第29話

29話


くそ……


僕はかなり……幸せで、困っていた。


「私達は、ちょっと普通にデートしに来ただけだから、またね」


と、バカップルがついて早々、どこかに行き、


「私達も元々、普通にデートするつもりだったから、またね」


と、先輩カップルも、どこかに行ってしまう。


それからというもの………


「お兄ちゃん。あっち行こうよぉ〜」


「士郎。こっちだよね?」


右腕を白崎さん。左腕を梨花が僕の腕を綱引きのように引っ張り合い、端から見れば、美少女二人に囲まれた容姿もなにも普通程度のやつ。そんなの端からみたら、両手に花。ちっ!クソリア獣が死んじまえっ!って思うだろう。僕だって、そんな状況におかれて幸せじゃないわけがない。だが今は、そういうのは望んでない。


ただ、僕は白崎さんとデートがしたいだけだ。


でも、こういう状況が、まんざらでもない僕がいる……


だが、どうしようか。


このままじゃ、体が引きちぎれる。


二人を傷つけずに、助かる選択肢は……


「じゃ、二つとも行こうか。時間はいっぱいあるんだし、ね?」


「「じゃ、先にどっちにいくの!?」」


……これは、参ったな。


僕がこんなに幸せでいいのか?


美少女二人からこんなに、こんなに……


もう、言葉を失い、気も失いかかったが、ここは理性を保ち冷静に判断する。


「じゃ、こっち行こうか」


と言って選んだのは、白崎さんのほうだ。


「やったー!!」


と、無垢な子供のように素直に喜んでくれる白崎さん。


……え?


「さ、行きましょう!!」


少し、僕の思考回路は停止していた。


ガッと、僕の腕を白崎さんは両手で抱きしめるかのように掴み離さない。


だが、動揺してはいられねえ。


「う、うん」


そして、僕らは歩き出す。


「……ねーねー。お兄ちゃん。私とは?」


どうやら、妹はそれが気に入らなかったらしく、後ろからじとー。という眼差しを向けながら、僕らの後をつけてきている。


「わかった。じゃ、おいで」


僕は仕方なく、渋々ともう片方の腕、に妹を受け入れる。


本当だからね!?私は別に、女の子なんて白崎さんだけでいいんだからね!?


オカマ士郎オンライン。


そして、両腕が柔らかなものに包まれる。


ああ。僕はこの時のために生きてきたのか……


「着きましたっ!」


ほう。着いたか。


そこは単なる雑貨屋だった。


妹は、探索だ。とか言って、ふらーっと行ってしまう。なんか、すごい不自然だったけど………


だが、白崎さんは、僕の腕から離れない。


「ここの雑貨屋。可愛い付箋がいっぱいあるんですよっ!」


あ、そうか。そう言えば、付箋が好きなんだっけ?


変わった趣味をお持ちで……


てか、本当に好きなのね。


だが、はやり僕の腕からは離れようとしない。


「……行って見ないんですか?」


見たいなら離れればいい。素朴な僕らしく、素朴な質問をする。


「え、えっと……士郎の方が好きだから……なんて、ダメですか?」


やばい。こんな返事が返ってくるなんて……心の準備が全くできていない状態でのこれは………


「だ、だめじゃない……です」


目を見て話せるわけもなく、僕はどっか他の方向を向きながら、そう答える。


「あ、は、恥ずかしいこと言っちゃいましたね……」


なにその笑顔……もう、可愛すぎるんだよっ!!


「じ、じゃ……一緒に見ましょうか」


「は、はい…」


そして、僕らは付箋コーナーへと向かう。


もちろん、腕は組んだままだ。


「あ、士郎っ!着いたっ!!」


付箋コーナーに着くと白崎さんは、僕から離れて、付箋に釘付けになる。


誰でもわかるようなトラップの中に、可愛い付箋を入れていたら、白崎さんは釣れるな。


「どうですか?士郎っ!これ、かわいくないですか?」


と言って僕に「獲ったどー」と、言わんばかりに押し付けてくるのが、半分ピンク、半分、青で出来た。カップル専用の可愛らしい付箋である。


夫婦茶碗ならぬ、夫婦付箋といったところだろうか?


「か、かわいいです……ね」


「かわいいですよね!?」


「は、はい」


まあ、確かにかわいい。


おしゃれな喫茶店に置いてあっても、おかしくない付箋だ。


「お兄ちゃんっ!ただいまー」


と、後ろから妹が僕の腕めがけてダイブ。


がっつり捕まれ、右腕は動かない。完全に固められた……


「い、痛いんだが?」


「ん?なにが?」


「いや、君の今つかんでいる僕の腕が。だが」


「しらなーい」


掴んでるのに知らないはないだろう。


「でも、一つ知ってることがあるよ」


と、妹は小声で俯きながら、そう言った。


「お?その心は?」


と、ふざけながら訊く。


「お兄ちゃんが好き……」


先ほどと同じくらいのボリュームで、妹はそう言った。


………え?


