十二 ベンチャー

「狩宿(かりやど)市だけの問題ではありません」

 飯島はこう切り出したことがある。

「全国的な調査でも明らかなことですが、開業率と廃業率が逆転して久しいのです」

「逆転?ですか」

「開業率が高かった昔は会社やお店が増えたのですが、今では廃業率の方が高く、減る一方です。

 中央商店街で実感していると思いますが」

 平野仁(ひとし)は狩宿市中央商店街を改めて見回す。

 下町キャンパスの入居者は空き店舗に入居している。

 この事実が狩宿市、そして日本の中小企業の現状であり、将来への危惧を如実に示している。

「空き店舗対策が下町キャンパスの目的ではありませんが」

「でもインキュベーション施設として機能するには、ある程度の入居者が必要ですし、自ずと空き店舗対策になります」

「平野さん、入居者と商店街の人達との仲介役、お願いしますよ」

 飯島の老婆心でもある。


 入居者一号の石川祥馬(しょうま)を見て仁は思う。

 商店街にあって、平野も初めは浮いた存在だった。

 商店街にIT企業という組み合わせ。

 店主達は接し方で当惑し、遠巻きに様子見していた。

 この状況はすぐに解消された。

 パソコンのトラブルシューティングから接点が生まれたのだ。

 仁の生業ではないが、商店街のご近所さんとは、それがきっかけで溶け込めた。

 大抵のトラブルシューティングは、手間がかからない。

 パソコンを買い換えた方がいい、ルーターを買い換えた方がいい、プロバイダーの契約を改定した方がいい、そんなアドバイスもしている。

 それを代行すると、いよいよ家電量販店のまねごと、町の電気屋さんだ。

 ここまではやる、ここからは本当の家電量販店に頼んで、と線引きはした。

 翔馬もこれで商店街に溶け込んでいった。


 祥馬の後に下町キャンパスへ入居したのは、工作機械用の、本人曰く、画期的なオペレーティングシステムを開発しているエンジニア、松田、工業デザイン会社を飛び出したモデラー、井関、X線回折装置の治具開発エンジニア、赤堀である。

 彼ら入居者の溜まり場は、ミーティング機能を備えた仁の管理棟が多い。

 時々、仁は下町ラボの居心地をヒアリングする。

 仁が最初に質問する相手は、最も聞きやすい祥馬だ。

「家で研究って、親の目とか、世間体とか、居づらいんですよねぇ。

 でも家なら家賃はかからないし、経済的にはいいんですけどね」

 祥馬はいつも同じことをいう。

「僕は逆だね。

 自宅のプレハブ小屋のはなれで仕事していると、自宅だから集中力が散漫になりがちかな。

 スタッフがいるんで、狭っ苦しさも感じていたし。

 狭っ苦しさは、ここも変わらないけど、やはり異分野のみんなとの雑談が気分転換になる」

 井関の意見だ。

「気分転換にはなるね。

 仕事柄、町工場の経営者と話すんだけど、仕事の話が二割、あとは遊ぶ話ばかりでウンザリする。

 彼らの遊びに付き合いきれないからね。

 お金も時間も」

 松田は工作機械を納めている中小製造業の経営者と繫がりがあり、会社勤めの経験だけの仁にとって彼の話は社会勉強だ。

 松田は商工会議所の青年部に加入している。


「僕も仕事の特殊性から、どうしても籠もりがちになって、人と話ししないから。

 そういう意味ではいいけど、戸建ての空き店舗でなく、大部屋をパーティションで区切った程度の部屋の方が仕事をする環境としてはいいかなぁって思うね。

 この家賃で入れるところは、この辺にはないけど」

 赤堀に感想を喋らせると、あるべき姿論を展開する。

 仁は、嫌なら出て行けと言いたくなるのを毎回、堪えている。


「国の事業でしょ?

