第3話 首都ヘレナのお屋敷
「お前は本当に13歳なのですか?」
領主様のお屋敷の女中頭に質問されて、ジュリアは大きな緑色の目を床に落とした。姉達は13歳の時には背も高かったし、女の子らしい魅力的な体型だった。
きっとガリガリで不器量なので、メイドの話は無くなるのだろうとジュリアは覚悟した。首都ヘレナには元々行きたくはなかったが、働き口が無いのは困る。
床に落とした目をあげて、はいと答えた。
女中頭は正直なところジュリアを一目見て、少しガッカリしていたのだ。姉達は可愛い健康的な容姿だったが、勉強はあまりしてなかったので、下働きしかさせられなかった。
母親からジュリアは読み書きも得意だと聞いて、それならと首都ヘレナのメイドの口を世話しようと思ったからだ。しかし、少し大きすぎると感じた緑色の目は、よく見ると綺麗に澄んでいるし、知性を感じた。
「首都ヘレナのベイカーヒル伯爵のお屋敷に勤めるのです。丁度、駅馬車が午後には通るから、手紙を書いてあげましょう」
首都ヘレナには行きたいと思っていたわけでは無いが、どうにか職にはつけそうだとジュリアはホッとする。
お昼は屋敷の召使い用の食堂で食べ、女中頭から紹介状と夜の弁当を手渡された。
「この娘をベイカーヒル伯爵の屋敷の前まで連れて行っておくれ」
屋敷の前に止まった駅馬車の御者に頼んでくれたので、ジュリアは少し安心する。
乗り合わせた人達は、まだ子どもなのに働きに行くのだと同情したのか親切にしてくれたが、ジュリアは初めての長旅で緊張し、疲れて眠ってしまった。
駅馬車は何度か休憩して馬を交換しながら夜通し走り、次の日の昼前に首都ヘレナに着いた。
ジュリアは夜明け前に起きて、女中頭が持たせてくれたお弁当を食べようとしたが、どんどんと家が多くなっていくのを見ているだけで緊張して半分以上は残してしまった。
『こんな街の屋敷で勤まるかしら? いえ、勤まるように、しっかりしなくちゃ』
ぼんやりしていると言われているジュリアだが、拾い子の自分を13歳まで他の姉妹と同じように育ててくれた両親の為にも、しっかり働こうと決意した。
「さぁ、ここがベイカーヒル伯爵のお屋敷だよ。忘れ物はないかな?」
母親が持たせてくれた布包みは、ずっと膝の上に置いていたので、いくらぼんやりでも忘れない。
「ありがとう」と、御者に御礼を言って、ベイカーヒル伯爵のお屋敷を眺める。
首都ヘレナでも高級住宅街にある屋敷は、ゲチスバーグの領主様の無骨な屋敷と違い洗練されていた。
白の大理石の柱が並ぶ玄関に、ジュリアは圧倒されたが、このまま突っ立っていても仕方ない。
「どこか勝手口がある筈なんだけど……」
領主様の屋敷に父親に連れて行って貰った時は、建物の横手の勝手口から入ったのだと思い出してきょろきょろする。
「何か用事ですか?」
玄関先できょろきょろしている田舎娘を不審に思ったベイカーヒル伯爵家の下僕が、扉を開けて尋ねた。
ジュリアはがさごそと上着のポケットから、女中頭さんが書いた手紙を差し出した。
「ゲチスバーグ村から来ましたジュリアです。このお屋敷でメイドを募集していると聞いて……」
若い下僕は可愛いメイドが雇われたら嬉しいと期待していたので、少しガッカリしたが、女中頭のケインズ夫人の所へ連れて行く。
半地下の区域の気持ち良く整えられた女中頭の部屋で、ジュリアは手紙を読んでいる間、もじもじしないように頑張って立っていた。
「貴女は読み書きができると紹介状に書いてありますが、メイドは初めてなのですね。まだ若いけど、ちゃんと働くのですよ」
緊張のあまり青ざめたジュリアは、13歳にしては成長が不良だとケインズ夫人は少し気になった。
しかし、この容姿なら、下僕達と問題を起こしたりしないだろうと考え直す。若い召使い同士が不品行な行いをしないように監視するのも大変なのだ。
