◆16
音、火花、破片。
全てが本気で、全てが現実で。
ワタシは表情を変えず、迷いを読まれぬ様に剣をぶつけた。反撃にも瞬時に対応し、ただ剣を。
天井の穴から射し込む太陽の光だけが室内を照す。
その薄暗い室内で散る小さな火花は徐々に花弁を減らす。
上下の斬り、そして突き。
ワタシは機械的な動きで剣を振った。
早く終わらせたい。その一心で、エミちゃの剣術を誘発する様に。
様子見なのか、数回観察する様に動き、エミちゃはワタシの突き攻撃を回避し、1歩踏み込んだ。
無色光を纏うロングソード───剣術だ。
「待ってたよ」
ワタシは小さく呟き、口元を少し緩め、笑った。
突きで踏み込んでいた足を軸に回転し、エミちゃの背後へ素早く移動。
これで剣術も回避でき、同時に背中へ反撃の剣術を放てる。
これで終わらせる。
ワタシの剣が無色光を纏うと、地面から太く鋭い岩の槍が突き出る。
ワタシはギリギリで気付き、剣術を岩へ撃ち込み反動のノックバックを利用して回避。
このタイプの魔術は数回続く。
予想通り2本、3本、そして4本目が空気を虚しく貫く。
回避するのは容易い。
そう思った瞬間、ワタシは眼を疑った。
4本目の岩槍を回避し終えると同時に、エミちゃは魔術を発動させた。
いつ詠唱していた?
連続で魔術を発動させるにしても、術終了後に詠唱しなければ不可能。
いくら何でも速すぎる。この魔術は間違いなくファンブルする。
しかしエミちゃはこのルールをあっさり無視し、三日月型の回転する風をいくつも放った。
縦横斜めから迫る刃をワタシは回避するも、この魔術は見た事がない。
風の刃は何かに当たると打ち上がり、軌道を変え動いた。
凄い魔術だ。でも、直線的なウインドカッターの方が速度は速い。これなら落ち着いて軌道を見切れば回避できる。
ワタシは風の刃に集中し、今度も回避に成功。風の刃はブレる様に消えた。
「初めてみたかも、今の魔術」
ワタシの言葉に耳を向ける事なく、エミちゃは身体を捻り、両手を大きく振り一気にロングソードを手放した。
先程の魔術よりも速く、重いロングソード。しかしこれはウインドカッターと同じ直線的、先程の魔術は変則的だったからこそ回避も簡単ではないが、これは簡単だ。
サイドステップでロングソードを回避すると、エミちゃは笑った。
エミちゃの後ろに3つ魔法陣が展開され、轟音と共に放たれる青い雷。
気付いた時にはもう雷がワタシの視界を潰していた。
全身を刺す痛みと熱、そして痺れ。威力も速度も申し分ない、雷属性魔術。
瓦礫に飲まれ、痛み痺れる身体を動かそうとすると、雷よりも強い熱を感じ、ワタシは防御魔術を詠唱、発動させた。
追撃で炎属性魔術。火ではなく、炎。そしてこの詠唱速度。
魔術が奏でる轟音が消え、一瞬にして静まる教会内。
ワタシが瓦礫を押し避け、静まっていた教会に雑音を響かせる。
瓦礫の山から脱出したが、騎士制服はボロボロ。
火傷と切り傷、擦り傷が痛む。でも、何だか気分がいい。
「...剣術も体術もダメなのに、魔術は凄い...動きながら詠唱 それも魔女語を省略して...。異常に高い魔力には警戒してたんだけど想像以上だね」
ワタシを数秒見て、エミちゃは言う。
「...もういいでしょ。わたし行くね」
「ダメだよ?」
ワタシは即答し、持っていた量産品の剣を捨て、フォンを操作する。
眼の前で敵と認識した相手がフォンを触れば、阻止するのが当たり前。
エミちゃはほぼノータイムでファイアボールを発動した事に驚くも、ワタシは迷わず迫りくる火球を左腕で防ぐ。
腕を火傷状態にしてまで取り出したかったモノは...ポーションや戦闘アイテムではなく、剣だ。
錆び付く様に輝く剣。
ワタシは焼ける左手で剣の鞘を掴み、右手で柄を握り、剣を抜いた。