 名刺に狩宿下町キャンパスと表記してもいいと言われているけど、それで少しでも箔がついて仕事に繫がるかなって思ったけど、期待外れだね」

 赤堀は本音を包み隠さず言う。

「それは僕も期待していた」

 井関と松田も相槌を打つ。


 彼らの収益に仁が責任を感じる筋合いではないのだが、こうも露骨に指摘されると、ヘルプセンターのトラウマが蘇りそうで、不愉快より不安が先行して襲ってくる。

「でも、相原ちゃんのような美人、僕らが雇えるはずもなく、仕事仲間なのは楽しいけどね」

 こういう話題も口火を切るのは赤堀だ。

「キャバ嬢にあんなタイプ、いないし。

 平野さん、絶対逃がしちゃダメだよ。

 相原ちゃんにセクハラやパラハラは許さない。

 (でも、)するなら、僕も呼んで!」

 最初に便乗するのが井関だ。

「僕らの仕事の営業も相原ちゃんに頼めないかなぁ」

 自分に都合よく考えるのが松田だ。


 こういう話題になると祥馬は一言も口をきかないことを、仁は承知している。

 その代わり、祥馬は皆にコーヒーを出すのだ。

「石川ちゃん、気を遣わなくていいよ。相原ちゃんの代わりをしなくていいから」

 一番年下だからといって遠慮や気遣いしなくていい。赤堀の気配りでもある。

 彩智がいれば、愛想よくお茶を出してくれる。

 彩智が素人なりの質問を投げかけて、それに答えるのは皆の楽しみでもあった。

 彩智は不在が多い。たまに彩智がいれば、祥馬によって臨時のミーティングが招集される。

 彩智がいないとき、時々、商店街の喫茶店も利用する。

 店主は面倒見がいい反面、ずけずけとものを言う。

「たまにはウチでミーティングしなさいよ」

 三日もご無沙汰すると仁に詰め寄ってくる。

 だが、金銭の余裕がない者同士、管理棟でのミーティングが分相応だ。


 神取(かんどり)の実家、通称、サークレット三河分室、で二度目のミーティングを迎えた。

 渥美半島の俵市にある旅館あかば屋の聖地巡礼プロモーションは、最も予算の少ないC案で着手することになった。

「今日からこのプロジェクトを、臥龍(がりょう)プロジェクトと呼称する」

「先生、どうぞ。私に異存はありません」

 くすっと笑いながら彩智が同意した。

 牧原孝美(たかよし)も異存はなかった。

「相原君は三国志で誰が好き」

「私は曹操猛徳です」

 彩智は三国鼎立(ていりつ)を最後に征した曹操が好きだ。

 なんと言っても最後の勝者である。

「君らしい」

「牧原君は」

「私は諸葛亮孔明です。

 彼のあだ名は臥龍でしたね。臥龍鳳雛(がりょうほうすう)の臥龍」

 牧原は稀代の軍師がお気に入り。

 判官贔屓(ほうがんびいき)のタイプなんだ、と彩智は思った。

 孔明は王を補佐する宰相としても名高い。