新しいメイドが雇われると知った使用人達が、ドアの外でうろうろしていた。ケインズ夫人は、サッサと仕事をしなさいと叱って、一人のメイドを呼びつけた。
「ルーシー! この娘はジュリアです。今日からメイドとして働きますから、慣れるまでは面倒をみてやってね。貴女と同じ部屋になるから、案内してやりなさい」
黒い服に白いエプロンをしたルーシーは、茶色の髪をきれいに結い上げていた。
「ジュリア、付いて来て」
ルーシーは一人で部屋を使っていたのにと、少し不機嫌な様子で案内する。
「表の階段は、掃除する時以外は使っちゃあ駄目なの。使用人は裏の階段を上り下りするのよ。それと、あんた歯軋りとか、いびきはかかないでしょうね」
荷物を持ってルーシーの後ろを付いて行きながら屋根裏の召使い部屋のある階まで上る。
階段を挟んで片方が女の使用人の部屋になっていた。
「あっちの男の使用人の部屋には近づいてはいけないのよ。この屋敷は使用人同士の淫らな関係にはうるさいの」
ジュリアは「近づきません」と頷いた。
ルーシーの部屋にはベッドが2つあったが、1つは剥き出しのマットレスだけだ。
「荷物を置いたら、制服やシーツを取りに行くわよ」
小さな箪笥に布包みを置くと、先輩のルーシーについてまた半地下まで裏階段を下りた。
ケインズ夫人はルーシーに世話を任せたものの、ジュリアの体型にあう制服があったか不安になってリネン室にやってきた。ベッドのシーツや布団は簡単だったが、案の定、制服は一番小さいのをジュリアに当ててみたが、かなり縫い詰めないと駄目そうだ。
「あんたは縫い物は得意?」
目を伏せて余り得意じゃないと答えるジュリアに、ルーシーは肩を竦める。顔を出したケインズ夫人も、縫い物が苦手なのは困ると眉をしかめた。
「ジュリア、縫い物も練習しなくてはいけませんよ。ルーシー、今回は手伝ってやりなさい。
そんな不格好な服でお屋敷内を彷徨いて貰いたくありませんからね」
ジュリアはお母ちゃんが作ってくれた新しい服なのにと、涙が出そうになったが、ルーシーが着ている制服はすっきりしていた。
「そこの布団とシーツは、あんたが運ぶんだよ」
ルーシーは制服を持ってくれたが、ジュリアは布団を持つと前が見え難くて階段を上るのに難儀した。
「ベッドメイクぐらいできるでしょうね」
先輩に監視されながらのベッドメイクに緊張したが、どうにかこうにかやり遂げた。ルーシーはジュリアが不器用なのに気づいて溜め息をつく。
「さぁ、この制服を着てみなさいよ」
ベッドの上に置かれた黒色の制服を着たが、丈も幅も大きすぎる。ルーシーはベッドの横のチェストから小さな箱を取り出して、ザッとマチ針を打つ。
「1枚は私がなおしてあげるけど、2枚目はあんたが詰めるのよ」
見てなさいと、裾を手早くかがり直したり、ウエストを縫い込んでいく。
「ルーシーさん、凄く裁縫が上手いのですね」
母親や姉達も裁縫をしていたが、これほど手早くは無かった。ルーシーも褒められて、少し嬉しく思う。
「侍女になるには、髪の毛を上手に結ったり、裁縫もできないと駄目だからね」
ジュリアにはメイドと侍女の違いがわからない。質問しようとしたが、昼食だからサッサと着替えてと急かされる。
「髪の毛もちゃんとしなきゃ駄目よ」
三つ編みにしていた髪を手早く上にあげてくれた。
「あら、まんざら不細工じゃないわ。もう少し大人になったら、可愛くなるかもね。
さぁ、下の召使い用の食堂へ行きましょう。皆様の御食事が終わってからだから、お腹がすいたわ」
ジュリアは初めて身体にぴったりの服を着て、こざっぱりした髪型にしてもらい、ほんの少しみっともない容姿がマシになった。
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