十五 コンペティション

「こんな設定でどうですか?」

 牧原がメモを渡した。


 二○二五年、アジア初の民間宇宙空港、通称『てんこう』の開港日は関係者にとって長い一日だった。

・民間宇宙港

 ・渥美半島の太平洋側。

 ・日本で唯一、アジア初。

 ・某国がアジア内陸部に建造中だが、開港は一年遅れ。

・重装備の警備が必要な理由(リスク)

 ・アジア初の名誉に執着する某国による空港施設もしくは機体の破壊。

 ・日本の国産宇宙旅客機の初フライトを阻止したい者による機体破壊工作。

 ・三回目のフライトに登場予定の大富豪コナー氏の誘拐計画。

・妨害工作の実行犯

 ・某国のハッカー集団や特殊部隊。

 ・フリーランスのハッカー集団やテロリスト集団。

・宇宙港警察署警備課

 ・妨害工作の一切を未然に防ぐ。

 ・VIP保護とテロ対策を任務とする。


・警備課の主要登場人物

 ・宇宙港警察署警備課長コールネーム『オウル』こと南城将人警視。

 ・警備課長補佐コールネーム『リベロ』こと照岡麻姫(まき)警部。

 ・普通警護係長コールネーム『ワイヤー』こと大隅武警部。

 ・特殊警護係長は陸上自衛隊中央即応集団から派遣されたコールネーム『ソード』こと早瀬亮一等陸尉。

 ・コンピュータ犯罪捜査官コールネーム『ビット』こと織部綾乃警部補。

・装備

 ・アマード・スーツ(リベロ、ワイヤー、ソードとその部下が装着)

 ・遠隔操作型武装ロボット

 ・垂直離発着機

 ・迎撃型コンピュータウイルス


 アジア初の民間宇宙空港、通称『てんこう』は初フライトを無事終えた。

 テロリストにとって日本政府が密かに開発した装備は圧倒的な火力で、有効な妨害を与えられずに初フライトを成功させてしまった。

 日本が保有する装備の性能を上回る武器の開発を急ぐ外国の軍事産業、極秘裏に開発されているはずの兵器情報がテロリストに漏れて、てんこうは更なる危機を迎える。


 メモを読んだ彩智(さち)はため息をついた。

「登場人物は何となく分かりますけど、装備は想像できません」

 子供の頃、弟が見ていたこの手のアニメとチャンネル争いしていて、少し敵視していたジャンルだけに、メカニカルな話題にはついていけず、彩智だけ置いてけぼりを食う形だ。

 彩智の一言を踏まえ、牧原は彩智に一つの仕事を任せた。

「相原君にはアニメ製作チームを集めてください」

「これだけの材料があれば、コンペができますね」

 彩智は仁の提案もあって、コンペティション形式の募集を考えていた。

 コンペで求める制作課題ができた。


「で、どうするの?」

 仁(ひとし)に尋ねられたが、彩智は質問の意図を察しかねた。

「コンペ?しますよ」

「どういう風に?」

「ネットで公募して、選んでってことでしょう?」

「何で競わせるの?」

「何って、6秒くらいのアニメを作ってもらえばいいんでしょう」

 6秒とは、動画サイトで、誰もが最後まで観てくれる長さだ。

 仁は何かを気づかせたいらしいが、彩智は創造力を働かせても検討がつかなかった。

「それ、結構大変なことなんだよ」

「何が?」

「アニメション制作」

「平野さんと話していると禅問答みたいね。

 つまりはアニメ制作のコンペは無理ってこと?」

「無理とは言わないよ。

 難しいって言っているだけさ」

「そんな風に聞こえないわ。

 難しいの、何が、なのかしら?」

 彩智の脳裏には壁を蹴飛ばす自分がいた。


「僕なりに考えると、キャラクターを提供しなければアニメーションは作れないと思う」

「キャラクターって?」

 どのキャラクターがいいのかという彩智の問いに、しばらくの沈黙の後に仁が答えた。

「アーマードスーツを装着するシーンなんかどうかな。

 主人公がアーマードスーツを装着するんだ。

 ソードの早瀬亮一等陸尉がアーマードスーツを装着するシーンだ」

「それって、変身ものみたいね。

 何となく、幼稚に思うけど」

「じゃあ、垂直離発着機がテロリストのドローン型武装ロボットを攻撃するシーン」

「映画のプロモーションビデオにありそうなシーンね」

「世間ウケするからだよ」

「じゃあ、これで行きましょう!」

「まだだ。さっきも言ったようにデザインが必要だよ。

 メカニックデザインでは、垂直離発着機や敵の武装ロボット、キャラクターデザインでは垂直離発着機のクルー、リベロと部下達」

「それも含めてのコンペってどう?」

「デザインが違いすぎては審査が難しくなる。

 ネットで公募するんだ。

 審査結果に納得できる客観性が必要だと思う。

 だから、デザインは提供して、そこからの動画、アニメーションで競わせるのがいいと思う」

「なるほど。で、デザインは誰が担当するの?」


「神取(かんどり)さんのコネで、誰かいないかなぁ?