「ゲームになってから三国志ブームって続いていますからね」

「牧原君、臥龍鳳雛ってことばは三国志よりも前からあるんだよ。諸葛孔明の底知れぬ能力を臥龍にたとえたんだよ」

「三国志の本を読んでないので、知りませんでした」


「三国志演義や吉川英治の三国志を読むよりも、辞書で調べた方が早い。

 臥龍と鳳雛は成長していない龍と鳳凰のことで、なりは小さくて大人しくしているけど、成長すると恐ろしい存在になるという意味で使われる。

 臥龍とはまだ天に昇らない龍。

 鳳雛とは雛の段階の鳳凰だ。

 私はとてつもない可能性、潜在能力を秘めたプロジェクトという意味で臥龍とした。

 水に関わるプロジェクトだから、鳳凰よりも龍が合っている」


「牧原君じゃないけど、ゲームで馴染んだ人達にも注目して欲しい。

 それにしてはひねりすぎたかな。

 でも歴女のような人達はちゃんと気づいて追っかけてくれると期待しているけどね。

 俵市と三河湾の組み合わせがこのプロジェクトの核なんだ」

 三河湾は、愛知県の二つの半島、渥美半島と知多半島に囲まれる。

 三河とは愛知県を東西に分けた東側である。

 三河の地は徳川将軍家の開祖徳川家康が生まれ、世界最大規模の自動車メーカーやその屋台骨を支える部品メーカーが本社をおく。

 時代劇ファンにとって年末恒例の忠臣蔵の敵役、吉良上野介が治めていたのは三河の国吉良の庄だ。


「私は俵市民じゃないので、よそ者の視点で(俵市から)連想するのは、まず渡辺崋山、そして松尾芭蕉ですね」

 彩智は、牧原世代らしいと思った。

「相原君は渡辺崋山と松尾芭蕉を知っているかな?」

「絵の達人で家老にまで出世した人ですよね?

 小学校の頃に習ったような。

 多分、社会見学で勉強したのだと思います。

 松尾芭蕉は伊良湖岬の句を詠んでますよね。

 鷹一つ見つけてうれし伊良湖崎、ですね」

「流石だね。

 若い人には馴染みが薄いかと思ったが、やはり地元ということか」

 神取は彩智の知識から今の初等教育に想いを馳せた。

「思い出しましたけど、社会見学でバスのガイドさんが話してくれたことを覚えていたんですね。

 あと『椰子の実』とか、船で行けば『潮騒』の舞台だとか」

 愛唱歌『椰子の実』の舞台は伊良湖岬の砂浜である。

 三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台となった神島は三重県になるが、伊良湖からの船便の方が三重県鳥羽市からよりも、早く着く。


「なるほど、バスガイドさん次第か。

 子供がガイドさんの話を聞く姿勢にもよるだろうけど」

「そうです。小学生なら聞く耳、少しはありますけど、中学生は全くなし、ですから」

 ウォーミングアップはこれくらいにして、と神取が仕切り、質問を変えた。

 風光明媚なポイントは?

