第5話 セドリック様の帰宅

 ジュリアがベーカーヒル伯爵家でメイドを始めて1ヶ月が経った頃、離宮でルーファス王子と勉強や武術の指導を一緒に受けていたセドリック様が帰宅すると手紙がついた。


 帰宅される予定の前日から屋敷中が何となくざわついていたし、特に下僕達が落ち着かなかった。


「ねぇ、ルーシー? 何か変じゃない?」 


 ルーシーはジュリアがこんなに重大事も知らないのかと、呆れてしまう。


「セドリック様が帰って来られるのよ。だからお部屋の用意をしているの」


 基本的に伯爵や若様の部屋は下僕が掃除をするので、メイドのジュリアには関係ない。


「でも、それだけじゃないような……」


 ぼんやりしているジュリアでも、下僕達がぴりぴりしているのに気づいた。


「まぁね、セドリック様が16歳になられたでしょう。だから、そろそろ従僕を選ばれる時期なのよ。皆、従僕になりたいから、そわそわしているの」


 ルーシーがシルビア様の侍女になりたいと言っていたので、ジュリアは下僕達も同じかなと微笑んだ。


「あんたは本当にぼんやりね! まぁ、おいおいわかるでしょうけど、セドリック様はルーファス王子の御学友なのよ。だから、将来は出世間違い無しなの!」


 ジュリアは伯爵だけでも身分が自分達とは比べようもないので、それ以上の出世と言われても想像もつかない。


「それと従僕と関係あるの?」


 若様が出世しても、従僕は部屋を整えたり、服装をキチンとお世話したりするだけで関係ないと、ジュリアは肩を竦める。


「もう! あんたときたら! 若様が出世なさったら、外国にも行かれるかもよ」


 へぇ~! とジュリアが驚いたので、ルーシーはやっと満足した。


「さぁ、明日は掃除も念入りにするから、早起きしなくちゃいけないわよ」


 そう言うと、蝋燭の火を吹き消した。ジュリアはセドリック様とはどのような御方かしら? と、想像しながら眠りについた。



 次の日の朝は、ルーシーの言った通り、女中頭のケインズ夫人の監督の下で、いつもより念入りに掃除をした。


「いくら若様が帰宅されるとはいえ、今でも伯爵様がおられるのに変だわ」


 やっと掃除を終えたジュリアは、コソッとルーシーに自分の疑問を伝えた。


「もう! 本当に田舎者なんだから! セドリック様はルーファス王子の御学友なのよ。

 普段は王宮へセドリック様が行かれるけど、たまにはルーファス王子が遊びにいらっしゃることもあるの!」


 なるほど、それで女中頭さんや、執事さんが、隅々まで磨くようにとチェックしていたのだとジュリアは納得する。


『王子様をお見かけしたと家に手紙を書いたら、お母ちゃんや妹は驚くだろうなぁ~』


 ジュリアが呑気なことを考えているうちに、セドリック様を乗せた馬車が着いた。


 下僕達は争って玄関に出迎えに行ったが、客人ではないので、メイド達には出番はない。ジュリアは裏階段から、チラリと背のすらりとした金髪の若様を見ただけだった。


「セドリック様ってハンサムよね~」


 使用人の食堂で他のメイド達が繕いものをしながら騒いでいたが、ジュリアは後ろ姿をチラリと見ただけなので、コメントは控えた。


 そんなメイド達とは違い、下僕達は誰がセドリック様のお風呂の支度をするのかで揉めていた。


「何を騒いでいる! トーマス、セドリック様のお風呂の支度をするように」


 執事のヘンダーソンさんに指名されたトーマスは、胸を張ってお湯の入った桶を運んで行く。


「ほら、他の者も運ぶのを手伝いなさい」


 下僕達がいなくなると、メイド達はトーマスが従僕に選ばれるのかしら? と頭を寄せて噂をする。


「トーマスは真面目だけど、セドリック様の従僕には向いてないわ」


「あら? 真面目なのが一番よ」


「マシューの方が気がきいてるわ」


「これ! 噂ばかりしないで、手を動かしなさい!」


 騒いでいるのをケインズ夫人に叱られて、メイド達は一旦は黙った。しかし、トーマス以外のお湯を運んだ下僕達が下りてきて、ぶつぶつと文句を言い出し、それにメイド達も参戦したので、この日の繕いものはなかなか終わらなかった。


「やはりトーマスが従僕になるのかしら?」


 ジュリアは真面目だし、下僕達の中では年が上だからトーマスが従僕になるのが普通だと思ったので、ルーシーの不満そうな声が理解できない。 


「執事さんもトーマスを従僕にと思っているんじゃないの?」


 まぁねぇと、ルーシーは口を尖らせる。


「トーマスじゃあ駄目な理由があるの?」


 ジュリアは聞いて欲しそうなルーシーの様子に、やっと気づいて質問する。


「だってトーマスは見栄えが悪いもの。マシューは好感のもてる容姿だもの」


 延々とマシューの容姿を褒めるルーシーの言葉を、ジュリアは複雑な気持ちで聞いていた。


『私は不器用だから侍女にはなれないわ。でも、これから頑張って裁縫や髪の結い方を練習しても、可愛い容姿じゃないと無理なのね』


 生まれつき不器量なのは仕方ないが、それで仕事にもハンデになるとしったジュリアは落ち込んだ。


『お母ちゃんがメイドにさせたのは、きっと不器量だから結婚できないと思ったからかも……』


 ジュリアは不器用な上に不器量では、メイドとしてもぎりぎりなんだと考えて、絶対に妖精に魅入ったりしないようにしようと決心を固めた。

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