第32話

32話


くそ!どうする?あいつらが来たんだけど……


「早く出てこいよー」


というか、なんだよこの面倒な客は…


他の客もいるのにありえんだろ?少し常識ってやつを知ってくれないかな。


だけど、これ以上邪魔とかされたら金が入らないじゃねえか。儲け分はもらえる話だったし、金欠な僕的にはそれはかなり困る。だから、すぐにでもあの客を帰らせるか黙らせるか始末するか…


「士郎っ!私が行きましょーか?」


と、裏方でカップケーキやらチーズケーキやらを作っていた白崎さんが、一区切りついたのかわからないが、助け船を出してくれた。


そうだった。今は僕、こんな格好。こいつらに見られたら色々まずいことが……また、弱みなんて見せたくない。告った時のやつも盗られてるし…


「お、おお!!お願いしますっ!」


「はいっ!頑張ってきますっ!」


そう言い残すと、ふわふわした雰囲気でふらふらと白崎さんは裏から出て行った。


「いらっしゃいませー」


「お?白崎さんじゃん。メイド服かわいいねえ」


裏でも聞こえてくるから、なんかれんがいやらしい顔して白崎さんをきたねえ目で、まじまじと舐めるように凝視している姿が、脳内に浮かんでくる。


白崎さんの彼氏としてそれは許せない。断じて許せないが、この格好……出ていけねえ…


「ちょっと!浮気?だったら許せないんですけど!?」


「ち、違う違うっ!俺の心の天使は君だけさ。火憐っ!」


焦ってる顔が目に浮かぶぜ…


笑えてくる。最高だわ。


「ホントにぃ?」


「うんうん!本当さっ!俺の天使っ!」


「も、もぉ。れんったらっ!」


なんて夫婦漫才が、僕らがやっているメイド喫茶の店前で、繰り広げられていた。


「じゃ、ご案内しまーす」


よしよし、あのうるさい客は席に着いたな。


ふう。とりあえず、一安心。でも、あいつらが帰るまでは出たくないけど、混んだりしたら……


席は四人テーブルが二つと、二人テーブルが三つ。今は二人テーブルが二つ埋まったところだ。


ピンポンなどの便利なものはない。だから、呼んでもらってオーダーを取りに行く仕組みだ。


そして、そこから料理を盛り付ける。


まあ、冷凍食品だし島崎先輩でもできるだろう。


解凍は先輩一人だとちょっと怖かったので、白崎さんにやらせたから大丈夫だろう。


「士郎さんっ!オーダーですよっ!えっと……2卓様コーヒーとチーズケーキだそうです」


なんで僕の名前を大声で言っちゃうのかな……


ということは………


「お!士郎じゃん………って…ぷっ!ぷはははは!!」


やつ。火憐がこっちに来た。最悪だ。完璧にフラグ回収しちまった………


「えー!士郎。それはないだろ。ぎゃはははは!!」


それを追うようにそれの彼氏であるれんがきた。


死ねばいいのに。


なんという営業妨害だ。本当にこいつらなんできたんだよ……


本当に頭痛い。


「…というか、笑い過ぎだろっ!!」


これは僕が告白したあとの時より笑ってるぞ。あり得ねえ。おかしいだろ。


「だって……だってよ……逆に似合ってて…はぁはぁ…ぎゃはははっ」


はよ帰らんかな……


「……士郎。出来たからこれ持ってってくれるかな?」


「あ、はい!」


そうだ。今はこいつらに構ってる場合ではない。私情なんて挟んではならんよな……しっかり仕事やらないとな。


バカ笑いしている奴らはさておき、僕は盛り付けられた皿を持っていく。


ほう、厨房から出れば声は聞こえないんだな。なら、邪魔じゃないし勝手に笑ってろ。


なんて思いつつ、先ほどの初々しいカップルの席に向かう。


「お待たせしましたにゃんっ!こちら、シェフの気まぐれケーキと、ふうふうこぉうふぃーになりますにゃんっ!」


練習のせいで逆にこれ以外の言い方がわかんなくなっちまったから仕方ないことだが


「「ぷっ!はっはっはっ!!」」


こっちにまであいつらの笑い声が聞こえてくる。


よし、もうあいつら始末しよう。


僕はゆっくりと厨房の方へ戻っていく。


「げっはっはっはっは……お、おう……うわっはっはっはっは……お、おぇ!!」


笑い過ぎて吐きそうになっていやがる。


「……おい。お前ら…帰れっ!!」


「な、なにその格好……わっはっはっは…」


これはやりたくなかったが、仕方ない。僕の怒りの鉄槌を喰らえっ!!