 彩智が即答した。

「ロケ地になったところって、渥美半島にありますよね、確か眼下に海岸線が広がる草原とか」

「その映画、僕も知っている。

 SF映画のワンシーンだね。

 後でそれが渥美半島だったと知ったけど、地元らしさが映像にないから気づかなかったんだ。

 映画でも地方色を出すつもりは全くなかったのだろうけど」

 牧原は否定的にいいつつ、自分のとっておきを出してきた。

「相原さん。道の駅に行ったことある?」

「俵の道の駅には何度か行きました」

「それ以外は?」

「そういえば、伊良湖岬にも道の駅がありますね」

「他には?」

「行ったことはありませんが、伊良湖岬の手前、かなり手前にあるようですね」

「そう。あかば屋さんから近いんだ!」

 我が意を得たりとばかりに、牧原の声が一段と張りがよくなった。

「そうなんですか」

「相原さんも、是非、行ってきてほしい。

 今からの話のイメージが具体的になるから」


 牧原は自分のアイデアを披露した。

 彼のアイデアは、聖地巡礼に繋げやすい、ロボットアニメものと、高校生の青春もの、の二案だ。

「道の駅の向こうは海岸で、夏は海水浴客、冬もサーファーが絶えない。

 そんな場所なんだ。

 絵的には青い空、白い砂浜、青い海。サーファー達が沖合から波に乗ってくる。

 そんな日常のシーンで、海岸から警告音が聞こえ、遥か沖合からロボットが緊急発進するんだ」

 子供の目になっている。牧原を見て彩智は思った。

「弟がいるんで、子供の頃、一緒にそんなアニメを見たような記憶があります」

「じゃあ、相原さんもイメージできるんだ。そのシーンを」

 相原と話が通じると知って感激気味の牧原に神取が割って入った。

「で、あかば屋さんはどうからむ?」

「隊員の溜まり場ということで。

 あかば屋さんに喫茶コーナーがありますでしょ。

 あそこに特設カウンターを置いて、隊員がくつろぐんですよ。

 窓の外には隊員達の特別仕様の車やバイクが並ぶっていう感じで」

「なるほど。確かに伊良湖のホテルまでは遠い。

 最寄りのあかば屋さんを使うのが理にかなっている」

「ハイソな隊員は違うでしょうけど」

「相原君、いいとこに気がついた。

 初めはあかば屋さんに馴染まないキャラもあっていい」


 こうして神取が話を膨らます一方で、牧原の案に水を差した。

「今どきの子供達、海中からロボットが飛び出すことの非合理性を分かっているけど、特に中高生となると、それだけで白けるんじゃないか?」

「そうなんですか?」

 神取の指摘がとっさに理解できない彩智は、説明を求めた。

「海中から飛び出すんだろう?

 エネルギーを浪費するようなことするのかな?陸上から発進すればいいのに」

「そこはアニメですから」

 牧原は引き下がろうとしない。


「この案は要再検討だね。もう一つは?」

「俵市に農業高校がありますでしょ?

 キュービックメロンを作った高校」

 ニュースで知ってます、と彩智も声をあげた。

「農業高校を舞台にした学園恋愛ものです。

 あかば屋さんは近所の農場でアルバイトや実習する高校生の溜まり場で、あかば屋の社長はさりげなくアドバイスする役柄です」

「あの社長が喜びそうな役回りだけど、現実と違いすぎないか?」

「役職が人を作る、ですよ。

 アニメの役柄が現実の人格に影響していくんじゃないですか?

