第4話 ベーカーヒル伯爵家の人々
ジュリアは不器用なりに、ベイカーヒル伯爵家のメイドとして頑張って働いた。
当主のベイカーヒル伯爵は落ち着いた雰囲気の紳士だし、伯爵夫人はプラチナブロンドの綺麗なレディだった。16歳のセドリック様はルーファス王子のご学友で、今は一緒に離宮で勉強をしていて留守だ。10歳のシルビア様は伯爵夫人に似た美少女で、家庭教師のミリアムの監視下にいた。
「あと数年したら、家庭教師のミリアムさんは用なしだわ。シルビア様付きの侍女に選ばれたいわ」
ジュリアは同室のルーシーが、シルビア様が社交界にデビューされたら侍女になりたいと口にしたので、メイドと侍女の違いを尋ねた。
「そのお屋敷によって色々とやり方は違うけど、社交界にデビューされたり、結婚されたら、お付きの侍女が常に側に仕えるものなのよ。シルビア様が社交界デビューされたら、侍女はパーティーや旅行にも同行するのよ」
「旅行! そうかぁ、良いなぁ」
首都ヘレナまでの旅は緊張して楽しめなかったが、普通の庶民には旅行は夢みたいな話なのだ。
「そうよ、シルビア様が余所のお屋敷に泊まられる場合は、侍女が付いて行ってお世話するのよ」
ルーシーは不器用なジュリアはライバルじゃないから、安心して話せる。
「夏休みには御領地にも付いて行けるし、それに掃除からは解放されるもの。まぁ、シルビア様の部屋は掃除しなきゃいけないけどね」
このベイカーヒル伯爵家では、メイドも掃除をするが、水で床を磨いたり、洗濯は下働きの仕事だ。朝早く、伯爵家の人達が起き出す前に、掃除を済ませなくてはいけないのだ。侍女や従僕はお仕えする方の部屋だけで良いと聞いて、羨ましく感じる。
「それに伯爵夫人の侍女メアリーは、メイドの制服より上等な布でできた制服を着ているのよ。余所のお屋敷を訪問したりもするから当然よね~」
ジュリアにとってお仕えする伯爵家の方々は見かけるだけの存在で、先輩の女の召使いとしか話さなかった。
そして、そのメイド、料理人、料理助手、下働きを束ねるのが、女中頭のケインズ夫人だ。
男の召使いも、伯爵付きの従僕、下僕、御者、下働きと何人も仕えていたが、屋敷の全てを取り仕切るのは執事のヘンダーソンさんだった。
ジュリアは執事さんと女中頭さんにクビにされないようにと、二人を見かけると緊張した。
女中頭のケインズ夫人は、ジュリアは不器用だけど怠け者では無いし、推薦状通り読み書きもできると満足していた。
「裁縫はもう少し練習が必要だけど、どうにか制服も詰め直したみたいだし。それより、あの娘は時々ぼんやりしているのが気に掛かるわ」
朝早く、伯爵家の方々が起き出す前に、メイドや下働きの全員で掃除を済ますのだが、ジュリアは階段に差し込むステンドグラスの光に見とれたりしていた。
「もしかして、ジュリアは空想癖があるのでは無いか? セドリック様が来週には離宮から帰って来られるのに、夢見がちのメイドは困りますよ」
日々の予定を女中頭のケインズ夫人と、執事のヘンダーソンさんは朝のお茶を飲みながら話し合うのが習慣になっている。新たに雇ったメイドが不分別では? との疑問を口にした。
「ジュリアは時々ぼんやりしてますが、そういった色恋を妄想しているのでは無い気がします。それに、私がちゃんと監視します」
余所の屋敷では、時折メイドとの不適切な関係を持つご主人様や召使いがいるのは承知しているが、ベイカーヒル伯爵はそういった事に厳しかった。
「まぁ、ジュリアの容姿なら……おっと失礼」
執事はガリガリの色気の欠片も無いジュリアには、この方面の心配は無さそうだと苦笑した。
「クシュン……誰かが私の噂をしているのかしら?」
ジュリアは階段を掃いている手を止めて、正面のステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光に舞う妖精をうっとりと見つめていた。
「ジュリア! 早く掃いてしまいなさい」
ルーシーに注意されて我に返り、メイドをクビになっちゃうと慌てて掃除に戻る。
『何だか前より妖精の姿がはっきり見えるような気がする。首都ヘレナは自然が残って無いのに、変だわ』
ジュリアは幼い時から、水の水滴の中に小さな妖精を見たり、木々の葉っぱを揺らす風の妖精を感じる時があった。
家族に伝えたら、嘘を付くのは悪い事だと叱られたので、ジュリアは口に出さないようにした。
『こんなに見えたら困るわ、ぼんやりしてるとクビになるかも。
見ないようにしなきゃ』
妖精達は綺麗だけど、頭がおかしいメイドをどの屋敷でも雇ってはくれないだろうと、ジュリアは誘惑に勝とうと努力する。
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