◆12



ノムー大陸、皇都ドメイライトから馬車で最初に到着する村、それがポルアー村。

素朴だけど質素ではなく、どこか懐かしい雰囲気を持つ小さな村。


騎士の任務でポルアー村周辺を現在拠点としているワタシの隊は、2体のターゲットのうち1体、ムカデモンスターセンチペンドラを討伐した。

魔結晶は予想通りドロップせず終わったが任務は討伐なので仕事にミスはない。


幸運にもセンチペンドラと一緒に青髪の人物を確保。

話を聞き、繋げてみると誤報...とまで言わないが、騎士の早とちりだった事がわかり、青髪の人物を探すというサブクエストは終了した。のだが、青髪の少女はなんとも妙な性格の持ち主で、冒険者を夢見る以上は敵となる騎士に対して「自分を雇え」と言い始める。

ワタシは迷ったが謝罪の意味も込めて少女を雇い、今その少女はポルアー村の宿屋にいる。


「隊長。そろそろエミさんの所へ説明しに行った方よくないッスか?放置してたら多分ギャーギャー言いますよ」


小隊長のヒガシンは青髪の少女と馬車で出会った。

名前は【エミリオ】というらしい。


「そうだね、ヒガシンも付き合って」


「了解ッス」


騎士キャンプからワタシ達はポルアー村へと入る。

ポルアー村を拠点に。と言っても村中を騎士が歩くワケにもいかない。宿を騎士で埋めるワケにも。なのでワタシ達は村の外でキャンプをしている。


村の入り口で一度止まり、愛犬クゥの頭を撫でた。村へ1歩踏み込めばクゥは本来の姿───フェンリルの姿から可愛らしい小型犬の姿になる。


「抱っこしようか?」


「ガゥ」


ワタシが言うとクゥは断る様に答える。小型犬になってもフェンリル。抱かれて歩くなんて出来ない。と言う様な顔。


ポルアー村には街灯───マテリアを使って光で夜道を照すモノがない。日が沈むと同時に村人達がランタンに暖かい光を灯しT字の木製オブジェにランタンを掛ける。

様々な形のランタンが、素朴な光を宿し、優しい空気を作る。

ドメイライトとは大違いだ。


三階建ての小さな───と言ってとこの村では大きな建物である、宿屋に到着したワタシ達は二階へ向かう。


「ここッス」


先頭を歩いていたヒガシンはエミリオが宿泊する部屋の前でそう言い、ワタシの後ろへ。

木製の扉をノックすると、思いの外しっかりとした木材らしく、手が少し痛んだ。

ノックが溶ける様に消えると室内から声が届く。


「ん、入っていいよー」


エミリオの声を聞き終え、扉を開くとクゥが一番に部屋へ。


「子犬!?」


エミリオはクゥを二度見し、無視出来なかったのか言葉を溢した。

平原で会った時とは全てが違うクゥ。くりっとした瞳を持つヌイグルミの様な姿。尻尾を左右に振りワタシの足下に座る子犬。


「と、とりあえず入って」


エミリオはそう言いワタシとヒガシンも中へ招く。

観察したいのかエミリオの視線はクゥへ。クゥは何処か堂々とした歩きでワタシ達よりも先に中へ進む。

エミリオ...多分クゥはあなたを下に見てると思うけど、許してあげてね。


ワタシは扉を閉め、本題へ。


「早速だけど、ワタシ達が探してるモンスターは」


「説明なし!?」

「説明なしッスか!?」


早く話を終わらせたいワタシだったが。2人が声を揃えて言った。一瞬何の事か理解出来なかったが、眼線で何の説明を求めているのか理解する。


「あぁ、ゴメンゴメン....んしょ。この子はクゥ、さっきのフェンリル。“結界” がある場所に入る時は子犬の姿になるの」


クゥを抱き、エミリオへ紹介と説明を済ませるも、まばたきを連発し固まる。

ワタシはヒガシンへ、任せた。の視線を送る。


「...エミさん、結界って解る?」


ヒガシンは質問し、窓の外を指差す。エミリオも窓から顔を出し、指差された方向を見る。


「あのテラスの横にある石見える?」


この感じ...まさか本当に結界を知らないのか?

ヒガシンの言葉を聞きエミリオは眼を細め結界を見るも、突然ヒガシンの方を見た。


「何でタメグチなの!?」


...は?


「え?いや、隊長じゃないし、馬車で大人って言ってたじゃん?なら同じ歳くらいかなって」


「は!?ニワトリいくつ!?」


「俺20」


「は!?クソガキじゃん!ふざけんな!わたしは!...あ、20だわ」


何なんだこの子は。自分の歳もハッキリ覚えていないのか?それにワタシの方が年上なのに、自分は敬語を使わない。


まぁ、ワタシの歳を知らないから仕方ないけど。


「あー、騎士は基本18歳からなれるんだ。騎士学校卒業が18だからな。まぁ特例もあるけど...隊長は25歳、この歳での隊長はそう珍しくないが実力は団長の隊へ来ないかって誘われるレベル」


ヒガシンもワタシと似た様な事を思ったらしく、わざとらしくない様に、ワタシの歳をエミリオへ教える。


「ほぉーワタポは25歳なのか。で、そのストーンオブジェが??」


な、自分は敬語使わないの!?

いるよね、こういう...謎の自分ルールを持ってる変な奴。


ってか、


「ちょ、ワタポってなに!?ワタシ!?」


「え、うん。綿毛みたいでポワポワしてるから、ワタポね。隊長!なんて呼べねっすよ!」


はぁぁ!?