 何でもかんでも公募したらアイデアをパクられるから。

 それとも佐藤瞬(しゅん)さんがいいかな」

「私としては、佐藤瞬さんにまずお願いしてみたいわ」

「彼を巻き込めれば心強いね」

 幸い、佐藤瞬は臥龍プロジェクトに興味を抱いてくれた。

 瞬に資料を渡して二週間後、キャラクターデザインとメカニックデザインが提示された。

「あれ以来、CGなんてほんの飯事遊びでしかやってないから。

 まず、こんな感じでどうかな」


「佐藤さんらしいタッチですね」

 彩智が知るアニメのキャラクターと比べると灰汁の強いデザインだ。

 女性はともかく、男性も曲線的で、そう、アメリカンコミックのように思えた。

「これくらい個性的な方が、渚のカッカブとして覚えてもらえるんじゃないかな」

 仁は一目で気に入った。

「メカニックデザインは少し手直ししてもらいたいけど」

 仁には拘りがあるようで、それが彩智には頼もしい。

 一カ月後、牧原も神取も納得するキャラクターデザインとメカニックデザインができあがった。

「遅くなりましたけど、これでアニメ制作のコンペができます」

「あのカウンターで隊員が座る姿を早く見せてくださいよ」

 あかば屋の河合もデザイン画を気に入って、アニメの完成を急かした。

「募集期間は三カ月。

 多分、応募数は数、出ないと思いますので、審査はすぐ結果が出ます。

 それから本シナリオで作ってもらうのに、ふた月。

 お披露目は半年後になります」

 牧原が河合に説明した。


「半年も指をくわえて待ってろって、それはできないなぁ。

 前倒しできないかなぁ」

「プロのアニメ制作会社じゃないので、人も機材も、使える時間も限られているので、これで一杯一杯です」

「何か、小出しできないかなぁ?デザイン画だけ公開するとか、せめて渥美半島物産のキャラクターに使うとか。

 それなら、うち(あかば屋)にも置けるから」

「骨子が固まれば、そちらにも取り組んでいきますよ。今はまだ時期尚早です」

 勇み足の河合を神取が釘を刺した。


「応募って少ないのですか?」

 帰路、彩智は牧原に尋ねた。

「テレビや映画のアニメ制作者は自分の仕事で手一杯で、応募する余裕がないだろうからねぇ」

「アニメ制作の学校ってありますよねぇ?

 そこの学生さんが応募してくるんじゃないかと私は思うのですが」

「僕も、それは期待している。

 けど、彼らがこちらのデザインとシナリオに沿って作るのをよしとするかなぁ。

 若いと、多分に、自分の世界に拘るから」

「そうですか?」

 牧原の説明に彩智は釈然としない。

 それを察して、牧原は補足した。

「方向付け程度のテーマを与えて、自由に創ってというなら、多彩な作品が出てくると思うけど、こちらの意図を汲んでとなると、どうかな?

 高額の賞金をだすのでもないし。

 僕は、創造性と拘りは表裏一体だよ思っている」


 アニメ制作に関係して、神取が法人設立を彩智と牧原に宣言してきた。

「渚のカッカブにまつわる知財ビジネスが動き出すから、権利の主体となる法人を作っておきたい。

 君たちも発起人として名を連ねて欲しい。

 資本金は一千万円の予定だけど、出資額は無理せず出せるだけでいい」

「私も株主ってことですか?」

「投資家でなく、共同創業者としての株主だよ」

「神取先生と牧原さんの他には、どなたが?

 河合社長も、ですか?」

「彼はクライアントであって、パートナーではない。株主には考えてないよ」

「じゃあ、三人だけですか?」

「うちの青木もだ」

「四人ですか」

「設立メンバーだから、私が信頼できる人だけにしておきたい」

「本当に、私が加わっていいのですか?」

 神取から信頼されて、舞い上がるほどに嬉しいのだが、社会人として他の三人に比べて未熟すぎる引け目もあった。

「当然だよ。この会社で一番働くのは君だから」

「それで、会社の名前は、何というのでしょう?」

「株式会社トライアロー」


 あかば屋の河合の働きかけで地元メディアであるCATVと地元紙がコンペのことを取りあげた。

 観光協会の他にも商工会や法人会、ロータリークラブ、かつて在籍していた青年会議所や各団体の青年部にも触れ回った。

 あかば屋が仕掛けるアニメのコンペとして、経営者の間では周知のこととなった。

 地元印刷会社やWeb制作会社などから、コンペについての問い合わせやタイアップしたいとの連絡が彩智に何件か入ってきた。

「彼らなりにお金の臭いを感じたのだろう」

 彩智の報告に対する牧原の感想だ。

 トライアローのホームページ、ブログ、各種SNSを使ってのコンペの告知は仁が手がけた。


『地方発のSFアニメ、制作者募集中!ますはコンペへのエントリーから』


『あなたのアニメは何万回再生されるか?目指せ動画ジャック!』


『下克上。アニメの戦国時代始まる!』


『日本発の宇宙旅行を描くのはあなた!』


『アーマードスーツと重火器!新たな戦いを勝ち抜け!』


 自己陶酔の世界ね、と彩智は苦笑した。

 エントリーのキャッチコピーは、次第に、渚のカッカブの世界観のコピーになってきた。

 平野さんと牧原さんは話が合いそうだ。


「平野さん、ちょっと危ないかも」

「何が?」

 彩智からの思いがけないことばに、仁は何のことか見当もつかなかった。

「何となく、現実から乖離(かいり)しているような」

「いや、彩っちゃんが現実的すぎるんだよ」


 トライアローのホームページから応募者登録することで、キャラクターとメカニックのCGデータとシナリオをダウンロードできる。

 制作したアニメーションを動画投稿サイトへアップロードして、そのURLをトライアローへ通知することでアニメ部門のエントリーは完了する。

 また、デザイン部門も併設した。

 キャラクターとメカニックのオリジナルデザインの応募である。

「理想は、オリジナルデザインのキャラクターとメカニックを使ってアニメを作るムーブメントになると面白いのだけど、時間がないから」

 牧原の発想に、マーケティングとはそこまで考えるのか、と彩智は感心した。

 なお、動画投稿サイトへアップロードする際、タグは『渚のカッカブ』だけを加える。


 コンペはネット上で静かに始まった。

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