「それは、なに?どーしたんだ?」


「………やっぱり、お兄ちゃんは私なんて……」


「おい!どうしたんだ?」


なんか、様子が変だ。ま、まさか。妹悪になるんじゃ……


「う、ううん。お兄ちゃんなんでもないよ。あ、ちょっと、用事思い出しちゃった。またね」


「お、おい……」


妹は走って何処かに行ってしまった。


あれ?この光景どっかで…


ふと、遊園地での白崎さんが走っていく光景を思い出した。


なんで?なんで今、遊園地でのことを思い出すんだ?


わからない。なにが、どうなってんだ?


「ねえ。士郎ったらっ!」


「あ、すいません……」


そうだ。今は白崎さんとデートなのか。なら、無駄なことは考えないでおこう。


今は、彼氏彼女になって初めてのデートなんだ。今前のことに集中しよう。


と、自分に喝を入れる。


「で、しかりん。それは買いに行きます?」


「あ、うん」


これにもペア。と書かれている。


という事は、手を繋いでいないと買えない……


ここは、男の僕から手を伸ばしてあげないと、ダメだよな?


僕はゆっくり、ゆっくりと白崎さんにの方に手を伸ばしていく。


やばい。すげえ恥ずかしい……


それをそっと白崎さんが包む。


それは柔らかく、すべすべしていた。


こんなに心の落ち着くものはあるのだろうか?


「おお!初々しいねぇ」


と、後ろから知った声が聞こえてくる。


バカップルの一人であるれんだ。


「な、なんだよ……」


だが、手は繋いだままだ。


「いんやー。なんでもぉー?じゃ、おせっ……んん。冷やかしも終わったところだし、火憐のところに戻るよ」


「はよ行けやっ!!」


全く、なんだよあいつは…邪魔ばっかりしやがって……


****


「れんっ!どーだった?」


「ああ。二人はすげえいい感じだったぜ?初々しい感じがまた、よかったしな」


「そっか……よかった。本当に……よかった」


「ああ、よかったな」


なんで、私らがここにいるのかは、単なる偶然ではない。話は、デート前まで遡る。


私は、れんと二人で、デートするためにここに来ていた。


ついて早々、みんなとばったり出会い、でも、今回は別に誰とも回る気はなかった。久々にれんとしっかり二人きりでデートがしたいと思っていたからだ。


だけど、私は白崎さんと士郎を見て、疑問が生まれる。なんで、あんなにべたべたしてるのだろう?と。すごい疑問で、すごく不安だった。


普通、付き合ってすぐ、そんなにべたべたはできるわけがない。


私達だって、バカップルと思われるほどべたべた出来たのは最近からだ。


なのに、あの二人はデート開始早々、初デートなのにも関わらず、べたべたしていた。


不自然だ。おかしい。では、なんで?


考える必要もなかった。


私が夏祭り後に、あんなことをしたから……


これが私に「れんと幸せになってほしい」という思いでやってるのだとしたら、どれ程、私は士郎に迷惑をかけてしまったのかと。謝っても謝っても、どれ程頭を地面につけ土下座しようとも、許されることではない。


そんな罪悪感に似た感情のまま、デートなんてできるわけがない。


だが、今はそのデートの真っ最中なのだ。


「なんか、大丈夫か?」


私の心を読んだかのように、そういってくる。そんなに、私は顔に出るのかな?


「ああ。そうか。わかったぞ?前のことを気にしてるんだな?」


「………え?なんで?」


確か、私からは言ってないし、士郎が!?


「あ……俺は気にしてないから」


「そ、そう。でも……」


「もう、俺は決めたんだ。火憐」


「な、なにを?」


「火憐。もう、お前を離さないって。お姉さんとも約束したしな」


「………う、うう……」


私は唸ることしかできなかった。


てか。不意打ち過ぎる。でも、このおかげで気付けた気がする。私はもう、迷わない。だから、しっかりと「未練がましいことなんてない」って伝えないと。


「火憐。あいつらを探すぞ!」


「うんっ!流石!私の彼氏っ!」


そして、趣味が付箋ならとここしかない。と思い、ここに来た。


案の定、二人は居てれんが私の代わりに行ってくれた。


そして、今に至る。


でも、よかった。本当に……



*****


本当になんなんだ?あいつらは……


まあ、いいか。


「……じゃ、しかりん。レジに行きましょうか」


「で、ですね…」


本当に嵐みたいに荒らして行きやがって。


そして、僕らはレジに向かう。手を繋いだまま。


端から見れば、まあ、そりゃ初々しいと言われてもおかしくはないかな?


