第22話 いつもの事
病院で〝ジャングルジムから落ちた〟と伝えたら、どこにも痛いところが無いのに、頭にハチマキのような物を巻かれて、見たこともない機械の中に入れられた。
面白そうに見えたけど、機械の中では、まるで工場の中にいるような雑音が、ガンガンと大音量で鳴り響いていた。怖かった。脳ミソでも破壊されるんじゃないかと……。
それ以外は何も診られはしなかったけれど、チャチャの方はたくさんの検査をしなくちゃいけなかったようで、お昼になっても待合室に姿を見せなかった。学校の先生に肩を抱かれてめそめそしながら待っていたら、チャチャのお母さんがやって来た。チャチャのお母さんは、おでこにしわを寄せて睨んでいたよ。その顔は頭の中を調べる機械よりも怖かった。
先生はさ、チャチャのお母さんに、偶然ぶつかったのだと説明していたよ。そんなわけないのに……。
だって、薄ぼんやりと憶えていたんだもの、オレ。ジャングルジムの下から、オレのことを見上げているチャチャの顔を……。小さな頃、公園の滑り台で遊ぶオレを〝堕っこちやしないか〟と心配そうな顔で見ていたお母さんと、そっくりな顔だった。
チャチャは、左脚の付け根を骨折していたよ。ばあちゃんと、デパートに売っているちょっと高級なバウムクーヘンやらクッキーやらを持って、何度もお見舞いに行ったなあ。
学校をサボって病院に行ったこともあったんだ。チャチャのお母さんは、学校に行かなかったことを怒っていたけど、お菓子とジュースをご馳走してくれたよ。
病室のチャチャと何を話したのかはさっぱり憶えていないのに、とても楽しかった気がする。オレの話を信じてくれたのが、チャチャだけだったからだ。もうひとりのオレのことさ。他の奴らには伝わらない、もうひとりのオレのことさ。
誰に訴えても解ってもらえなくて、信じてもらえなくて、ムラムラして怒ってしまうのに……ああ、ムラムラっていうのは、ムカムカむかついてイライラ苛立つが合わさった感じだよ。
だから、みんなに嫌われるんだ。信じてもらえなくても、解ってもらえなくても、しょうがないのに……。
途切れることなく、一日中、オレがオレに名前を呼ばれる日には、理科室の隅っこで泣いたこともあったよ。そんな時、チャチャは、犬や猫みたいに、オレの頭を撫でてくれた。チャチャだけが友達だった。
そのうち、オレだけじゃなく、もっとたくさんの人の声が聞こえるようになったんだ。女の声だったり男の声だったり、大人の声だったり子供の声だったり……。それから、声だけじゃなくて妙なモノまで見えるようになってきて……。
そりゃあ、気味が悪いんだ。
例えば、台所。テーブルの上にある果物カゴに、真っ赤な猫の頭が盛られていたりする。
うっかり落としたペットボトルの蓋が、冷蔵庫と食器棚の隙間にころころと転がってしまった時さ。取ろうとしても手が入らなくて困っていたら、その隙間から緑色のスライムのようなドロドロが湧いてきたんだ。驚いて固まっていたら、そいつはどんどん大きくなって、オレそっくりに成長した。緑色の、眼とくちびるだけがやけに赤いオレなんだ。そして、そいつは、オレに向かってこう言った。
「おまえの代わりになってやるよ」
代わりに学校に行って、勉強をして、遊んでくれるなら、怖いけど頼んでみようかなって、ちょっとだけ思ったよ。
それに、勝手口を眺めていると、集められたゴミ袋を漁るために、近所のスーパーの屋上に棲みついた、変な生き物がやって来ることもあった。首から下はカラスなのに、頭は黒いドーベルマンなんだよ。それで、その黒い生き物は、勝手口からオレに挨拶をするんだ。
「やあ、レオ、今日の調子はどうだい?」
今日の調子だってさ。ははは……オレは、いつも通りさ。
でも、チャチャのいない学校はつまらなかった。朝、「いってきます」と言ったきり、「ただいま」と帰るまで、誰ともくちをきかないのだもの。
そうしているうちに、じいちゃんやばあちゃんから、学校へ行くことを禁じられてしまったよ。もう、チャチャと同じ学校に行ってはいけない、って。理由は、チャチャに何度もケガをさせたから。
ばあちゃんに連れられて行った転校先は、きれいな校舎と広い校庭があった。教室も多くて
オレのクラスが他のクラスと違う扱いを受けているっていうのは、なんとなく分かっていたよ。自分と同じようなのがいるな、ってね。でも、自分と似たような奴とは仲良くなれないんだ。だって、そうだろ。自分のことが嫌いなんだから。嫌いな奴となんか仲良くなれるわけがない。
それ以外は、前の学校と変わった感じはしなかったよ。それどころか、クラス内のケンカは前より増えた気がした。誰かしら、すぐにぶつかるんだ。
でもね、ただひとつ、ひとつだけ、いいことがあった。
コバンくんが、いたんだ。
いつの間にかいなくなっていたコバンくんが、転校先の小学校にいたんだよ。
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