第31話

31話


本当に、なんでこんなことに…


僕は今現在、メイド服を着ている。


そう、男のプライドを捨てている。


「早くやりなさいっ!!」


バシンッ!!


どこから持ってきたかわからない鞭で、井上先輩はフローリングの床を引っ叩いて脅してくる。


本当になんで、僕が社畜のように馬車馬のように……


「はーやーく」


本当になんでなんだ……


「いらっしゃいませ……本日はこのめるめるめいどんにお越しくださり……ありがとうございます……」


というか、なにこのめるめるめいどんって……メイド服着るのだって嫌なのに、こんな恥ずかしい名前を店につけるだなんて……


「違うっ!なによっ!そのやる気のなさ。もっと笑顔で元気な声で、いらっしゃいませっ!よ」


「い、いらっしゃいませ……」


マジ泣きそう。


まあ、でも白崎さんがいないだけマシか。今白崎さんはクラスで文化祭の準備をしている。彼女にこんな恥ずかしいところなんて見られたくないから、まあ、まだ、頑張れるか。


「違う違うっ!いらっしゃいませーっ!よ」


にしても、先輩。もっと子供っぽくやればかわいいのになぁ。いや、決して僕はロリコンとかじゃないですけどねっ!!


「ほらっ!やって」


多分、これしっかりやらないと終わらない。


もう、こうなったらやるしかない。多分しっかりやらないと、白崎さんが帰って来ちまう。


腹を決めろ。二宮士郎。やってやるぞ!


「い、いらっしゃいませーっ!」


ガチャ!


「ただいまでーすっ!!」


「本日は、このめるめるめいどんにお越しくださり、ありがとうございますっ!」


「あ………」


そこには困惑したような顔をしている白崎さんがいた。


「え?その、えっと……ただいま?」


「う、うん。お、おかえり」


なんなの?これ…


「お?しかりんっ!しかりんも今からみっちりレッスンよっ!!」


このチビが……


「あ、メイド喫茶のですか。いいですよっ!」


状況を理解したらしい。


「士郎。あの……お疲れ様です」


本当。泣きそう。


「でも、士郎。凄いかわいいですよっ!!」


フォローのつもりだろうか?別に嬉しくないんだが?だけど……


「ありがとう」


彼女からどんなことでも、褒められると嬉しく感じる。それが例え、お世辞であったとしても嬉しいことに変わりはない。だから、それ以上は考えないようにしよう。


うん。考えない……


「じゃーん」


いつの間にか、井上先輩と白崎さんはメイド服に着替えていた。


うん。本当にかわいい。


これだよな。やはりメイドってのは


「じゃ、三人で練習するわよーっ!」


「おーっ!」


「お、おお……」


「いらっしゃいませーっ!はいっ!」


「いらっしゃいませーっ!」


「いらっしゃいませ……」


なんなの?これ……


で、やっぱり先輩はもったいないな。あんなにロリってるのにロリロリできないのかな?


いや?出来るはずだ。僕を部活に誘いに来た時のように。


「ほら士郎。しっかりやる」


「は、はぁ」


ちょっと、この先輩ギャフンと言わせたい。なら、やらせることは一つしかない。


「いらっしゃいませーっ!はいっ!」


このよくわからない流れに終止符を打ってやる。


「あの、先輩。提案があるんですがいいですか?」


「なによ?」


よし、流れは止めた。ここからだ。


「うん?なによ?」


「………先輩はもっと……子供っぽくやったら、かなりいいと思います」


先輩の普通に人を何人か殺めてそうな目。怖い…殺される?


選択を誤ったか?


「子供っぽく?どういう意味?」


すっごい目つきをしていたが、案外乗ってきた。


「うーんと……」


でも、ここで間違えると……ああ。考えるだけで死相が見えてきそうだ。


どうしようか。なんて言えば怒らせずにロリっぽくやってくれるだろうか?


うーん。どうしよう…


「いらっちゃいませ!ご主人様!!ふみゅふみゅ…ど、どうかしら……」


え?なに?ちょっと釘み……あ、中身だ。そうじゃなくてっ!!…決して先輩のことなんて好きじゃない。いや、好きだけど、友達としてのだ。


でも、これは…ロリロリしててかわいい。


なんといっても、ふみゅふみゅ!の破壊力が凄すぎる。


なんでふみゅふみゅなのかは、わからないが、そんなことどうでもいいと思えるくらいに可愛かった。


「な、なんで黙るのよっ!!」


「いや、想像以上に良くて……」


「うっ……うるさいうるさいうるさーいっ!!」


ボンッ!!


なにかに風穴が空くような音。


「……え?」


完全に腹に入っていた。


にしても、恐ろしい音だ。


そんな音と共に僕は呼吸器官になんらかのダメージを受けたのか呼吸が出来なくなり、そのまま倒れた。


く、苦しい…溺れたみたいだ。


死相が見える。さっきよりくっきりと……


「しろう!!ねえっ!士郎っ!!」


意識が生と死の狭間にいるような感覚の時に、白崎さんの声が響いてくる。


ダメだ。まだ死ねない。


死んでたまるか…


僕は白崎さんの声の聞こえる方向へ進んでいく。


どんどんと周りは暗くなっていく。そして、完全になにもなくなった。


「ねえ、士郎」


「え?誰?」


「僕かい?僕はうーん。じゃ、道化師とでも名乗っておこうかな?」


「へ、へぇー。じゃ道化師さん。僕になんのようですか?」


「そろそろ君には、子供を止めてもらおうか」


「子供をやめる?」


「まあ、目覚めればわかるし、それは目覚めてからのお楽しみってことでいいかな?君の“選択”を見せてもらうよ」


そして、僕はなぜか布団の中にいた。


寝落ち?