自分からは見えなくとも、なんとなくわかる。


動きが固く、ロボットのようになってることくらいだが。


そして、なんとかレジまで辿り着くと、店員さんがレジでスタンバイしている。


「ありがとうございます。こちら、ペア限定商品ですが、よろしいですか?」


「「はい」」


「承知いたしました。では、手をお繋ぎになり、少々お待ちください」


「「は、はい……」」


ドクン……ドクン……


すげえや。心臓の鼓動が痛い。早い。白崎さんにも、指の血液の通る感覚がわかるんじゃないか?ってくらいに、自分の中の血流がわかる。


そして、周りからは音という音は消え、なにも聞こえない。そして、ん?そ、草原が見えるぞ。さっきまでは店員の前にいただろ?ここは……アルプス?


きれいな水。綺麗な大地。そして、横には白崎さん。なんて、神秘的な……


「士郎っ!大丈夫?もう、買い物は終わりましたよ?帰ってきてっ!」


「あ、だ、大丈夫。絶好調ですよ。なんかこう、五感が鋭く敏感になったような感じで……」


なんて、冗談交じりにそう言うと、白崎さんの手を引きレジから出る。


ふう。なんか、疲れたな。


そんな時は、白崎さんでも見て回復しよう。


本当にかわいいなぁ。日本人離れしたあの容姿。そして、人形のようなあの肌。もう、文句のつけようがない。完璧だ。


「で、白崎さん。次はどこ行きます?」


「うーん。付箋は買ったし、ご飯?」


「じゃ、ご飯で」


「うんっ!!」


とりあえず、ご飯ってことにはなったけど、まず食べるところ探さないとな。時間的にはまだ昼前だし混んでないはず。僕らは、インフォメーションのところに行き、ご飯類に目を向ける。


「どーします?なにがいい?」


と、訊く。


「うーんと、じゃ、どーしようかな?ラーメンとか?」


「そうしますかね」


久々に麺類かもしれない。


そして、ラーメンと言っても色々ある。


まずは、ベースの違いだ。ベースといってもたくさんあるのだが、ここでは代表的なものを二つ上げさせてもらう。魚や昆布などの魚介類と、鶏ガラや骨などの肉類だ。


そして、ここのショッピングモールには、その肉類と魚介の二大ラーメン店がある。


肉一筋堂。と、魚一番軒だ。


どうしようか。がっつりと食べたいならば、肉一筋堂だろう。さっぱりすーっと食べたいならば、魚一番軒だ。


僕は別に白崎さんと一緒ならなんでもいい。


「白崎さん。どーします?ラーメン店二つありますけど……」


「じゃ、どっちもでっ!!」


どんだけ豪食なんだ……


冗談。という訳でもなく……


最初にがっつり系の方に来た。


「店の中入ったあとに言うのもおかしいけど、本当に?」


「え?士郎は食べたくないの?」


「食べたくない訳ではないけど……」


お金なんてあんまり無いし、お腹いっぱいになるだろうし、二軒もいったら、残金が帰りの電車代程度になってしまうと思うんだけど……


「じゃ、行きましょうよっ!」


真っ直ぐ僕を見つめる白崎さんの瞳に、僕は負けた。


結果。


一、二軒目と両方ラーメンを一杯ずつ平らげて、僕は心身共にダメージを受け、動かなくなっていた。


「大丈夫ですか?士郎」


「す、少し休憩していきましょう?」


食べ過ぎはやっぱり辛いな。


そして、ポケットから財布を取りだし、中身を確認する。


ここでの会計が1020円。手持ち残高は1500ちょっと……


う、うう……


まあ、小学生の頃から、ほぼボッチだった僕にはまだ貯金はたくさんある。


なら、大丈夫だ。


うん。大丈夫……


「ねえ、士郎っ!美味しかったねっ!」


心身ともにズダズタな僕に、能天気な白崎さんの腑抜けた声が響いてくる。


財布を閉めて、僕は白崎さんの方を向く。


そこには幸せそうな顔があった。


うん。いい。白崎さん。喜んでくれたし、こんな顔みられるならこんなの痛くない。というか、幸せだ。


体からすーっと、その痛みはどこかに消えた。


「で、次はどこに行きましょうかっ!」


「う、うん……」


続く。

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