「良かったじゃないッスか隊長、あだ名が出来て」


「バウ!!」



最悪だ。ほぼ初対面なのに敬語どころか、ワケのわからないあだ名をつけられる。

こんな経験今まで一度もない。


大体冒険者になりたい人が何でまだノムーの、しかもドメイライトに居たのか?

騎士団本部がある街で冒険者業が成立するワケがない。まさかその事に気付いたのも最近?

結界も知らないし、お金もなく、バリアリバルまでのマップデータもなく、旅を始めたの?

そもそもバリアリバル、ウンディー大陸への行き方知ってるの?絶対知らないでしょ。

何も調べないで飛び出したの?バカなの?



「....結界とフェンリルの話は理解した!で、探してるモノってなに?高く売れる?」


ワタシが色々考えていると、結界の話は終わったらしく本題へ突然戻る。


「あ、えっと...夜になるとこの村周辺に姿を見せるボスモンスターの素材で、大きな蜘蛛らしいの。真っ黒で赤く光る3つ瞳、頭が王冠の様な蜘蛛」



反応が遅れるも、何とか話を戻す事に成功した。

本題を話すもエミリオはワタシを見て何も言わない。見られても困るし...とりあえず、小さく微笑んでおこう。


「...え、情報それだけ!?」


「うん、騎士団長から直々に下された命令でね。情報が少ないが頑張ってくれ。って」



今度はすぐに反応し答える。

魔結晶の件は出てから話しても遅くない。

それに...正直この子に期待できない。


魔力量は騎士をも越える量で底が見えないが、多分...エミリオは弱い。


「おーけー。村周辺に出る化け蜘蛛なんでしょ?村長とか居ないの?聞いてみよう!いくぞトサカ!」


何だか楽しそうにエミリオは言い放ち、ヒガシン自慢の鶏冠ヘアーを豪快に掴み、走った。


「エ、エミさん髪抜けるって、トサカ無くなるって!」


痛がり叫ぶヒガシンを全く気にせず、笑顔で暴走する青髪の少女。お金が相当欲しいのか「100万ヴァンズ、100万ヴァンズ、もしかしたら300万ヴァンズ」と謎の歌をクチにし、ヒガシンを引き摺り回す様に爆走する。





─── 首を絞められたニワトリの悲鳴が静まり返った夜に響く。ニマニマとヨダレ混じりに笑う女がニワトリの首を夜な夜な引きずり回し、数を数える声。


【静かな夜の悲鳴】

数日後から子供達を中心に語り継がれる怖い話はこうして誕生した。






「ヒガシン、本当にこの辺りに現れるの?」


「はい、、。」


「ヒガシン機嫌わっるー」



ポルアー村で村長から大きな蜘蛛の話を聞く事に成功したワタシ達は、平原にある不自然に生えている木の近くへ来ていた。


キャンプに寄り、他の騎士達も連れ平原の木へ。


ここに蜘蛛型モンスター【ビネガロ】が生息しているらしい。村の人々も何度かその姿を見たらしく、150㎝程の大きさを持つ蜘蛛モンスターらしい。

エミリオの身長は恐らく...140㎝前後。自分より大きな蜘蛛に臆する様子はまるでない。



あの木が吐き出すマナには小型の獣を呼び寄せる力があるらしく。そのマナは夜しか排出されない。丁度良く日も暮れ夜が訪れていた。


モンスターを引き付けるマナを夜排出...夜ここにモンスターが集まり、巨大蜘蛛も現れる。


なぜこんな問題を騎士は今まで放置していたんだ?村人が襲われる危険性だって充分にあるだろう。


....まただ。またワタシはノムーの人々を気にしていた。

ワタシがやろうとしている事は平和を守る事ではない...逆の、壊す方だ。


それなのに、なぜいつも他人の命の事を考える?


自分が本当に見えない。


自分の心が灰色に染まり始めている。白と黒が混ざり始めている。


自分の気持ちがわからない中でも、現実は動く。

小型のモンスター、ウルフが木に集まり始めた。

こちらには全く気付いていない様子のウルフを見てワタシは鋭く言葉を吐いた。


「エミちゃ、ヒガシン、集中」


「わたしエミちゃ?!」


「うん、ワタシはワタポ」


低く鋭い声でエミちゃへの返事を返し、木に集中する。

なぜかヒガシンや騎士達は笑いを堪えている。

ワタシは騎士達へ眼線を送り、集中しろ!と眼で伝える。


数分経過し、ウルフが10匹程集まった時小さな震動がブーツに伝わる。他のみんなもその震動に気付いた瞬間、黒く太長い、2本の何かが地面を貫いて現れた。


その2本の黒い何かはそのまま一気に互いを近づけ合わせ、ウルフを3.4匹挟み掴む様に捕獲し、土へ戻る。


「全員下がれ!」


間違いなく【ビネガロ】だ。

ワタシが叫ぶとエミちゃ以外の全員がバックステップ。

遅れてエミちゃも下がると、先程とは比べ物にならない振動が平原を揺らし、地面を抉り姿を現した。


ギィィィ、と高く耳障りな声をあげ、黒光りする2本の太長い腕を振りウルフを飛ばす。


「隊長、アイツがビネガロッス!」


ヒガシンの言葉に無言で頷き、ワタシは騎士達へ戦闘の合図を出した。



エミちゃの細剣が鞘を走り、心地好い音を奏でノムー大陸の夜が始まる。



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