良いみたいだけど……」
古着なんて持ってないジュリアは、ルーシに相談すると、屋敷の召使の古着を貰ってきてくれた。濃い緑色に赤と白の線が入った古着を、ルーシーは痩せっぽっちのジュリアに合うように、縫い詰める。
「何度も洗っているから、緑色も白っぽくなっているけど、海水浴なんだから、これで大丈夫でしょう」
しらちゃけた古着を着たジュリアは、皆と馬車で海へと向かう。
「ルーファス王子様と一緒の馬車が良かったわ」
おませなシルビアは愚痴ったが、ジュリアはミリアム先生と、女ばかりの方が気楽で良いと思う。ルーファス王子の馬車には、セドリックとサリンジャーが一緒に乗っていた。
「妹のシルビアは泳げないから、気を付けてやらなくては」
セドリックは妹を心配していたが、サリンジャーはジュリアが海のウンディーネに誘惑されて、引きずり込まれないかと、海水浴中は目を離さないようにしようと考えていた。
「海のウンディーネに会えるかな?」
サリンジャーは呑気そうなルーファス王子からも、目を離さないようにしようと溜め息をついた。
「ルーファス王子、ウンディーネに海の底へ連れていかれないように」
久しぶりに、海のウンディーネに会えるのは楽しみだが、自己の確立が出来てないジュリアと、呑気なルーファス王子を監督しなくてはいけないので、祖国の事情などを尋ねるどころでは無いと、サリンジャーは少し残念に思った。
「海の水って、塩辛いのね!」
シルビアは、ミリアム先生に熱血指導されて、自分が思っていた優雅な海水浴では無いと、ぷんぷんと怒る。
「ミリアム先生、シルビアの相手ばかりでは、つまらないでしょう。私がついていますから、少し泳いだら如何ですか」
セドリックは、妹が困らせているのをみかねて、交代を申し出た。
「そうですねぇ、私よりセドリック様の方が泳ぐのが上手そうですね」
ミリアムはやる気の無いシルビアの指導に疲れていたので、少し休憩することにした。監視の外れたシルビアは、お兄様より、ルーファス王子に教えて貰いたいと考えた。
「ルーファス王子様は……あれ? サリンジャー師とジュリアと一緒だわ、何をしてるのかしら?」
妹の言葉で、セドリックは三人がいる方向を見た。
「わぁ~! 海のウンディーネだぁ!」
日頃は冷静な態度の兄が大声をあげたのに、驚いたシルビアだが、何も変わった物は見えない。浜辺で、ルーファス王子と、ジュリアと、サリンジャー師が、棒立ちで海を見ているだけだ。
「シルビア、ミリアム先生のところに行ってなさい!」
セドリックに厳しい口調で言われて、泳ぐ練習はこりごりだったシルビアは、ミリアム先生の方へ行く。
『海のウンディーネ! 貴方はもしかしたらお名前をお持ちですか? 私はサリンジャーと申します、お名前をお聞かせ下さい』
三人の元に急いだセドリックは、巨大な海のウンディーネに、サリンジャー師が丁寧な口調で話しかけているのに驚いた。ルーファス王子とジュリアは、人間の三倍はありそうな海のウンディーネに驚き、そして魅入られて、視線を外す事もできない。
「ルーファス王子! 凄い海のウンディーネですね」
セドリックがルーファス王子の肩をポンと叩くと、ハッと我にかえる。
「こんな大きな精霊もいるんだね、サリンジャー師に名前を名乗るかな?」
精霊使いの講義で、稀に魔力の強い精霊が自分の名前を教えてくれることがあると、サリンジャー師は羨ましそうに話していたのだ。
「あの時は、名前を持った精霊が本当にいるとは、信じられなかったけど、この海のウンディーネなら……」
ルーファス王子とセドリックは、サリンジャー師が名前を精霊から聞けたら良いのにと、固唾を呑んでみつめていた。ジュリアは、きらきらと煌めく海のウンディーネに魅了されていた。
『何て、綺麗なんでしょう! それに強いのがわかるわ!』
海のウンディーネは、自分に名前を尋ねた精霊使いに興味を持ったが、その横の小さな女の子が、自分に見惚れているのに気づいた。
『サリンジャーとやら、その娘をくれたら、名前を教えてやろう』
青みがかった透明だった海のウンディーネが、よりハッキリと実体化する。
『それは、お断りだ!』
サリンジャーは、海のウンディーネを退けようと、風の精霊達を呼び寄せると実体化させた。
『ウンディーネを追い払ってくれ!』
海のウンディーネは、風のシルフィードより強そうで、魅入られていたジュリアは、心配になった。
『お願い、海のウンディーネ! 無茶なことは言わないで! それに、本心では無いはずよ! サリンジャー師を試したの?』
海のウンディーネは、小さな女の子に自分の心の中を見抜かれて、グワッハッハと笑った。その笑い声で、大きな波がバッシャンとみんなの頭の上から掛かった。
「ジュリア! 大丈夫ですか?」
サリンジャーとセドリックは、波に浚われそうなジュリアに駆け付けようとしたが、ルーファス王子が素早く抱き締めていた。
『すまない、これは意図してやったのでは無い。サリンジャーは、その女の子の師匠なのか? しっかりと鍛えるが良い! 我が名はテューオ! 気がむけば、一つぐらいは願いを叶えてやろう』
サリンジャーは、名前を教えて貰ったのは初めてなので、呆然としていたが、セドリックはルーファス王子の腕の中で、真っ赤になっているジュリアに、何故か胸が焼けた。
「ルーファス王子、ありがとうございます」
男の人に、まして王子様に抱きしめられて、ジュリアはポッとしていたが、ルーファス王子ラブのシルビアが走って来て、騒ぎだした。
「ジュリア、大丈夫だった? 凄い大波だったわねぇ!」
シルビアには、沖に去っていく、海のウンディーネが見えていないのだと、ジュリアは驚いた。
「ねぇ、頬が赤いわよ」
シルビアに、ルーファス王子に抱き締められた感じを尋ねられて、逞しい胸板を思い出して、もっと真っ赤になったジュリアだった。
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