ゴンッ!!


そして、やつらバカップルの二人の頭には大きなたんこぶができていた。


しばらくの静寂の後、火憐が呟くように口を開いた。


「痛い……」


「少しは頭冷えたか?」


「う、うん。でも、士郎ひどいよっ!れんはともかく、私は殴らなくてもいいじゃん?」


「………お前れんより笑ってたろ。一番いるわっ!!」


「え?いやいや、そこじゃないっ!なんで俺が殴られてもいい感じなんだ?」


「「れんは殴らないとなっ!!」」


と、完璧に火憐と僕の発言が合う。


「あ、もういいです……」


「よし、じゃ……ということで、お前ら帰れっ!!」


「はーい。帰りますよ。新米のカップルの邪魔なんてしませんよ」


と、れんはなにかを見ながらそう言った。その視線を追うようにそっちを見ると白崎さんがいた。


白崎さん………


「行こうぜ火憐」


「うんっ!じゃ、またねっ!」


と、言って奴らは何処かに行った。


「ごめん。白崎さん」


「え?なんで謝るんです?」


「え?…だって……」


白崎さん。泣いてる……


「え?あれ?なんでかな?なんでかな……」


と、白崎さんは困惑したように、涙をぽろぽろとこぼしている。


え?本当になんで泣いてるの?全然わからないんだけど……って考えてる間にも白崎さんは泣いてるし、どうすればいいんだ!?


こんな時に……


なんて、もう無いんだよな。


もう、頼るな!自分の頭で考えろっ!


「ごめんね。すぐに泣き止むから……」


と言いながら、先ほどから溢れて止まらない涙を必死に止めようとしている。


ここで普通ならばなんか支えるような言葉とか、名言を言って彼女をもっと惚れさせるような感じに持っていかなければいけないが、僕はなにを間違えたのか……


「……ぷっ!ぷはははっ!!」


大爆笑してしまった。


「な、なんで笑うんですかぁ!?」


と、泣きながらに突っ込んでくる。


普通に考えて、笑ってはいけないだろうタイミングだ。


なのに、僕はなんでか笑ってしまった。


ちくしょう。


なんで僕は笑ってしまったんだろう。


いいや、もう、考えても仕方ない。笑ってしまったことには変わりはない。過去は変えられないんだ。だから、次だ。次で変えてやる。


「しかりん。ごめん。その……泣いてるしかりんもかわいいな。と思って……」


「ふえっ!」


と、腑抜けた声を出して白崎さんはぼーっとしてしまった。


「あ、あの…しかりん?」


「えーっと…うーんと……」


あれ?なに?僕、選択ミスったか?


「ふ、ふんっ!士郎なんて知らないっ!!」


あ……怒っちゃったみたい。


「ご、ごめん」


とっさに僕は謝るが、白崎さんはなにも変わらず、頬を膨らまして腕を組んでそっぽを向いているというなんともありがちな怒り方だ。


「ぷっ!!」


そんな絵に描いたような怒り方をする白崎さんを見てまた、僕は吹き出してしまう。


「あー!またー!!」


「い、いや…これは違うんだ」


「なにが違うんですかぁ!!」


と、泣きながら喚く姿をみていると、かなりいじめたくなってしまう。なんでだろうか?僕はSなのか?


「怒って泣いてる姿もかわいいな……」


あ……本音が出てしまった。


「う……うぅ…」


「あ、あの……白崎さん?」


「士郎はずるいです……」


白崎さんはしゃがみこんで、なにかをボソボソと言っている。


「どうしたの?しかりん」


と、僕が白崎さんの視線に合わせるためにしゃがみ込みながら話しかけると……


………え?


それはあまりにも急で、一瞬で、ほとんどなにがあったかわからなかったが、その感触は唇に確かに残っていた。


「おかえしですよっ!しろうっ!」


むしろご褒美だ……


そう、僕と白崎さんの唇がくっついた。これを世間ではキスと呼んでいる。


……え?キスされたの?


「では、私は仕事に戻りますねっ!」


と、爽やかな笑顔で客間へと行った。


………は、はは…


き、キスかよ。これは一本取られたぜ……それにしても柔らかかったな…


「士郎……働いて」


「あ……はい……」


僕も島崎先輩に言われて、客間に戻る。


「いらっしゃいませっ!ご主人さまっ!」


というか、今更なんだが、おかえりなさいませ。ご主人さまっ!じゃないのかな?まあ、これはこれでいいか。


井上先輩になんも言われないのが、一番安全だしな。


店はまあまあ繁盛している。大体三席くらい埋まっている感じだ。


この感じならかなり儲かるんじゃないか?