耳障りな音を奏で、現れた刀身は鞘と同じく、鈍い輝きの錆。
全くワタシに馴染まない剣を1度音立て、握り直し...一気に距離を詰める。
考えるのはやめた。
今はとにかく、眼の前の相手を黙らせる。相手の...エミリオの手足を奪う事になってしまっても。
錆び付く様な剣を振り、自分の迷いや弱さを消した。
エミリオは一瞬反応が遅れるも何とか回避。続く追撃も回避し上手く距離を取るも、逃がす気はない。
相手が魔術を主体の場合は足を止めず距離を詰めて戦うのは基本。
しかしエミリオは例外だ。
魔術は基本的に動かず詠唱─── 停止し魔女語を唱えマナと魔力を溜め、放つもの。
しかし、エミリオはどういった理屈か、動きながら詠唱する事が出来る。
詠唱速度も恐ろしく速い。
エミリオは今も詠唱しながら動いている。器用なんて言葉では流せない、アクティブ詠唱だが...何かに驚きクチを止めてしまえば、ファンブルは避けられないハズだ。
ワタシがこの剣に変えて、剣で斬った場所...何もない空間が一瞬小さく輝き、爆発する。
エミリオはこの爆発に驚きながらも魔術を発動させ、必要以上に距離をとった。
魔術は詠唱済みだったか...。
ファンブル狙いは外れたものの、魔術の軌道が定まらず回避は容易かった。
錆び付く様なこの剣を睨むエミリオへ、ワタシは小さく笑い言った。
「初見だと魔術だと思ったり何が起こったか解らなかったりで判断力が低下、その隙に攻めるんだけど...まさかもう剣に細工がある。って気付くとはね」
「魔術ならすぐに解るからね。その剣...錆じゃないしょ?」
凄い。
たった1回で魔術ではないと見切り、この剣の錆を疑うとは。疑われてしまえば、隠しても次でバレてしまう。
なら、言ってしまおう。知った所で対処出来るモノでもないし。
「うん、錆じゃない。コレね...鱗粉なんだ」
錆ではなく鱗粉。
それがこの剣に付着する錆の様なモノの正体。
ワタシは答え、すぐに攻めた。
鱗粉付きの剣を振ると、回避しつつ剣を見続けているエミリオ。
オレンジ色に近い赤色の粉は剣を振ると吹き出る様に舞い散り、小さくキラキラ輝きその場に残り、爆発する。
剣を振って2~4秒後に爆破するのがこの剣のスキルだが、ガード時に身体や武器に付着する。ガード不可能な剣撃。
もちろん爆破は自分にヒットしてしまえば当たり前だが、ダメージを受ける。
エミリオは爆破する剣に恐れたのか、風魔術と土魔術をほぼ同時に発動させる。しかし風は回避し、土魔術を爆破すれば何の問題もない。
様々な属性、様々な種類の魔術を連発するエミリオ。
魔術の猛攻が回避、パリィの難易度を上げる中で、ワタシの眼は突然、熱を宿し痛む。
眼球が熱くなり、瞳の奥が捻られる様な痛み。
それでも眼を閉じる事なく、ワタシは魔術を睨む。
するとあの時の様に、ビネガロ戦の時ワタシに起こった現象が今まさに。
1秒もないが、先の動きが...見える。
一瞬に思える時間だが、この一瞬がワタシへ回避回路を教えてくれる。ワタシに反撃の隙を教えてくれる。
ワタシに先を見せてくれる。
ズレる様に見えていた残像だったが、エミリオからそのズレが消え、重なった。
スタミナ切れなのか、突然停止詠唱を始めた。CSPD───詠唱速度も遅い。
詠唱時間的にアレは下級魔術ではない。上級魔術は停止しなければ詠唱出来ないのか?...なんでもいい。ワタシは一気に距離を詰め詠唱中のエミリオへ斬りかかる。
エミリオの詠唱が終わると同時に再びズレが。
詠唱したのに発動させず動く!?上級魔術のファンブルは重いハズ...血迷ったか。
ここでファンブルを選んでまで、エミリオは距離を取ると思った。
しかし動かしたのは足ではなく、腕。
ポーチからアイテムを取りだし、ワタシへ向けそのアイテムを放った。
...球体?