 少なくとも、聖地巡礼で訪れた若者に対して」

「そう期待しようか」

「あの、学園恋愛ものだと、恋人の聖地が出てきますよね。

 恋路ヶ浜の鐘とか」

「相原さん、いい指摘だ。

 恋愛もののポイントは真に恋人の聖地なんだ。

 私は聖地巡礼はアニメに登場する現物の後追いだけでなく、現実の社会にアニメの世界を降臨させることだとも思っているんだ」

「こうりん?」

「愛の南京錠でなく、愛のクローバーリングって、どう?相原さん」

「クローバーで輪っかを作ってフェンスに掛けるんですか?愛のリースですね」


 彩智の一言に神取が反応した。

「リース。

 南京錠より大きくて軽い。

 花屋が高く売りそうだな。

 二人で作る愛のリースセット、八百円。

 これなら花屋もリース作りの手間がかからないな。

 千二百円でも売れるな。

 でもアニメとしては市場の裾野が広がらないかな」

「他にアイデアはある?」

「基本パターンは2つです。

 あとはこれらから派生する形でどんなパターンでも作れますけど。

 自動車ものも(アイデアとして)浮かびましたが、自動車メーカーの企業城下町ですし、メーカーに媚びうるような作品にしたくないし、かといって敵対する度胸もないし」

「インディーズアニメとしてはインパクトが最優先だ。

 コスプレにも繫がるようなジャンルとしては日常より非日常をテーマにした方がいい。高校よりロボットかな」

「私は、農業高校も捨てがたいのですが。

 農業ってちょっとブームになっていますし。

 農ガールってマスコミが取りあげていますよね?」

「相原君、マスコミは少ないから取りあげるんだ。

 女性が皆、農ガールになったらマスコミは興味を持たないよ。

 地方創生とか、農業再生とかの流れの中の農ガールなんだ。

 それはそれで面白いアニメが作れると思うけどね」


 翌日、彩智は仁に渥美半島の道の駅を尋ねた。

「ああ、行ったことあるよ。

 あそこで充電したら」

 仁は、目下、愛知県内で電気自動車が充電できる道の駅を制覇中だ。

「いいところだそうね」

 仁は電気自動車の充電用カードを取り出して彩智に見せた。

「充電器はコイン式で、このカードは使えなくて。

 駐車場からすぐ砂浜だから、サーファーにとって恵まれた環境だと思う。

 トイレもシャワーもあるし」

 彩智は、そうじゃなくて、と言いたいのを飲み込んだ。

「景色もいいそうね」

「砂浜に立つと、目の前は太平洋だからねぇ。

 右側に漁港があることを忘れてしまうと、愛知県とは思えない。

 サーファーの脱色した黄色や茶色の髪の毛を見ると、外国の砂浜にいると妄想してもおかしくない」

「実は、今ね」

 彩智は昨日の話を掻い摘まんで仁に説明した。


「確かに、海中からロボットが飛び出すのは、科学的には宜しくない。

 エネルギーの無駄遣いだし、ネタとして古すぎる」

「まぁ、神取先生と同じようなことを言うのね」

「SFを愛すればこそ、だよ。

 海中から飛び出すことを否定はしないけど、そこまでする根拠が見当たらないんだ」

「平野さんなら、どんなアニメを考えるの?」

「どうせ想像の世界だから」

 仁の興味が他に移ったかと思うくらい、長い沈黙が続いた。

「宇宙港かな」

「宇宙、こ、う?」

「宇宙に行くための空港のようなものさ。

 ロボットアニメのような軍事的な基地じゃなくて、民間用の施設」

「それで?」

「それでって、それだけさ。

 もう、一般人が宇宙に行ける時代だろ?」


 彩智の、話について行けないという雰囲気を察して、仁は饒舌になった。

「経済的な話はおいといて、今、日本でも宇宙旅行の募集をしているのだけど、つまりは日本では代理店業務しかしていないんだ。

 日本から宇宙に旅行できる宇宙港があると面白いかなって。

 中国やインドを出し抜いて日本に作るんだ」

「中国やインド?

 平野さんって、そんな発想するんだ。

 ある意味、見直しちゃった」

「見直すなんて、照れちゃうなぁ。

 ある意味ってのが気になるけど」

「そのアイデア、いただいていい?」

「ああ。所詮は夢物語だから。

 せめてアニメにでもなってくれれば本望だよ」

 早速、 彩智は神取と牧原にメールを打った。


『宇宙港ってどうですか?』


 たった一言のメールだが、神取と牧原から好意的な返信があり、次回の企画会議が楽しみ、とあった。

 サークレット三河分室では、彩智が部屋に入ると雑談していた神取と牧原の雑談が終わり、牧原が二人に企画書を渡して、早速、本題に入った。

「相原さんの宇宙港ってアイデア、エクセレントだ!

 宇宙港とロボットの組み合わせですが、宇宙港という現実的な舞台ではロボットも現実的ですが、いわゆるロボットでなく、パワードスーツの概念を対武装テロに特化したアーマードスーツの方がリアリティがあると思います」


 牧原の話に彩智はついていけない。

「パワードスーツとかアーマードスーツとか、何のことか分かりません!」

「企画書の2ページを見て」

 ネットから拾ってきたイラストが何点かあった。

 彩智にも、それがロボットアニメのキャラクターをコピペしたと分かる。

 番組名は知らないが。

「パワードスーツは福祉の分野で実用化されているんだけど、手足の筋力の衰えた人の動作を補助したりとか、介護する人の負荷を軽減するとか、身体に装着する装置を見たことあるでしょ?」

