7杯目
「なぁーにぃ泣かしてるんだぁぁーーー!」
入り口に立っていたのは万石だった。怒りで目は血走り、唾を飛ばしながら喚き散らしている。
「彼女に近寄るなぁ!彼女はそんな事を望んではいないぃ!なぜなら自分にそんな事を一切頼んできていないからだ!彼女は大事な事は何でも自分に相談するんだ!わかってあげられるのは自分だけなんだぁ!見ろ!彼女は自分に助けを求めている!自分にだけ聞こえる声で助けを求めている!だから近寄るなぁー!!」
最早理論も何もあったものではない。力の限り喚き散らしている。万石を動かしているのは狂気しかなかった。
「あら、貴方は確か万石さん。どうしてこんな所にいらっしゃるの?レディ2人が秘密の話をしていたのですよ。それなのにノックも無しに部屋に入ってくるなんて。
貴方にはマナーというものはありませんの?」吟嬢は相手をからかう様におどけた調子で続けた。
「まさか後をつけて来たのかしら?黙って後ろに付いてくるなんて気持ち悪いわね。そういうのをストーカーって言うのよ。おわかり?それに棚卸さんはもう貴方を頼りにはしていないの。今頼られているのは私」と言って吟嬢は棚卸の肩に優しく手を回した。
「汚い手をどかせぇーー!」
万石は怒り狂って突進してきた。
ドカッ ゴロゴロ ガッシャーン
「うぅ……だっ誰だぁ!お前!!」
「はぁ、はぁ、何やってるんですか吟嬢…はぁ、はぁ」
吟嬢に当たる寸前で自分は万石に体当たりをした。
自分は肩で息をしながら立ち上がると吟嬢を一瞥しながら言った。
「はぁ、はぁ、連絡がしても繋がらないから、探したんですよ。そしたらもうトラブルに巻き込まれてるなんて。貴方って人は…」
急いできたので息が続かない。
「山崎君助けてくれてありがとう。けど息が切れすぎね。運動不足じゃない?体動かさなきゃダメよ。そして遅い!私に何かあったらどうするつもりだったの?」
「そこまで軽口を言えるなら大丈夫ですね。取り敢えず安心しました。
あと吟嬢まだ酔ってますか」
「少しね」
彼女は場違いなくらい上品に微笑む。その微笑みに見惚れそうになっていると怒声が響いた。
「なにお前ら呑気に話しているんだぁ!」万石は叫びながらもう一度吟嬢目掛けて突っ込んで来た。
吟嬢はすかさず棚卸を自分に預け、側からから離れた。万石は吟嬢に狙いを定めて歩みを止めた。間合いを測り一気に飛び掛かろうとしている。
「まずいな」
「山崎さん!吟さんを助けに行ってください!早く!」
「酔がどの程度か。下手をしたら怪我だけでは済まないな」
「だったら早く!」
「うぉー!!」万石は叫びながら飛びかかった。
この後は一瞬だった。吟嬢は猪の様な突進を半身になってサラリと交わすと、回転をつけたままふわりと跳ねた。そしてそのまま回転に勢いをつけ右足の踵を万石の後頭部に叩きつけた。蹴られた衝撃で壁に激しくぶつかり崩れ落ちた。
「………」棚卸は目を点にしながら口をパクパクしていた。
「言わんこっちゃない。やっぱりやり過ぎた」
「えっ…、どっどういう事なんで…す」
「酔ってるからなんです」
「だからどういう…」
「彼女にとっては酔うという行為は自分のリミッターを解除する様なものらしいんです。酔っ払うと気が大きくなる人、馬鹿力をだす人、妙に敏感になる人。色々いますよね?彼女はそれが人より振り幅が大きいんです。
運動能力、気持ちは勿論、知能、知覚まで大幅に拡大されるみたいです。ただし処理する脳はそのままだから激しく疲労する。そのせいで彼女は酒に弱いかの如くすぐに潰れる。だからなんです」
「そっそんな事…。なに言ってるんですか?ただ酔ってるだけですよね…?科学的じゃありませんよ…」
「そうですね。おっしゃるとおりです。でも調べようにも調べられないんです。なにせ酔ってるだけだから。
醒めてからじゃ意味がありませんし、酔ってるうちじゃ正常なデータは取れません。証言をとっても酔っぱらいの戯言になるのでこれも論外。全く困った現象です」
「……」棚卸は空いた口が塞がらないといった体だ。
「でも私は信じているんです。目の前では何回も見せられているので。今の彼女はまるで別人ですよ。まさに箍が外れた状態ですね」
吟嬢は乱れた髪と服を整えながらこちらに歩いて来た。まるで社交界でダンスを踊り終えた後のように、軽やかに。
「お疲れ様でした吟嬢。ただしやり過ぎです」
「いいのよ。か弱い女性に手を上げるような男よ?酌量の余地はない。あのまま反省するといいわ」
「…か弱いかどうかは疑問ですが。あっ調査の件ですがビンゴでした。どうして気づいたんですか?」
「そう、ご苦労様。あと……棚卸さん、関係者をこの部屋に集めて下さいませんか。あと警察も」彼女は自分の質問には答えず話を進めた。
「えっ?どうしてですか……?」
「30分後にここで事件の説明をします。山崎君は乱れた机、椅子の片付けよ。さぁ取り掛かりましょう!」彼女は手をパンパン叩きながら指示を出した。
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