その球体を追うように、魔術の基礎と言われる下級魔術、ファイアボールを発動させる。
エミリオはノータイムで発動させる事が出来るファイアボールをわざわざ上級魔術の様に詠唱した...ワタシを充分に引き付ける為か。
火属性魔術はマズイ。鱗粉が一瞬で爆発してしまう。しかし今エミリオが投げた球体が、ワタシの知るアイテム...クリアストーンならば必ず火球は...。
球体と火球が重なり合った瞬間、読み通り火球は球体へと吸い込まれる。
やはりクリアストーンだった。人工魔結晶を作る器となる最低な鉱石。他にも使い道はあるが、ワタシの中でクリアストーンを見れば嫌でも人工魔結晶の事を思い出してしまう。
どこで入手したのかは知らないが...粉々に爆破してしまえばいいだけ。
振っていた鱗粉剣に体重を乗せ迷いなく一気に...、
「やばっ」
ワタシは声が小さく溢れ、剣を手放した。
ファイアボールのズレがクリアストーンの中へ...ワタシの剣がクリアストーンに接触する瞬間、ファイアボールは完全に吸い込まれていない状態。
簡単に言えば、鱗粉剣が今ここで大爆発する。
剣を手放しすぐに一歩踏み込み、ワタシはエミリオを蹴り押した。
火傷の左腕でクリアストーンを叩き、出来るだけ遠くへ飛ばそうとするも、左腕がクリアストーンへ触れる前にファイアボールに焼かれ、灼熱の痛み。
予想を裏切る事なく、鱗粉剣はファイアボールの炎に触れ、大爆発を起こす。
剣を手放し、爆発するまで1秒もかからなかった。
一瞬が永遠に思える程、遅く流れていた中でエミリオを爆発からは逃がす事に成功。
しかし爆風はワタシ達2人を落ち葉の様に吹き飛ばす。
.....。
なぜワタシはエミリオ助けたのだろうか。
殺すつもりは無かったから?
そうだとしても、なぜ自分を犠牲にしてまで助けたのか。
いや、まだ助かったのかハッキリしていないが、爆発には巻き込まれていない。
霞み揺れる視界の中で、倒れるエミリオを発見する。
傷がある...息は、息はあるのか?
ワタシは起き上がろうと身体を動かす。すると...
ボトボトと湿り気のある重い音が聞こえ、両眼が痺れる程見開かれた。
──────左腕がない。
「...ッあ、」
神経全てが焼き切られる様な灼熱感。
酸素が突然奪われた様な深海感。
全身を駆け廻る不安と恐怖が濃い、痛み。
ボトボトと落ちる血液は現実とは思えない量。
自分の身体とは思えない程感覚を失っている左腕。
何度も視界がブラックアウトしそうになる中、ワタシは必死に意識を接続する。
ここで意識を失えば死ぬ。
エミリオ...エミちゃが死んでしまう。
必死になって助ける相手なのか?腕を失い死にそうなのは自分ではないのか?
彼女を無視して自分の命を繋ぐべきでは?