いや、状況的にそれはないだろう。


起きてすぐにわかる。周りは暗いしもう夜なんだろう。だから、寝落ちはない。そして、一番現実味のあるものがあった。それは、僕の腹に風穴が空いているような感覚が、しっかりと残っているからだ。夢なら痛くないだろうしな。


だけど、穴は開いてない。


しっかりと腹はある。が、痛い。それは変わらない。


「お?士郎?起きたの?」


と、冷蔵庫を開けて一生懸命背伸びをして、水を取りだして飲んでいる金髪の少女が話しかけてきた。


「あ、先輩。なんで僕はこんなことに?」


「知らないわっ!軟弱なんじゃない?」


「あ、先輩思い出しましたよ」


「え?なにを?」


「なんで倒れたか」


「ほう。聞かせてもらおうじゃない」


と、かなりの上から目線でそう言うと、水を冷蔵庫にしまって、仁王だちをしている。


ちょっと、ホラ話しようかな?先輩なんかこれ系の話嫌いそうだし。


という、面白そうな案を思いついたので、簡単な作り話を話しながら作っていく。


「はい!あれは……昨日の晩の事でした。ひゅーひゅーと小窓から風が抜ける音がする程、外は強風でした」


「え?なんの話?昨日はほとんど無風だったわよね?」


「その音がうるさくて、どうも眠れなかった僕は水でも飲んでから寝ようと目をさまし、水を取りに行った時。みょーうに、寒かったんです。今は真夏だというのに、あれ?おかしいな。と思いながら、進んでいくと、その時に見てしまったんです……」


「え?ん?え?」


「そこには小さい金髪のツインテールがっ!!」


「ギャーー!!!」


多分、僕のオチは聞こえてないだろう。


井上先輩の顔は真っ青になり、頭を抱えてしゃがみ込み、ひどく怯えている。


いつもの恨みを果たし、気持ちよく眠りにつけそうだったので、そのまま僕は井上先輩を放置して、布団に潜る。


「士郎っ!起きてっ!」


朝になったのか白崎さんが騒いでいる。


「うん?あー?ふぅ」


「ええー!二度寝しないでよ士郎っ!」


「ふーん。うん。おはよ。しかりん」


と、ほぼ目蓋を閉じながらそんなことを一言言う。


「あ、士郎。起きたの?もうそのまま起きなければよかったのに」


そして、この悪口で意識が一気に覚醒する。


「え?なに?すらっと悪口言われたんだけど……」


「あ、そう言えば、士郎。メイド長やってもらうから、そこんとこよろしく」


「え、ええ!!よろしくもなにもなんで僕なの!?というか、なんでメイド長!?」


「え?面倒く……一番適任だと思ったからよっ!」


「今、絶対にめんどくさいって言ったよね?ねーねー!!」


というか、これは昨日の仕返しなのか!?


「ほら、遅刻するわよ。早く学校いくわよっ!」


「なんで強引な……」


そして、僕らは学校に向かう。


それから二週間。完璧にマンネリ化していた。


とりあえず学校に行き、接客練習。帰ったら地獄のような接客練習と、接客練習ばかりやっていた。


そして今日、本番を迎える。


8時からオープンだ。


昨日の前夜祭は学校のメンツだったし、部活の方ではあまり仕事やらなかったから、全然緊張しなかったけど、今日は普通の人が来るし、メイド喫茶を今日の本番はこの四人でがんばるしかない。


開店前に軽く確認っと…料理よし、店の清潔さよーし。なら、いいかな?


よし、時間通り8時だ。


もう、ここまで来たんだ。引き返すわけにはいかない。


「いらっしゃいませー!めるめるめいどんにようこそっ!何名様にゃん?」


急に決まったことだから仕方ないが、なんか、メイドカチューシャが猫耳カチューシャになってるんだよな……


恥じる気持ちは捨てろ。もう振り返るな。


見たところ僕らと歳が同じくらいの、普通のカップルだ。


「二人です」


「2名様ですねっ!二名様ご来店にゃーんっ!」


「萌え萌えー!」


と、奥から白崎さんの声が聞こえてくる。


朝だからちょっと仕込みが足りなくて、そっちに行ってもらっている。


そして、今井上先輩はなんか劇をやってるそうだ。


なんの役回りかとかは知らないけど、先輩に見合ったものだろう。


ゴシックロリ少女とか、ロリータ少女とか…


「あ、入国の儀式をさせてもらいますねっ!こちらのランプに向かって、ハートマークを手で作って、『萌え萌えキュンっ!』と、一緒に言ってもらえますか?」


「は、はい」


できるだけ声を高くして、女の子っぽく振る舞う。


バレたらなんか、いろいろ終わる気がする。


なんか、この人たちみてると、何処となく僕らと似ているような気がする。


何というか、初々しい感じが凄い似てる。なのに、メイド喫茶にくるなよ…とか、思ってはいるが声には出さない。


「せーのっ!萌え萌えキュンっ!」


「「も、萌え萌えキュン…」」


二人はすごく恥ずかしそうに手でハートマークを作り、そう言ってくれた。


「じゃ、メニュー決まったら教えてにゃーんっ!」


と、いいながらその席から離れて裏に戻る。


「う、うわ……マジで緊張した。いろんな意味で」


多分、男だってばれてない。行けるぞこれは……


「あははー。士郎っ!かわいいねっ!」


「え、ええーー!」


いつもそんなこと言われないから、なんか違う感じが凄い違和感があるけど、やはり嬉しいというか、なんというか……


「こんにちはー!誰もいないの?」


と、元気な声。


この声どこかで聞いたことがというか、あのバカップルだ。


「おーい!士郎出てこいよ」


……はぁ。もう嫌だ。さすがにこいつらは騙せないだろうし、いびられるじゃねえか……


続く……

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