「それならニュース番組で見たことあります」

「あれがパワードスーツの一種だよ。

 金に糸目をつけない軍事用ならSFに登場するようなパワードスーツの実用化も近い」

「そうなんですか?」

「軍事用なら、重い装備を背負って徒歩で移動するのを楽にしてくれるんだ」


「それって、自動車とかを使うんじゃないですか?」

「軍事作戦では道なき山林や岩山を移動することもある。

 車や、バイクすら走れない地形だから、最後は徒歩になる。

 だから徒歩を支援するパワードスーツも必要なんだ」

「日本でも土石流とかの救援は最後は人力ですね。

 では、アーマードスーツって何ですか?」

「武装したパワードスーツというか、甲冑というか、弾丸をはじき返す特殊樹脂シールドで覆われた武装したパワードスーツだ。

 なぜパワードスーツかといえば、重い鎧を着ていては、パワードスーツの仕組みがなければ動けないし、武装品を機能させるにはバッテリーや弾薬が必要だからだ」


「ロボットと違うのですか?」

 彩智はロボットのイラストと思ったのだが、そうではないらしい。

「ロボットは鎧の中も機械だけど、アーマードスーツはその中に生身の人間がいる」

「何となくイメージできました。

 機動隊のあの警ら服がパワードスーツになるんですね」

「そう!そう考えてもらえばいい」

 彩智が理解したことが嬉しく、牧原は話を続けた。

「私が考えたのは、宇宙港のVIP客の警護はダークスーツのSP。

 対武装テロの警護でアーマードスーツというのが話の核です」

「ロボット戦のアニメに飽きた中学生、ミドルティーンズ層がのってきそうだね」

 神取が興味を持ったことで、彩智もこのストーリーの価値を知った。

 企画書の3ページ目には、企画のポイントが三つに絞られている。

 ポイント1、アーマードスーツと武装テロリストとの戦闘シーン。

 ポイント2、テロ計画を解明するSPの活躍。

 ポイント3、VIP客とテロリストの確執。


 あの、と彩智が質問した。

「SPはダークスーツ組とアーマードスーツ組の二組があるのですか?」

「その通り。アーマードスーツ組が(アニメの)主役だね。

 宇宙港に常駐する。ダークスーツ組は既存の警察機構もいいんじゃないかと思っている。

 東京にいる一人がアーマードスーツ組と連絡を取るとか、場合によっては所轄署に専任の捜査官を出向させてもいいし」

 牧原は話しながら、詳細を煮詰めているようでもあった。

「そんなことまで考えるのですか?」

「そこまで考えなくても戦闘シーン中心のインディーズアニメは作れる。

 だけど、ある程度キャラ立ちしておかないと、後でネタを考えるのに苦労するからね」

 四ページ目は、戦闘シーンのコピペだ。

 ロボットぽいのがアーマードスーツ。

 一方のテロリストは重装備のゲリラの集団だ。

 重火器を搭載したオフロード車のテロリストもいる。

 五ページ目は、宇宙港から離陸するマザーシップとスペースシップ。

 六ページ目は、国際空港から宇宙港へ移動するVIP専用ヘリとアーマードスーツ組専用の垂直離着陸機。


 ここまではイラスト満載だが、七ページ目は違った。

 登場人物の一覧表だ。

 文字ばかりなのは、牧原にイラストのセンスがないのだろうと彩智は想像した。

 彩智は、ふと、仁が何か関係あることを言っていたように思えた。

 肝心の、固有名詞を思い出せない。

「これで(あかば屋)河合さんに持ちかけよう」

 企画書を最後まで見た神取は、企画書を何度もパラパラとめくりながらGOサインを出した。

「次の報告では絵が欲しいなぁ」

 神取が、彩智も気にしていたことを口にした。

「宇宙港のアイデアをくれた人は、アニメーションを作る人を知っているみたいですけど」

 彩智の発言に牧原が素早く反応した。

「それ、どんな人?」

「名前、思い出せないのですけど、今からその人に聞いてみます」

 彩智がスマートフォンで仁をコールする横で、神取が囁いた。

「いや、可能なら僕が直接、そのアニメーターの人と話したいのだけど、そう頼んで貰えるかな」

 神取が言い終わると同時に仁に繋がった。

「はい。調整してみます。いいえ、平野さん、こちらの話。

 それでお願いがあるのですけど……」

 彩智が仁との通話中、神取は牧原に指示した。

「相原君がアニメーターを仲介してくれるから、牧原君は企画書のブラッシュアップを。

 都合がつけば、明日にでも河合さんと会おう」

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