ワタシにはやらなければならない事がある。
こんな所で、死んでる暇はない。
....いや。
今、ワタシは彼女を助けたいと思っている。
これは騎士ヒロの気持ちでも、ギルドマスターマカオンの気持ちでもない。
ワタシの 今 の気持ちだ。
「クゥ!」
痛みを堪え愛犬の名前を叫ぶと、フェンリルがすぐに現れる。
「エミちゃを乗せてポルア-村まで走りなさい!」
クゥはすぐにワタシの命令を聞き、エミちゃ打ち上げ、を背に乗せる。
そして、ワタシの腕...左腕の傷口へ氷ブレスを吐きかけ、出血を止めた。
「...クゥ、氷も使え、たんだね。エミちゃを、頼む、ね」
◆
現実は出来る事なら見たくない。
人間の半数以上が無意識的にそう思っている。
過去の記憶は美化されて。
未来への希望は無限大で。
勝手に過去を夢見て未来を期待して、何も出来ない現実を見ても、何も思わない。
理想と現実。そんな点滴を自分に打ち込んで感覚を麻痺させている。
それがほとんどの人間。
夢は叶う。
そう言ってる人間は産まれた時から、その夢の種を掴んで産まれた人間達だ。
小さな頃からその種を必死に必死に、色々なモノを犠牲にして、想像を越える程の努力を重ねて必死に育てて、何十年もかけてやっと夢の種を咲かせた人間だけが言える言葉。
夢を見るのは自由。
夢を諦めるのも自由。
その諦めた人間の中で一体何人の人が “夢の種” を育てた?
人並みの努力で、人以上の努力をしたと思い込んで、それでも届かなくて。
そこに才能って言葉を添えて自分を守って。
...でもそれが人間なんだ。
叶わない現実には才能って言葉が一番いい薬になる。
万能薬なんだ。
種を探す事も育てる事もせず、理想と現実の点滴、才能の万能薬、そして夢という水。
この3つで人間は言う。
理想と現実は違う。
才能がなきゃ届かないものなんだ。
夢は夢だから、夢って言うんだ。
自分の努力量を自分で評価してあげたくて、自分を自分で褒めてあげたくて。
ワタシもそうだった。
でもそれは違ったんだ。
理想に近づく為の努力をしていなかった自分を守る為に、自分を自分で否定しない為に必死に...現実を見なかったんだ。
半数以上の人間に紛れ込んだんだ。
自分を守る為に。
ワタシも...そうだった。
過去を美化して未来に無限の希望を持って、現実を否定。
思い通りにならないなら、現実を否定して、壊そうとしていた。
子供より手が悪い。
「....」
閉じていた眼を開いた。
現実を否定し続けた─── 芽を。
壊しても何一つ変わらない。
今度は努力しよう。
ボロボロになっても、醜くても、指をさされ笑われても、現実を変える努力をしよう。
こういうのを遅咲きって言うのかな?
ワタシの種に光を与えてくれたのはレイラ隊や今の隊のみんな、そしてクゥ。
その種に水を注いでくれたのは窮地になっても根拠のない自信を見せ、必死に足掻き行動していたエミリオ。
今も “セツカ様を助ける” という目的の為だけに、必死に行動していた。
クリアストーンまで引っ張り出してまで。
褒められる事ではない。
それでも、自分に嘘はつかないで必死に行動しているエミリオはワタシより正直者に見える。
他人を見て自分を変える。
これも人間が得意とする事と一つ。
ワタシは人間なんだ。
だからワタシも、自分を変える事が出来るんだ。
たくさんの人を見てきたから、今度は自分で自分を見る番だ。
もう逃げない。
現実から。
「クゥ...叫んで」
ポルア-村が見えてきたのでワタシはクゥへお願いした。
弱い声を必死に出してお願いすると、クゥは空を切る様に声を響かせる。
声は村まで届き、村人達が素朴な門から外を、平原を覗く。
ワタシはクゥの背からズルリと落ち、平原の地に倒れる。
ワタシの姿を見て、村人達はすぐに察してくれる。
助けを求めている事に。
「騎士様!?一体なにが!?」
平原まで走り、ワタシの前まで来てくれた大人達へ力無い言葉で伝える。
「お願い、助けて...」
「あぁ...あぁ!おい!騎士様を村へ運ぶぞ!」
「ワタシじゃない、エミちゃを、お願い」
お願い。
助けて。
もう失いたくない。
もう逃げたくない。
レイラ隊長達が繋げてくれた命を、今度はワタシが彼女に繋げるから。
彼女だけは、エミリオだけは助けて。
理由はわからないけど、きっと必要になるから。
きっと。
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