これでお金入ったら、お金を気にせずに白崎さんとデート出来るじゃないか!


お金がないと本当に何にもできないんだよな。正直、女の子とデートってなにをしていいかわかんねえし、緊張するし、口数だって圧倒的に少なくなる。


こんなのでお金もなかったら、とりあえずご飯とか、映画とか、ゲームセンターというのが出来ねえからな。


これを封じられると、本当になにを話していいかわからない。


遊んだり食べたりすると、ものを共有できる。だから、話しが弾む。そうすると、仲がより良くなる。


このようにお金があるとかなり最高なのだ。


よし、がんばるぞ!


そこからは本当に順調に物が売れが進み、白崎さんとはあれからはちょっと、会話どころか目を合わせることもできなかったけど、それは全然イラっとするやつでもなく、完璧にリア充ってやつだった。


そして、今日用意した全てが売れた。


目標なんてものは無かったが、これはこれで実に充実していたと思う。


そして、まだ今は11時半だ。


12時から暇を貰える事にはなっていたが、売れるものがないんだからやる必要もない。


結局、先輩は帰ってこなかったな……


ふー。よかった。これで僕は自由だ。


ということは、文化祭をしかりんと満喫できるんじゃないのか!?


「じゃ、しかり………」


あ、気軽に誘いかけてしまった…


そう、しかりんの顔を見るだけで、あの時の感触が……


それをおもいだしただけで、もう、体の血という血がボコボコと沸騰しているかのように、体が熱いのだ。


ちょんちょんっ!


で、出たー!袖チョン。


「し、士郎。一緒に回りません?」


そこからの上目遣いとかこんなの脳殺もんじゃねえか……


「う、うん」


僕はこのクソ可愛い彼女からの誘いをもちろん受けて、文化祭デートをする事になった。


だけど、情けない。女の子から誘わせるとか…男として……


いや、もう、それは考えないようにしようって決めたんだ。そう、決めたんだ……


と、自分に押し込むように自己暗鬼かけて、どうにか流し込む。


「どこ行きましょうかー。とりあえずお腹すきました。そろそろお腹の背中が裏返りそう……」


「えっ?なに?ひどいグロ画像じゃない?」


「早くご飯行きましょーっ!」


「お、おー」


はやり元気だった白崎さん。そんなところもかわいいな。


「じゃ、なに食べたい?」


「うーんと、士郎と一緒ならなんでもいいよっ!」


うわ……この子恐ろしい子っ!!


「う、うん」


今この高校はその名の通り、お祭り状態なのだ。


だから、もう、意味がわかんねえ。


3のEに焼きそばとか書いてあったのに、なんか、餃子焼いてるし、コンビニの真似事をしていた組がホストやってるし……ってあれ?僕の組なんかあったよね?ホストキャバみたいな意味わかんねえ奴が……


「おい!士郎!ご指名だぞ!」


「れんお前どこから……って、しかりん」


「し、士郎?ど、どうしよう…」


白崎さんもなぜかクラスメイトだろうか?なんか、女の子に囲まれていた。


「白崎ちゃん?貴方どこいたの?今やばいのよっ!」「やっと見つけた。本当に大変なんだからエース二人もいないで」「私と楽しいことしましょー♡」


「おいおい!最後の女でてこい。僕が成敗してやるっ!」


「ほら行くぞ士郎。白崎さんも行ったじゃねえか」


「お前らが強引に……うわぁぁ!!」


そして、結局僕らはクラスメイト達に引っ張られ強制的にスーツに着替えさせられ、強制労働を強いられる。


「はぁい。しろおちゃ〜あん♡」


「ひ、ひぃ……」


なぜか僕は変な女の人に囲まれていた。


無駄に厚化粧をした三、四十代の叔母様方だ。


なんで僕が母さんよりも歳のいってそうな人に接客ならまだしも、ホストの……水商売やらなきゃならないんだ。


白崎さんはというと、黒い長いドレスのようなものを着て、知らないそっちも三、四十代の男の人に囲まれていた。


「しろおちゃ〜ん。どおしたの?暗い顔して……」


どうしたもこうしたも、こんな状況…


もう、早く終わって……


結局、僕は無心で一時間程度仕事をやらされた。


「しろおちゃ〜ん。あーん♡」


本当にもう、嫌だ……


この経験から、大人になっても僕は水商売はしない。そう決めた。


やっと、僕らのシフトは終わり自由になった。


「し、しかりん……大丈夫だった?」


「ま、まあ…それなりに…」


結構白崎さんもきてるのか…


まあ、でもこれからデートだ。頑張ろう。

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