第7話 水着事件
手の傷を見る度に、あの日のことを思い出したよ。それに、カッターナイフで傷付けられた、俺のランドセルを見る度にもね。
ああ、そうさ。レオがカッターナイフを持って笑っていた理由は、眼の前にあった俺のランドセルに、傷が付くのが面白かったからなんだ。まったく、たまんないよなあ。
その後の事は憶えていないな。母親が言うには、レオを連れたおじいさんとおばあさんが謝りに来たらしいけれど……。ランドセルを弁償したいって言ってきたのさ。だけど俺は、それを頑固に拒否したらしいんだ。へへっ……今なら新品のランドセルを迷わず選ぶだろうけれど、あの時は意地になっていたんだろうね。
その翌日レオは、もう、数人の悪ガキどもを従えて、ご丁寧に靴箱の前でお出迎えだったね。
傷だらけのランドセルが、俺の負け、を象徴しているようで、ものすごく悔しかったな。複数の悪ガキに追いかけられて、黙っていられなくて、当然ケンカが始まるわけさ。
ああ、君も、イジメっ子に追いかけられたことがあるのかい?
断じてイジメられっ子ではなかったけれど、朝一番に昇降口で待ち伏せされて、何の理由もなくトイレの個室に追い詰められ、先生には登校したことすら気づいてもらえず、下校時間を過ぎて誰も居なくなるまで、そこで息を殺していたことがあったのかい?
君だって、そのイジメっ子の顔は忘れられないだろう? そいつは乱暴者で、幼い頃のレオと同じように、数人のやんちゃな連中を引き連れていたんだろうね。
そいつはどうなった? いつの間にか学校に来なくなったのかい。理由は判らないけれど、そいつがいなくなったことを喜んでいたのは、君を含めて大勢いたことだろうから、それほど話題にはしなかったんだろうな。
まあ、そんなケンカっ早い俺にも、レオに対抗しようとする奴らが加わってくるんだぜ。そうでなくても一学年に二クラスしかない学校だ。悪ガキグループの二大勢力は目立ちすぎたよ。二クラスしかないわけだから、進級したって顔ぶれなんか変わりやしない。俺はケンカばかりしていると思われていたみたいだ。
決して弱い者イジメをした覚えは無いんだけどな……いや、憶えていないだけかもしれない。やられた事は憶えているのに、やった事は忘れているものだ。
だけどね、俺たちの場合、大抵の事はレオが原因で起こっていたんだよ。大人の中には、レオは相手にするなと言う人もいたくらい……。
なんていうのかなあ…………。レオは自分の持ち物と他人の持ち物を区別するのが苦手だったらしくてね、よく、上履きやら体操服やらを盗んでいたんだ。いやいや、盗むって言うのは的確な表現じゃないかな。
でもさ……ははは……小学校の低学年なんだからさ……はははっ……しっかり名前が書かれているわけよ。それをレオが身に着けているのだから、犯人が誰かなんて、すぐに判るだろ。上履きの踵や体操服の胸なんか見ればさ。悪びれることなく堂々と他人の名前が書かれた体操服を着たレオは、とても間抜けで、思い出しただけでも笑ってしまうよ。
今にして思えば、レオは……レオの場合は、盗んで、クラスメイトを困らせようとしていたわけじゃないんだよな。そこにあったから使ってしまった、っていう感覚だったんだろう。
だけど、俺らにしてみれば、自分の物が失くなっているわけだから、レオは泥棒で、すぐにバレる悪さをする奴ってことになるのさ。
レオの家族? さあね、レオの両親を見たことなんか、俺は一度も無いな。親にしては老けてんなあっていうおじさんとおばさんが、一緒にいたことはあったけど。あれは、きっと、レオのおじいさんとおばあさんだったんじゃないかな。
家庭環境に問題があるとでも? ああ、そう思った大人もいただろうな。きっと、祖父母に甘やかされているのだろうと。
でも、本当にそう思っていたのかは疑問だ。そうでなければ、こうなってしまったのは自分のせいではないと勘違いしたまま、俺たちは成長してしまうじゃないか。
教室で物が失くなれば、確かに、レオの周りで見つかることが多かったけれどもね。
だから、水泳の授業の時に、クラスの女子が、水着が無いと騒いでいても、どうせレオじゃないかって、俺らは思っていたんだ。
あれは、とても暑い日だったな。担任の若い女の先生が休みだったから、副担任が代理だった日だ。よく怒る家庭科の先生で、ヒステリックなばあさんだった。
このばあさん先生ときたら、「犯人が見つかるまで全員帰さない」なんて言い出して、持ち物検査を始めちゃったんだ。そうしたらさあ……出てきちゃったんだよなあ。
全員の持ち物を調べたら、出てきちゃったんだよ。ずたずたに切り刻まれた、紺色の水着がさ。まさか、あんな状態で見つかるなんて、誰も思わなかったんじゃないかな。
レオのプールバッグから出てきたと思うだろ? ところが、今回は違っていたのさ。君はレオが犯人じゃなくてよかったと言うけれど、ちっともよくなかったよ。だって、見つかったのは、コバンくんのプールバッグの中だったのだから。
そうだよ、コバンくんは、さっき話していた女の子のことだよ。一緒に花火を観たっていうね。もちろん、その頃は、まだレオと付き合っていたわけじゃないけど。
ばっちり証拠が出てきちゃったから、コバンくんが犯人だってことになってしまった。あの時のばあさん、怖い顔をしていたなあ。半端なく眼を吊り上げて怒っていたなあ。教室で、みんなの前で……。担任の先生だったら、きっと、そんなことはしなかっただろう。とても忍耐強い先生だったから。
学校を保育園と同じくらいにしか思っていなかったレオに対しても、間違いが判るようになるまで、じっと待っているような先生だったんだ。若かったけれど、教育に理想があったのだろう。
レオはやんちゃなくせに、水泳の授業が嫌いだったんだ。毎回泣いて嫌がるものだから、先生はいつも手を繋いで、プールサイドをぐるぐると散歩していたっけ。そんな可愛い女の先生だった。
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